第270話 議長

 議長は腰まである長い金髪をかき上げながら言う。


「さあ、二人ともこちらへ」


 その言葉に、ハイエルフたちは壇上への道を空ける。

 彼の元へ行かざる得ない。


 俺はセシリアと目を合わせる。彼女も俺と同じ気持ちだった。

 ゆっくりと議長が待つ場所へ歩いていく。それをハイエルフたちが笑顔で拍手して盛り上げる。その中にはロイもいたが、彼だけ真剣な顔をしていた。


 壇上に上がり、議長の側に並んで立つ。その様子に満足した議長は話し始める。


「二人は聖ロマリア様を賊から救った。皆もすでの知っていることと思う。だが私から改めて紹介させてもらう」


 議長はセシリアに目を向けた。そして一歩前に出るように促した。


「セシリア・フロイツ。彼女はエルフの最後の生き残りだ。エルフを守っていたグレートウォールは消滅した。ゆえに彼女に帰る場所はない。私は今回の貢献に応えるため、彼女に我々の街で暮らす許可を与えた。皆も、悲しき境遇の彼女を受け入れてほしい」


 一斉にハイエルフたちが、拍手でセシリアを迎え入れる。

 嫌な顔をする者など、一人もいなかった。


「さあ、もう大丈夫だ。私がいる限り、君の安全は保証される。そして、君も来るべき戦争に力を貸してくれ。君の新たな故郷を守るのだ!」


 その言葉にセシリアは何も言えずにいた。議長はその反応を予測していたのだろう。

 優しく彼女を一歩後ろに下がらせた。


 そして、今度は俺に目線を向ける。


「フェイト、こちらへ」


 穏やかな議長の顔……だが目は笑っていなかった。

 小さく息を吐いて、俺は彼の元へ。


「よく来てくれた。奇跡の子、フェイト・グラファイトよ」


 ん? 奇跡の子?

 おいおい、ゲオルクの襲撃から守ったことで、俺はそのような者に祭り上げられてしまったのか?

 壇上の下にいるロイに視線を送った。彼は肩をすくめるだけだった。

 他のハイエルフたちを見れば、その言葉に違和感を持ったようだ。


 議長は気にすることもなく、話を続ける。


「彼は聖ロマリアを守るために遣わされたと予言者様は言われた。皆は彼を人間だと思っているようだが、実は違う。フェイト・グラファイトは、人間と聖獣人との間に生まれた奇跡の子なのだ」


 それを聞いたハイエルフたちは一斉に盛り上がった。

 くっ……教えたのはライブラだろう。飄々とした顔で、面倒なことをしてくれる。


「そうだ、彼は予言者様と同じ高貴な種の半分を受け継いでいる。聖獣人はすべての生き物を超越した……個として完成された種。子を成すことは不可能な種である。しかし、彼はその理を打ち破り、生まれきたのである」


 俺の出生にそんなことがあったのか……。確かに、聖獣人の子供は知る限り俺だけだ。

 子供はできないはずなのに俺は生まれてきた。彼の地での戦いの中で父さんとゆっくりと話せる時間がなかったら、知るよしも無かった情報だった。


 ハイエルフたちがさらに盛り上がる中で、俺は父さんを思い出していた。

 父さん……母さんが死んだ理由は、やっぱり俺にあったのかな。生まれてくるはずの無い子を産んだために、母さんの身に負担がかかってしまったのではないか……。

 胸に手を当てて、暴食スキルの中にいる父さんに呼びかけてみた。しかし、返事はなかった。


 議長の言葉にハイエルフたちは俺を奇跡の子として、連呼していた。


「人間との戦を前にして、なぜフェイトを我らに引き入れるのかと思った者もいただろう。しかし、彼は純粋な人間ではない。聖獣人という高貴な血を引いている。そうだ、我々の住む世界を創造したという三賢人と同じ聖獣人なのだ」


 ハイエルフが住まう世界、グレートウォール……さらには俺が立っている大地である浮島を創り出したのが、三賢人!?

