第268話 穏健派
ハイエルフの声が消えて、静まりかえった廊下でしばらく待っていると、部屋のドアが開いた。
「おまたせ」
「……」
俺はいつもと違った雰囲気のセシリアに思わず声を詰まらせてしまった。
赤いバラを思わせるドレス。
これほど華やかなドレスが似合う女性は他にはいないだろう。さすがはエルフの姫だ。
「どうしたの、フェイト? さっきから黙って」
「すごく似合っている。セシリアはエルフのお姫様なんだなって思ってさ」
「元よ。こういった着こなしはなれているのは事実だけどね」
祝賀会のときに来ていたドレスよりも、こっちの方が彼女によく似合っていた。ゲオルクの襲来によって、彼女があのときに来ていたドレスはボロボロだったから正確に比べることはできない。
それでも真っ赤なドレスを着こなす彼女は、誰から見ても高貴な人だと感じさせる力があった。
「褒めてもらえてうれしいわ。フェイトも見違えたわよ」
「セシリアからも太鼓判をもらったから、自信を持って夕食会に参加できるよ」
「なら、エスコートをお願いできるかしら」
社交の場の作法は、アーロンから教わっていた。
それを思い出しながら、彼女の手を取った。
「意外だわ。フェイトってちゃんとできるのね」
「それって、褒めてる?」
「もしかして、人間の世界では地位が高かったりする?」
「成り行きでそこそこだよ」
「それで仕込まれたというわけね」
セシリアは納得してくれたようだった。それにしても、ロイが戻ってこないな。
父親に報告に行ってから、それなりの時間が経っていた。
このまま、待っていてもしかたないか。
「ロイがまだ戻ってこないから、先に行こうか」
「夕食会の場所はわかるの?」
「声がしていた方にいけば、見つかるかと」
「そんなエスコートで大丈夫?」
「冗談だよ。ちょっと待っていて」
俺は着替えに使っていた部屋をノックする。
出てきた使用人に、夕食会の場所を尋ねた。すると、彼が案内をしてくれることになった。
「この屋敷はとても大きいですから、道に迷われては一大事です。ロイ様には私たちから、夕食会に向かわれたとお知らせします」
「ありがとうございます」
快く引き受けてくれた使用人の後に付いて、俺は改めてセシリアをエスコートする。
「手慣れているわね。誰に教わったの? ロキシーさん?」
「アーロンっていう俺の養父からさ」
「へぇー、フェイトにこれだけちゃんと教えられるとは、相当おモテになるんでしょうね」
「みたいだよ。若かった頃はすごかったって言う話をよく聞くし」
「私も会ってみたいわ」
「それを聞いたらアーロンが喜ぶよ」
彼の地の戦いから10年か……。アーロンのことだから、きっと元気にやっているはずだ。
もしかしたら、もっと強くなっているかもしれないし。
それでも不安はある。領主である俺がいなくなってしまったから、アーロンに負担をかけていることは確実だった。王国に戻れたら、いち早く無事を知らせよう。
アーロンのことを考えていると、懐かしい日々が頭をよぎってくる。
いかん、いかん! 今は思い出に浸っている場合ではない。
「ねぇ、フェイトがエスコートを覚えたのは、ロキシーさんのため?」
「……う、うん。そうだよ。平和になったら、こういうこともできるようにならないとって」
俺の返事にセシリアは申し訳なさそうな顔をした。
「ロキシーさんに悪いことしちゃったね」
そう言って、俺から離れようとしたセシリア。
「彼女はそんなことは思わないよ。逆にセシリアをちゃんとエスコートできなかったら、俺が叱られるかも」
「優しい人なのね」
「そうさ。他の者へは分け隔てなく優しくて、自分にはとても厳しい人なんだ。側にいると、そんな彼女の姿を応援したくなるんだ」
「だから、力になれるようにフェイトは頑張っているのね」
「このエスコートもその一つかな」
俺の腕に添えた彼女の手に力が入ったような気がした。
「なら、ロキシーさんが目覚めた時のために、もっとエスコートがうまくならないとね」
そう言って、セシリアは俺の歩き方を指導してくれる。
「うん。良い感じ。より洗練されてきているわ。夕食会では手取り足取り教えてあげる」
「お手柔らかに」
「却下ね。フェイトには高みを目指してもらうことに決めたから」
今はセシリアをエスコートしている身だ。お姫様のいうことは絶対。
それに、彼女の気持ちはとてもうれしかった。
俺はセシリアの手を取って、お願いする。
「若輩者ですがよろしくお願いします、姫」
「よろしい、私に任せなさい!」
廊下の真ん中で、そんなことをやっていたものだから、案内していたハイエルフは軽い咳払いをした。
「先に進んでよろしいでしょうか?」
「「すみません!」」
どうやら、俺たちにはエスコートの高みをまだ早かったのかもしれない。
セシリアも同じことを思ったようだった。顔を見合わせて、小さな笑いがこぼれてしまった。
「では、いこうか」
「はい」
俺の腕に、セシリアが手を添えようとしたとき、けたたましい足音が後ろから聞こえた。振り返ると、走ってくるロイが見えた。
手には俺とセシリアの武器を持っていた。何事だろうか?
「お二人とも、待ってください!」
「どうしたんだ?」
「まずは、これを受け取ってください」
俺はロイから黒剣を受け取る。セシリアも状況がわからずに、細剣を受け取っていた。
「さきほど、穏健派の残党がここを襲撃するという情報が入ってきました」
「なら、夕食会は中止か?」
ロイは困ったように首を振った。
「このままです。襲撃情報を聞いて、取りやめることはありえません」
「元老院の議長のメンツに関わるからか」
「はい。中止したとなれば、穏健派に屈したことになります。それに父上は良い機会だと思っています」
「もしかして……忠誠心を試すというのか」
「夕食会では父上に従うことを誓った者たちが呼ばれています。それが命をかけた本当のものかを見定める良い機会だと」
俺はロイに黒剣を見せながら言う。
「参加者全員が、武器の所持を許されたのか?」
「いいえ、フェイトさんとセシリアさんだけです。僕から父上に許可をしていただくのに時間がかかってしまいました」
それで、着替えが終わっても合流できなかったわけか。
セシリアは不安そうな顔でロイに聞く。
「精霊術は使っても良いのですか?」
「いいえ、禁止です。招待された者がその場所で精霊術を使うことは、ハイエルフのとって最大の侮辱になります。お二人もお気をつけください」
「そんな中で俺たちの帯剣が許されたのか」
「フェイトさんとセシリアさんは、先の惨劇から僕たちを救った方々ですから、その点を父上に強く進言させてもらいました」
その点か……。気になる言い方だった。
「いざという時は、構わずに剣を抜いてください」
「外には警備が集まってきているようだな」
屋敷の周りの気配がどんどん増えているのを感じる。
しかし、中の警備に変化はない。
「お察しの通り、敵は外側で食い止める予定です。今日は父上にとって大事な催しです。屋敷内に、必要以上の兵士がうろつくことを嫌った結果です」
「いつもと同じように振る舞い、命をかけろか」
「僕が言うのもおかしなことですが、恐ろしい人なのです」
ロイはそう言って、俺たちの前に立った。ここまで案内してくれた使用人はロイに恭しく頭を下げると、本来の仕事に戻っていった。
「さあ、ここからは僕がご案内します」
彼はこれから惨劇が起こるかもしれないというのに、相変わらず平然としていた。
死に近い場所にいるネクロマンサーだけある。
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