第273話 三賢人(2)
ライブラは俺たちの前を歩きながら、指さした。
「ここを曲がろう」
俺たちが通ったことのない通路だった。他よりも床が古びていた。
「ここは神殿の中で特に神聖な場所なんだ。以前の君たちでは、立ち入ることさえできなかった」
「議長のおかげか?」
「そうさ。君が彼のご機嫌取りをちゃんとしてくれたおかげだよ。やっと案内ができるわけさ」
「この先に何がある」
「それは見てのお楽しみさ」
ライブラの前に、神殿の配色とは違う真っ黒な金属の巨大な扉が現れた。
真っ白な作りの神殿には不釣り合いなほど、扉の作りは異なってる。
そして固く閉ざされていた。
「フェイト、扉を開けてもらえるかな」
「なぜ俺が?」
「この扉を開くためには、三人の聖獣人が必要なのさ」
なら、俺とライブラだけでは無理だ。
それなのに俺に開けろとやつは言う。
「もしかして、暴食スキルで取り込んだ聖獣人も含めているのか?」
「そうさ。君は一人で三人分の価値がある。僕は必要ないのさ」
「ものは試しか。セシリア、後ろに下がって」
「無理はしないでね」
セシリアとライブラが後ろに下がったのを確認して、俺は黒扉を見上げる。
よくもまあ、これほどのものが神殿に隠されていたな。
材質はなんだろうか……見た目は大罪武器に似ているけど、光沢がないので違う。
見覚えがあるのは、ガリアの境界線に置かれた防衛都市バビロンの壁だ。
そう思っているとグリードが言う。
『アダマンタイトだな。ガリアの香りがプンプンするぜ』
「開いてのお楽しみだな」
俺はそっと扉に触れた。
「おおっ!?」
黒扉に無数の文様が浮かんで光り出した。そして、次々と形が変わっていく。
次第に何かの文字のようなものが羅列された。
後ろにいたライブラはそれを見て言う。
「三賢人の帰還を祝福しているようだね」
「祝福? 誰がしているんだ」
「さあ……」
肩をすくめて、わからないようだった。
『フェイト、扉が開くぞ』
グリードに言われて、振り向くと分厚いアダマンタイトの扉がゆっくりと開き始めていた。
開く振動によって、神殿全体が大きく揺れる。
これでは警備している兵士が来てしまうのではないかと思ってしまうほどだった。
「ここは神聖な場所だから、警備の者でも不用意には近づけない。道は開かれた。中へ入ろう」
黒扉の中へ入った俺の前には、またしても見覚えがある光景が広がっていた。
「おいおい、これはガリアの技術そのものじゃないか」
「元々、ガリア大陸から枝分かれした島なんだ。中身は同じというわけさ」
「もしかして、ここは島の中枢ってことか?」
「ご明察。僕も初めて入るのだけどね。島は船のように出向してガリアに向かっている。ならば、それをコントロールしている場所があるはずだろ」
「なら、出向を止められるんじゃないか!」
と言っても、操作がまるでわからない。
たくさんの機器が所狭しと並んでおり、どれが島の舵取りをしているのか、俺には予想がつかなかった。こんな時にガリアの遺物を研究しているライネがいてくれたらと思ってしまう。
「ライブラは詳しいじゃないのか?」
「これは僕が知っている仕様とは違う。三賢人の独自仕様だね」
「つまりわからないってことか」
「その通り!」
笑顔で言うことではない。
ここにある機器が何に使われているか、わからない以上、下手に手を出さないな。
破壊するなんてもっての外だ。もしロキシーにも関わっていたら、取り返しのつかないことになってしまう。
セシリアは広々とした部屋を見回しながら、中央に歩いて行って言う。
「ねえ、これを見て」
彼女のところへ行くと、一枚のパネルが浮いていた。
「なんだ、これは?」
俺が顔を近づけると、突然パネルから光が発せられる。
そして、俺を隅々まで光を当てていく。痛くはないので攻撃ではなさそうだった。
『フェイトをスキャンして調べているようだな。様子が見たいこのままでいろ』
「……わかった」
スキャンが終わると、パネルはALL GREENと表示された。
途端に、パネルはどこかに消えて、足下に異変が起こる。
「なんだ!?」
「きゃあ」
「セシリア、こっちへ」
俺は彼女の手を引っ張って、後ろへと飛び退く。
俺たちがいたところから、大きな光の球体が浮かび上がってきたからだ。
