第269話 ノンスキル
すれ違う使用人たちは、緊張した面持ちだった。
いつもと変わらぬ仕事をロイの父親から求められているのだろう。
「使用人たちは多少の心得はあります。いざとなれば、壁くらいにはなります」
「そこまで強いたら、逃げ出すかもしれないぞ」
「無理ですよ。この狭い世界でどこに逃げるというのです」
「招かれた客人たちも似たようなものか」
「はい、父上の前では等しく同じです」
穏健派が屋敷を襲ってこようとしている今、ハイエルフたちの忠誠心が試されている。
期待にこたえられない者はどうなってしまうのだろうか。
夕食会では断罪の場にならないことを祈るのみだ。
セシリアもロイに招待客について、質問する。
「招待客を庭園で見えてもらいましたが、軍人の方も多かったですね」
「そうですよ。軍部は父上が特に力を入れていますから」
「皆さんから強い精霊力を感じました」
「父上が選りすぐった者たちです。実力者揃いです」
「なら、屋敷内の守りはその方たちも担っているんですか?」
セシリアの言葉にロイは首を振った。
「彼らは父上から警備するように指示されてはいません。客人である以上、精霊術は使えない、武器はない状態でどこまで戦えるのか」
「あくまでも彼らは招待客なのですね」
「屋敷内の警備は、ホストのダーレンドルフ家で行います。人数は限られてしまいますが父上の意向です。僕も夕食会に参加しながら、警備します」
「その方が自由に戦えるというわけですね」
「はい、いざとなれば僕はネクロマンサーと迎え撃ちます」
おいおい、ネクロマンサーはまずいだろ!
俺は獣狩りで見た彼の戦いようを思い出していた。
とてもじゃないが、ゾンビを食事会に招集するつもりなのだろうか……。
ロイは俺の表情から、考えていたことを汲み取ったようだ。
「父上の夕食会で、あのような者たちを入れたら、その場で処刑されてしまいます。それにハイエルフが住む街には、獣人が踏み入ることは厳しく禁止されています。たとえ、ゾンビでも同じです」
「破ったらどうなるんだ?」
「同じく処刑です」
「厳罰なのですね」
セシリアが強ばった顔をしていた。彼女はエルフの世界で、獣人の待遇を改善させようとしていた。ハイエルフの世界でも同じ行動に出れば、どうなってしまうのかを想像したのだろう。
「エルフの世界では、そこまでの罰はなかったのですね」
「命を奪うまではありませんでした」
「羨ましい限りです。街の中で研究が許されないために、ラボラトリーまで往復しているんです。ネクロマンサーは獣人のゾンビを扱うため、どうしても街の外に追いやられてしまいます」
ため息をつきながら、ロイは困った顔をした。
俺たちはそんな彼の様子に、違った意味で困ってしまった。
この部分さえなければ、わかり合えたかもしれないのに残念である。
「ゾンビ無しでも戦えたんだな」
「獣狩りではフェイトさんのご活躍の邪魔になってしまうと思いまして」
「いらない気を遣わせてしまったようだな」
「いえいえ、助けられたのは本当です。ジャスミンがあれほどだとは想定外でした」
ゾンビを操る以外の力か。ロイのことだから、きっと碌なものではないだろう。
「さあ、食事会を催す大広間が見えてきました」
通路の先に荘厳な扉。あの先が大広間か。
扉の両端には使用人たちが控えていた。
俺たちが近づくと、彼らによって扉は開かれた。
「すごいな……」
見上げるほどの高さの天井には、煌びやかなシャンデリアがいくつも垂れ下がっていた。その光に照らされた大理石の床は鏡のように磨かれており、大広間をより明るく飾り立てた。
ハイエルフたちは中央に集まり、演奏される音楽に合わせて、優雅なダンスを踊っていた。
彼らは俺たちが入ってきたことに気がついて、笑顔で迎え入れてくれる。