 13人いる聖獣人の内、消息が不明の聖獣人の数に合致していた。

 ライブラ……知っていて黙っていたな。


「グレートウォールに崩壊の危機が迫ったとき、予言者様が聖ロマリア様を連れて現れた。そして、聖ロマリア様を守る騎士として、奇跡の子であるフェイト・バルバトスがここにいる。この神の祝福と呼ばずに何と呼ぶ! 予言者様の啓示に従い、我らは聖地を奪還して、真の幸福を得るときだ!」


 衰退していく種。ロイが言っていたハイエルフの繁栄はあの荒れ果てた地にあるのだろうか。

 希望を目の前に、歩みを止めることはできない。

 そう思わされるほど、議長の言葉にハイエルフたちは熱狂していた。


「さあ二人とも今日は楽しんでくれたまえ。食事にも力を入れている」


 一方的な議長の話が終わったところで、俺たちは壇上を降りようとしていた。

 大広間の扉が開けられて、数々の料理が使用人たちによって運ばれてきた。


 遠目からでも贅を尽くした料理だとわかる。それと同時にあの料理を作るために、どれほどの獣人たちの苦労が強いられたのかと……一概には喜べるものではなかった。


「キャアアアァ」


 扉の奥の方から、甲高い悲鳴が聞こえた。

 そして、いくつもの慌ただしい足音と一緒に!?


 叫び声は伝播して、血しぶきと共に使用人たちが扉から現れ、倒れ込んだ。


「フェイト!」

「ああ、わかっている」


 俺とセシリアは腰に下げていた剣を鞘から引き抜く。

 襲ってきた者たちは手練れだ。今の今まで気配を全く感じさせなかったからだ。

 扉から黒装束を着た者たちが押し入ってくる。


「精霊術で身体能力を高めているわ」

「こっちは使えないって言うのに」


 大広間で控えていた屋敷の護衛が対処に当たるが、数が多い。

 外で警備していた兵士たちが何をやっているんだ。これでは、全滅してしまうぞ。


 悲鳴と恐怖が支配する中で、軍人たちと議長だけが冷静だった。

 軍人たちは平気な顔をして食事を楽しんでいる。その側では死闘が繰り広げられているにもかかわらず、気にしていない。


 議長は壇上から、悠然と成り行きを見守っていた。

 予めわかっていたとはいえ、身の危険など感じていないようだった。


「そろそろ良いだろう。オータム、時間だ」

「はっ!」


 壇上の後ろの壁が突如として開かれた。隠し扉だったのか!?

 そこには、しっかり装備を固めたハイエルフたち。それを率いるのは、議長の長男オータムだった。


「いけっ、この者たちを捉えるのだ。首謀者を割り出し次第、粛正する」


 暗殺者たちとオータムが率いるハイエルフたちがぶつかり合う。彼らも精霊術で身体能力を底上げしているようだった。


 次々と捕縛されていく暗殺者。力の差は明らかだった。

 安堵したのも束の間、天井のステンドグラスが割れる音がした。

 見上げると、色とりどりのガラスに混じって、暗殺者たちが飛び込んできていた。


 狙いは明らかに議長だ。

 オータムたちは大広間の扉付近で、戦闘を行っている。議長を守っているのは2人の護衛だけだった。

 それに対して、奇襲をかけた暗殺者の数は5人。このままでは議長の身が危ない。


「セシリアはここにいて!」


 俺は一瞬迷ったが、議長の下へ駆けつける。そして黒剣の峰で2人を気絶させた。

 残りは3人。

 護衛がそのうちの2人を押さえ込む。

 最後の1人が議長へ襲いかかったとき、いつの間にかロイが立ち塞がっていた。


 彼は暗殺者の攻撃を容易く躱して、頭に手を置いた。


「ネクローシス。死をあなたに届けます」


 暗殺者の体が紫色になり、風船のように膨らんで破裂した。

 壇上は一瞬にして血の海へと変わった。


 そして吐き気を催すような悪臭が立ち込める。そんな中で議長はすべてが終わったことを確認すると、皆に向けて言う。


「不届きな賊は捉えた。時期に首謀者も捕まることだろう。さあ、我らは今宵の夕食会を楽しもうではないか」


 大広間の床には戦いによって、多くの血が流れていた。とても食事を楽しめる場所ではなくなっていた。

 それでも、軍人たちが議長へ向けて拍手を送る。その流れは次第に他のハイエルフたちにも広がり、議長を祝福する声が至るところであがっていく。

 そんな中で、ロイが父親を心配するように声をかける。


「無茶をし過ぎです。何かあったらどうされるのです」

「お前はわかっていない。宴とは最前線で見てこそ意味があるのだ」


 俺にとっては血の晩餐会。しかし議長には、つつがなく行われる宴に過ぎなかった。

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