第272話 三賢人(1)
ラムダ・オーステンの武具屋に戻ってきた俺たちは、すぐに自室で休むことにした。
セシリアには血まみれの夕食会が、相当堪えたようだった。いつもならシャワーを浴びるのに、それもする元気もなく自室に入ってしまった。
『お前の疲れただろう』
ベッドに立てかけていたグリードが俺に話しかけてきた。
「もう慣れたよ。ロイの獣狩りで嫌というほど、見せつけられたからな」
『死に慣れすぎるなよ。あれは剣を鈍らせる』
「大丈夫さ。一緒くたにはしない」
『そうか……そうだな』
俺の返事を聞いたグリードはどこか嬉しそうだった。
「なんだよ」
『成長したものだと思ってな。出会った頃は、自分のことだけで精一杯で、ゴブリンにすらあたふたしていたフェイトがな』
「いろいろとあったんだ。本当にさ……。あのときのままではいられないさ」
部屋の窓から見た星空は、王都にいたときと変わらない。
暴食スキルが本来の力に目覚めたあの日、得体の知れない恐ろしさを感じながらも、新しい人生への道が開かれたと心を躍らせていた。
そして、今は王国から遠く離れた異国の地で星空を眺めている。俺はあのときと同じような気持ちを抱くことができるのだろうか。
『ロキシーのこともそうだ。昔のお前なら、彼女ことだけを考えていただろう』
「それで解決できるなら、そうしたいさ。でも、独りよがりではいられない」
『ロキシーに固執する姿をセシリアに見せれば、責任を感じされてしまうからか』
「まだゲオルクの一件から、立ち直れていない。それに彼女はたった一人なんだ。俺がセシリアに負担をかけるわけにはいかない」
だから、彼女の前では元気に振る舞うようにしていた。
『早くロキシーを救い出さなければ、状況は苦しくなるばかりだな』
「わかっているけど、ロキシーを救うためには代わりが必要だ。だけど彼女は望まないだろう。他の方法を探す」
『当てはあるのか?』
「議長が言っていた三賢人」
『ハイエルフの世界を創ったというやつらか。ライブラがいうことが正しければ、そいつらは残りの聖獣人か』
「ああ、グレートウォールを創り出した三賢人なら、ロキシーを救い出す方法を知っているかもしれない。まだ生きているかはわからないけど、ハイエルフの街に足跡を残している」
『足跡を辿って、三賢人へ近づくってわけか』
「うまくいくかはやってみないとわからないけどさ」
『議長のお墨付きを得て、さらに自由に歩けるようになったわけだし』
「表向きは観光といいながら、三賢人を探す」
グリードは面白くなってきたと喜んでいた。
だが、俺たちに残された時間は少ない。
それに応えるかのように地面が大きく揺れた。この島は聖地に向かっている。
ロイの話では、到着までもうすぐだという。
それまでにロキシーを解放できなければ、人間とハイエルフの戦争に巻き込まれる。
ヒューゴ・ダーレンドルフが議長になるまでは、まだ戦争を回避できる可能性はあったかもしれない。現にロイは俺を使者として、王国へ送ろうとしていた。
しかし、それも徒労に終わってしまった。
ハイエルフの世界を担う元老院の体制が大きく変わってしまったからだった。
良くも悪くもゲオルクはハイエルフたちにとって大きな爪痕を残した。
今日の夕食会ではっきりした。望まれた戦争だ。避けることなどもうできない。
「もしロキシーを救えなかったときは、ここに留まるしかない」
『人間たちがここに攻め込んで来ないことを祈るばかりだな。状況次第ではグレートウォールを守るために戦わざる得ない」
人間たちがハイエルフの街へ進行するためには、邪魔となるグレートウォールの破壊が必須だ。ロキシーの魂はグレートウォールにあるために、俺はその行為を見逃すわけにはいかない。
「一度でも剣を向ければ裏切り者だな」
『一人二人なら事情を話して説得することができるかもしれん。だが、大勢となれば難しいだろう。やはり戦場ではな』
俺は王国を率いる女王の顔を思い浮かべる。同じ大罪スキル持ちで、見た感じはあまり政治には興味なさそうだけど、いざとなったら力になってくれる人だ。
「エリスに会うことができれば、もしかしたら」
『ああ、どうしようもならなければ、あいつに頼むしかなさそうだ』
果たして、戦争においてたった一人の女性のために、敵国への進行を止めてくれるのだろうか。ハイエルフは敵国に進行できるのに、人間はできないという防戦一方になってしまう。