「フェイト、社交辞令よ」
「わかっているって」
セシリアと一緒に自然な笑顔を心がけた。
ハイエルフの集団の中から、一人の軍人が歩き出してきた。ロイが事前に教えてくれていたミラー元帥だった。
「よくおいでくださった。もうご存知かもしれんが、儂はオズ・ミラー。この度、ヒューゴ・ダーレンドルフ議長によって、ハイエルフ軍の元帥に任命された」
「フェイト・グラファイトです」
「セシリア・フロイツです」
「お二人のおかげで、ハイエルフの世界は守られた。議長も大変喜ばれておる。種族の違いはあれど、儂らにとっては救世主。今日は共に祝いの時間を楽しまれよ」
「ありがとうございます」
ミラー元帥はにっこりと微笑むと、後ろにいたハイエルフたちに目を向ける。
すると、ダンスホールとなっている場所への道が開かれた。
「今はダンスを楽しんできたところだ。お二人もどうかな?」
顔を見合わせる俺たちに、後ろに控えていたロイが小声で話かけてきた。
「無理強いはしません。ですが……」
踊った方が印象が良くなるだろ。この状況なら俺でもわかる。
「フェイト、踊りましょう」
「ああ、ちゃんとエスコートするよ」
「頼もしいわね」
俺はセシリアの手を取って、ミラー元帥の横を通り過ぎた。
彼らにこの場にふさわしい者かを試されているのだ。
ダンスは、アーロンから領主として相応しい人物になるようにと仕込まれたうちの一つだ。二人で夜遅くまでよく踊ったものだ。
その様子をたまたま目撃したメミルに大笑いされたのも、今では懐かしい思い出だった。
ダンスホールには、向かい合った俺とセシリアだけ。
周りでは多くのハイエルフたちが、静かに俺たちのダンスが始まるのを待っていた。
俺はセシリアの腰に手をかける。
それを合図に演奏が始まった。
穏やかで上品な音楽が流れる中、自然と体が動く。
セシリアがリードがうまいからだ。次第に周りのハイエルフたちが気にならなくなった。ただ音楽とセシリアだけの世界が広がっていた。
踊っていくうちに、エルフのダンスがわかってきた。後は彼女を引き立てるように徹するだけだった。
演奏が終わった頃には、ハイエルフたちの拍手に包まれていた。
グリードも小声で褒めてくれたほど、良いダンスだったみたいだ。
「フェイト、すごいわ! あなたってダンスの才能があるのね」
「えっ、そうかな。初めて言われたよ」
「そうよ。こんなにダンスが上手な人と踊ったのは初めてよ」
今まで一緒に踊ったのはアーロンだけだから、気づかなかった。
アーロンにはいろいろと仕込まれたけど、ダンスは特に熱心に教えてくれた。
もしかしたら、俺の才能に気がついていたからだろうか。
スキルに依存しない才能に、俺は未だかつてないほどの嬉しさがこみ上げてきた。
もし、穏やかな日々が送れるようになったら、極めてみたい!
そんな喜びも静まる拍手が聞こえてきた。すでに周りのハイエルフたちの拍手は終わっている。
だけど、一人だけ続ける者がいた。
大広間の壇上で、一定のリズムで拍手を続けている。まるで、自分を見るように合図を送っているようだった。
ハイエルフたちはロイを含めて、彼に深々と頭を下げる。
その様子を見て、頷きながら俺たちに言う。
「素晴らしいダンスだった。見ている者たちを郷愁に誘い、目を離せなくさせる。君は今の心をダンスに乗せて、表現できる希有な才能をお持ちのようだ。まさに心を打たれるダンスだ。今日の夕食会の前座として、これ以上ないものだった」
彼は俺から一切目を離さなかった。その眼の強さは、まさにハイエルフの指導者だった。
「私は、ヒューゴ・ダーレンドルフ。歓迎する、フェイト・グラファイトにセシリア・フロイツよ」
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