第271話 宴の後

 血の香りと一緒に食事を楽しむことなど、俺たちにはできるはずがなかった。

 対照的にハイエルフたちはヒューゴ・ダーレンドルフが元老院の議長に就任したことを大いに祝っていた。


 大理石の上に流れた血は彼らによって踏まれ、たくさんの足跡を残す存在へと成り下がっていた。

 俺とセシリアはただ呆然と、見守るだけしかできなかった。


 議長は常に機嫌が良く、彼に挨拶しに来る者たちを温かく迎えていた。

 食事会の終盤になって、屋敷から出ていたオータムが戻ってきて議長に耳打ちしていた。


 それを聞いた議長はとても喜び、息子を褒めていた。

 おそらく、今回の暗殺を企てた首謀者——穏健派を捕まえたのだろう。


 しばらくして、議長は壇上に上がって、ハイエルフたちに呼びかけた。


「皆よ。朗報だ! 我々を襲った首謀者たちを捉えたと報があった」


 その言葉を聞いてハイエルフたちは、議長の名を連呼して喜び合う。

 鳴り止まぬ拍手の中で彼は話を続ける。


「今ここに、その者たちを連れてきている。さあ、ここに」


 オータムたちは、15人の身分の高そうなハイエルフたちを引っ張って、壇上へ上げた。全員の体は、酷い暴行をされたと思われる傷だらけだった。

 中には腕が違う方向に曲がっている者までいる。


 そして膝をついて座らされた。

 議長は彼らの顔を一人一人眺めていく。


「ほう、これはこれは前議長のハイム殿ではないですか?」

「……ヒューゴ! お前のやろうとしていることは、ハイエルフの世界に危機を招くことだ!」

「腰抜けの死に損ないが、何を言う。身の保身ばかりに走り追って、何が危機を招くだ。お前たちが行った長年の腐った政治によって、ハイエルフの世界に衰退を招いたのを忘れたのかっ!」