戦争は個人の戦いではない。そこに個人の理由を持ってくることに、エリスが女王としてどう判断を下すのか……不安は残る。
以前、天竜討伐でガリアに赴いたロキシーの命と王国の未来を天秤にかけた。そして王国の未来を選んだ過去があったからだ。
いや、今のエリスはあのときは違うはずだ。仲間の窮地を見過ごすわけがない。
信じるんだ……俺は自分に言い聞かせていると、グリードが言う。
『先のことを考えるのはもういやめておけ』
「……グリード」
『今できることをするぞ、フェイト』
「そうだな。よしっ、行くか!」
グリードと情報整理できてすっきりした。体も休まった。
部屋を出ると、外にはセシリアがいた。
「どうして!?」
「それは私が言いたいわ。一人で行く気?」
「休んだ方が……」
「もう大丈夫! 気合いを入れ直したわ。ここで止まってしまったら、何も知ることはできないから」
ロキシーを救うために三賢人の足跡を追うことは、ハイエルフの世界の理解を深めることにつながる。それは同じくエルフの世界も知る術となるだろう。
セシリアは兄の真意を知りたがっているようだった。その上で結論を出そうとしているのだ。
「わかったよ。でも無理をしないでくれよ」
「フェイトに言われたくないわね」
そう言って、セシリアに笑われてしまった。俺もつられて笑顔になっていた。
階段を降りると、まだ工房に明かりが灯っていた。そっと中を除くとラムダがまだ仕事をしていた。
彼は俺の視線に気がついて、手招きをする。
「こんな夜更けに、どこに出かけるつもりだ?」
「眠れないので散歩をしようかと」
「そうか……なら、これを持って行け」
ラムダから手渡されたのは、修繕が完了した俺の上着だった。
「時間が無かったので少ししか強化はできていない。無茶はするな」
「ありがとうございます」
礼はいいと言って、彼はセシリアに腕輪を渡す。
「これは……」
「精霊力を強化する腕輪だ」
「いいですか?」
「軍に卸すものをちょろまかしてやったわい。気にするな。掃除のお礼だ。本来ならお前さんの装備も強化してやりたかったがな」
ラムダは俺たちの雰囲気から、もう戻ってこないかもしれないと感じ取ったようだ。
「さあ、装備してみろ」
俺は上着を羽織る。そして彼女は腕輪を左手に嵌めた。
防御力が格段に上がっている。動きやすい。
セシリアも自身の精霊力が高まったことに驚いていた。
ラムダは店先まで一緒に歩いて、俺たちを快く送り出してくれる。
「気が向いたら、また顔を出せ。今度こそ、しっかりと装備を強化してやる」
「「ありがとうございました」」
真っ暗な商店街を歩いて、大通りを目指した。
「フェイト、行き先はもう決まっているみたいね」
「ああ、俺が知る限り三賢人の足跡が色濃く残っている場所は一つだけだ」
それはライブラがいる神殿だ。
神殿には、ロキシーとグレートウォールをつなぐ装置があった。三賢人の時代からの技術が管理されて、今も息づいている。
あれだけではないはずだ。他にも三賢人に関するものが残されている可能性が高い。
『神殿で一番知っている者に聞くのが早いな』
「ライブラさんね」
『そうだ。しかしあいつは、はぐらかすのが得意だ』
「俺に本当に協力する気があるのかを確かめてやるさ」
大通りに出た俺たちは、まっすぐ神殿に向けて歩いていく。
深夜でも大通りの街灯は消えずに灯っている。とても静かでハイエルフたちは誰も歩いていなかった。
神殿が見えてきたところで、一人の聖職者が入り口に立っていた。
彼は俺たちがやってくることをすでに予想していたようだ。ハイエルフたちが預言者様といって慕う理由がわかったような気がした。
相変わらず飄々とした顔で俺たちが側まで来るのを待っている。
「やあ、フェイト。遅かったね」
「ライブラ……まどろっこしいことをさせてくれたな」
「議長に頼まれたんだ。どうしても、君を夕食会に参加させてほしいってね。おかげで、さらに動きやすくなっただろ。これは君のためでもあったんだ」
ライブラは俺たちを神殿へと招き入れた。警備している兵士たちは、俺たちを一瞥するだけだった。
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