手で触ってみようとするが、透けてしまって触れない。
ライブラが俺たちの横目で見ながら言う。
「これはホログラムだね。光で作り出された虚構さ。害はない」
ホログラムは心臓の鼓動のように波打っていた。
それがピタリと止まったとき、
『こんにちは、私は生態プラント01の管理用人工知能P01です。ようこそ、聖獣人様』
「こ、こんにちは……」
『緊張している場合か!?』
グリードにツッコミをもらってしまうほど、俺は驚いていた。
なに、これ……しゃべっているんだけど……。
俺に比べて、ライブラは平然としていた。
「へぇ、補助用の人工知能が搭載されていたのか。これは助かるね」
「どういうことだ?」
「このP01にお願いすれば、周りにある機器を操作しなくてもいいのさ」
「そうなのか……」
グリードと似たようなものだと思えばいいのかな。
P01の方が礼儀正しそうだ。試しに聞いてみるか。
「P01、俺はフェイト・バルバトスだ。聞いてもいいか?」
『はい、フェイト様』
「お前を創ったのは誰だ?」
『三賢人さまです』
「彼らは今どこにいる?」
『わかりません。データがありません』
おや? いきなり躓いてしまった。
その様子を見たライブラに大笑いしていた。
「三賢人がそう簡単に明確な痕跡を残すとは思えない。ハイエルフたちも居場所を知らないんだ。聞き方を変えてみたらどうかい?」
そう言われて、俺は少し悩んでもう一度聞いてみる。
「P01、三賢人はここで何をしていた」
『生態プラントの構築です。完成後、管理は私が引き継ぎしました』
管理を引き継いだのなら、グレートウォールと御神体についても知っているはずだ。
「グレートウォールとは何だ」
『この世界に元々存在していた精霊の力を利用した防壁です。生態プラントの維持に使われています』
「御神体とは何だ」
『グレートウォール内の精霊を定着させ、コントロールするための要です。強い魂を持つ者が選ばれます』
ライブラから聞いていた話と違わなかった。
俺は本題を口にする。
「御神体をグレートウォールから解放する術はあるのか?」
『代わりの者を用意する必要があります』
「無理矢理、御神体が入っている装置から出すとどうなる?」
『魂と分離した状態で、装置から出すと肉体は滅びます』
「魂はどうなるんだ?」
『不明です。推測では、肉体を失った魂は次第にグレートウォールの中で弱っていき、消滅すると考えられています』
やはり代わりを用意するしか……ロキシーを助けることができないのか……。
ライブラが言っていたことは正しかった。
「ようやく信じてもらえたようだね」
こんな時に嬉しそうに言うなっ!
ロキシーを取り巻く状況は変わらないままだったが、俺はP01がこの島を管理しているという言葉が気になった。管理しているのなら、なぜ御神体に問題が生じたときに何もしなかったのか?
そのことでロキシーが代わりに身を捧げることになった。
「P01、なぜ前の御神体に異常があったときに何もしなかった?」
『交換には三賢人——聖獣人の力添えが必要です。私にはその力はありません』
「ん? ということは、代わりの御神体がいるのか?」
『はい、ここより下にある培養室に保管されています。ですが……』
P01は急に歯切れが悪くなった。今までハキハキとしゃべっていたのが嘘のようだ。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
『長期間にわたり、放置されたことで管理区域内に魔物が跋扈しています』
「魔物だって!? なぜそんなものが?」
『研究用の個体が逃げ出して、繁殖を繰り返しているようです。そのため、生態プラントの運転効率は、現在30%となっています。ただいま強制プログラムが発令されており、ガリアへの帰還航路を取っています』
「帰還をやめれないのか?」
『強制プログラムのため、不可能です』
生態プラントが維持できなくなったら、この島はガリアに帰ろうとしていたのか。
しかも、このままでは強制プログラムが解除できないため、止めることもできない。
「ガリア到着までどれくらいかかる?」
『約3日です』
思っていたよりも、時間はなかった。
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