 そう言って議長はハイム前議長の顔を強く蹴り飛ばした。鼻は折れ曲がり、口からは数本の歯が飛び出して、床に転がった。

 あまりの痛さにもがき苦しむ彼の頭を足で踏むつける。


「無様だな」


 床には血だまりが広がっていく。それでも議長はやめることはなかった。

 ぐったりと動かなくなったところでやっと足を離す。


「もう何も言えんのか……つまらぬやつだ」


 前議長から興味が失せた彼は、次なる標的を探し始めた。

 残った者たちは震え上がっていた。


「おや、どこかで見た顔だと思ったら、我らの同士ヘイズではないか」

「ヒューゴ……これは誤解なのだ」

「今日の宴に参加していなかったので、心配しておりましたぞ」

「参加したかったが、体調が思わしくなくて……」

「ほう、そして私の暗殺を? それは元気になられたようでなにより」


 議長はヘイズの髪をわしづかみにして、引き上げる。ブチブチと音を立てながら、彼の髪がごっそりと抜けた。それをゴミを捨てるように放って言う。


「裏切り者は、私自ら処罰しよう。他の者は斬り捨てよ」


 議長の言葉で、壇上にいた12人のハイエルフたちはオータムの部下によって、押さえつけられる。泣き叫び、命乞いをするが、誰の耳にも届かない。


 終わったときには彼らの生首が壇上から転げ落ち、床に転がっていた。

 惨たらしい処刑にセシリアは、顔を背けていた。


 俺の足下に、前議長の頭が転がってきて当たって止まった。

 恐怖に満ちた彼の顔が、俺をずっと見続けている。


 俺は見開いたままの目をそっと閉じてやった。議長に刃向かう者がこうなる。それを今ここにいるハイエルフたちに知らしめるために、やっているのだ。


 残された裏切り者には、議長から特別のプレゼントが用意されていた。


「ヘイズ、君に見せたい者がある」

「なんだ……もうやめてくれ」


 連れてこられたのは、母親と子供たちだった。


「君には特別に家族の死を見届けることを許そう。他の者たちはあの世でそれを知ることになるが、元同士の君だけには、そのようなことは忍びない」

「ヒューゴ、それだけは、どうかそれだけは」

「やれっ」


 ヘイズの叫び声と共に、彼の家族が一人ずつ、首を飛ばされていった。

 憔悴する彼は死を懇願するが、議長は聞き入れることはなかった。


「そう簡単には殺さない。ゆっくりと……じっくりと……私の気が済むまで楽しもうではないか」

「やめろ、嫌だ。殺してくれ」


 暴れる彼をオータムたちは屋敷の奥へと連れて行った。

 静まりかえった大広間の中で、彼の声が響き渡っていた。


「では、宴はここでお開きにしよう。今日、この場に来てくれたことに感謝する。これからも私のために励んでほしい」


 軍人たちがすぐに拍手を送ると、周りもハイエルフたちもそれに続いた。

 夕食会は終わり、次々と参加者たちは大広間を後にする。

 そんな中でミラー元帥が俺たちに声をかけてきた。


「奇跡の子よ。素晴らしいダンスでしたな。ぜひ儂の娘と踊っていただきたいものだ」

「いえいえ、俺にはもったない話です」

「そう謙虚になることはない。また会おう。セシリア殿も、何か困ったことがあったら儂に言ってくれ、では!」


 彼は忙しい身のようだ。話が終わると足早に立ち去っていった。

 その後を幾人の軍人たちが追いかけてついて行く。

 俺とセシリアが彼を見送っていると、後ろから声をかける者がいた。


「今日はありがとうございました。父上に代わってお礼を言わせてください」

「議長は?」

「兄を連れて職務に戻りました。そして残ったのは僕ということになります」

「俺たちは議長にまんまと乗せられたわけか」

「そうとも言えますが、ハイエルフの街での安全と自由が確固たるものになりました。思うところはあるでしょう。しかし、父上を知る良い機会でもありました」

「ライブラも一枚噛んでいたんだな」

「それは予言者様と父上だけのこと、僕に知るよしはありません」


 本当のことは教えてもらえそうになかった。


「フェイトさんが奇跡の子だったとは……素晴らしい。あなたにも聖獣人の血が流れているとは……さらにあなたの体に興味が湧いてきます」

「やめろっ。怖いから!」

「僕が興味があるのは他種間の交配です。聖獣人は本来は子孫を残せない。個として完成されているからです。しかし、フェイトさんは人間と聖獣人との間に生まれてきた。あなたの体を研究することで、ハイエルフが子孫を残せなくなった現状を解決できるかもしれない」

「近い、顔が近いって」


 研究者魂に火をつけてしまったようだ。勝手に一人で盛り上がっていく。

 そういえば、俺の体を熱心に研究していた人がいたな。王都セイファートの軍事区にいるライネだ。元気にしているかな……彼女のことを思い出していると、我に返ったロイが聞いてきた。


「どうされたのですか?」

「いや、お前と同じように俺の体を研究していた人がいたなって」

「誰ですか!?」

「人間でライネって言う人だ」

「ほう、それはぜひ会ってみたいです。共同研究もいいですね」

「おいおい、これから人間と戦うんだろ」

「研究と戦争は別です」


 ロイの顔を見ていると、本気でライネとの共同研究をしかねなかった。

 それをライネも淡々と受け入れそうだ。二人を引き合わせてはいけないと俺の本能が言っていた。


 俺の体に今の興味津々なロイに言い聞かせていると、袖を引かれた。

 振り向くとセシリアが、周りを見渡しながら言う。


「ここを離れましょう。私には……」

「ごめん。そうしよう。ロイ、案内してくれるか?」

「かしこまりました。戦場慣れしていないセシリアさんには、ここは酷でしたね。気遣いできず、申し訳ありません」


 ロイはすぐに大広間から俺たちを連れ出して、着替えをした部屋に向かった。

 長い通路を歩きながら、ロイは窓から見える星空を眺めながら言う。


「もうすぐ聖地です。フェイトさんは答えを出されましたか?」

「俺が戦うとでも思っているのか」

「聖ロマリア様がいる以上、あなたは人間の世界には戻れない。ここに留まれば、あなたは人間の敵になってしまう」

「みんな……わかってくれるはずだ。ロキシーを救うまで……」

「戦争は一人で行うものではないのです。動き出してしまえば、結果が出るまで誰も止められない。聖ロマリア様の思いも、フェイトさんの思いも飲み込んで……。僕は予言者様ではありません。ですが、容易に予言できます。あなたは人間たちと戦うことは避けられない」


 ずっと考えないようにしていた。王国にいるみんなと戦うなんて……。

 でも、ハイエルフのグレートウォールへ攻撃が及べば、俺はロキシーを守らなければいけない。この二つは矛盾していることくらい、俺にだってわかっている。

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