第267話 ドレスコード
ハイエルフたちがいる庭園を通って、中に入るには俺たちの服装は場違いすぎた。
「ご心配なく、裏門から入ります。お二人には、どのような者たちが招待されているのかを予め見ていただきたったのです」
「あの中にお前の父親はいるのか?」
「いいえ、いません。父上はあの者たちのために自ら出向くことはないです。あそこにしっかりとした体付きの者がいるでしょ」
ロイが指さした先には、軍服を着た大男がいた。彼の周りにはたくさんのハイエルフが我先にと話しかけようとしている。
「軍部の偉いさんか?」
「あの者は父上によって選ばれたミラー元帥です。彼が父上がしないことを代わりにしています」
俺たちの視線に気がついたミラー元帥は、にこやかに会釈をする。
「会話をしながら、俺たちに気がついた」
「彼は常に最前線で戦ってきた軍人です。他の上層部の者たちとは一線を画します。人間との戦争でも最前線で指揮を執る予定です」
俺とセシリアが会釈を返すと、満足したようでミラー元帥は客人たちとの会話に戻った。
「元帥が現場にしかも最前線に出るなんてな」
「兵士の士気を高めるためです。それに必ず勝たなければならないのです。臆病者には務まりません」
「もし討たれた時、総崩れはしないのか?」
「予備はいます。ハイエルフは長寿なので経験豊富な人材も必然的に多くなります」
「その中からダーレンドルフ家に都合が良い者を選ぶわけか」
「若者は少なくなっています。その代わり、戦地に送りやすい老人は多い。中には長すぎる命に見切りをつけて、死に場所を求める者もいます」
「ミラー元帥もそうなのか?」
「さあどうでしょう。彼の真意は僕にはわかりかねます。でも、父上の右腕として元帥になった男です。彼もそうなのかもしれません」
ロイは裏門に向けて歩き出す。
「さあ、こちらへ。ミラー元帥が僕たちに気がついたので、後はうまくやってくれるでしょう」
「人間とエルフが夕食会に参加することは知らされてなかったのか?」
「ええ、偶然に居合わせたお二人のたってのお願いを、父上によって参加が許可されたという流れになっています」
「それを早く言え!」
「お二人の立場は以前よりも良くなったとはいえ、ハイエルフと同じとはいきませんから」
ロイが、俺たちのドレスコードの着替えを実家の屋敷に着いてからと言った理由がわかった。今の姿なら、まさに偶然居合わせたように見えるからだ。
「手の込んだことをする」
「……まどろっこしいわ」
「それほど、フェイトさんとセシリアさんのお立場は微妙なのです」
「しかも権力を持った者たちが集まっている。その者たちに悪い印象を与えないためか?」
「初対面の印象は大事です。ハイエルフは特に大切にしているのです」
「ミラー元帥が俺たちに微笑みかけてくれたのも、ちゃんとした理由があったというわけか」
「以前とは違ったハイエルフの対応に戸惑われたかもしれません。ですが、それだけお二人の立場が良くなったとご理解ください」
「笑顔には笑顔で返せってことか」
社交辞令として行うべきだろう。深く考えてしまえば、獣人たちやロキシーのこともあって、とてもじゃないけどにこやかにできない。
『フェイト、大人になれよ』
「ほら、にっこりしないと!」
グリードとセシリアに言われて、ハッとなった。すでに眉間にしわが寄っていたからだ。
そんな俺を見て、ロイは笑っていた。
「フェイトさんはわかりやすい人ですから、羨ましくもありますけど」
「へいへい」
「拗ねていないで、笑顔よ」
セシリアは俺の口端を両手の指で押さえて引き上げる。
そして大笑いしていた。
「……酷すぎる」
「ごめん、ごめん。フェイトがしない顔だったから、とても面白くて」
「余計に酷いわっ!」
ロイは俺たちのやりとりを見て、軽く咳払いをした。
「ここが裏門です。中へどうぞ」
金属製の重くがっしりとした作りの扉を押し開けると、屋敷の裏庭だった。
ここも手入れが行き届いており、中央には小さなガゼボがあった。
そこにはハイエルフの女性が一人でベンチに静かに座っていた。
「母上、帰りました」
「あら、あなたは誰だったかしら?」
「息子のロイです」
「……そうだったわね。久しぶりね。何年ぶりかしら?」
「151年ぶりです」
「そうだったかしら。でもロイが言うのなら本当なのでしょうね。よく帰って来ましたね」
そう言って喜んだロイの母親は、ぼーっと庭を見ていた。
俺とセシリアに気がついていないようだ。
ロイは母親との挨拶が終わったとばかりに、俺たちを屋敷の裏口へ案内する。
「ここから屋敷に入れます。さあ、どうぞ」
「いいのか? 151年ぶりの再会なのに」
「母上は見ての通り、認知症を患っています。これ以上会話をしても無駄です。話を続けたところで、逆に母上の負担となってしまいます」
「治せないのか?」
「治癒魔法や薬では無理ですね。あれはハイエルフ特有の病気です。発症したら最後、ゆっくりと自分を失っていきます」
そう言ってロイは俺たちを屋敷の中へ入れた。ドアを閉めるとき、彼は小窓から母親の姿を見ていた。
「母上は僕が幼い頃に、認知症を発症しました。通常、発症の初期段階なら本人の意思で、安楽死が選べます。しかし、父上はそれを許さなかった。母上は今では自分が何者かですら、わかっていません」
「お前が151年も実家に帰らなかったのは……」
「どうでしょうね。精霊研究のために家を飛び出した僕を父上は許すことがなかったですから」
母親から目を離したロイは、笑顔になって言う。
「暗い話はこのくらいにして、今日は楽しみましょう」
「着替えはどこでするんだ?」
「こちらです。奥に客室があります」
ロイの後をついて行くと、二人の使用人が控えていた。
一人は男、もう一人は女。
「お二人のお着替えをサポートする者たちです。では、各部屋でお好きな衣装をお選びください。僕はお二人の到着を報告に行きます」
俺たちを使用人たちに預けると、ロイは通路のさらに奥へと行ってしまった。
「では、こちらへ」
使用人の男と部屋の中へ。セシリアは別の部屋へと入っていった。
着替えように設けられた部屋には、10着ほどの衣装が置かれていた。
「お好みのデザインはありますか?」
「う〜ん、これでお願いします」
俺は一番フォーマルな衣装を選んだ。
それには使用人もにっこりだった。
「良い選択だと思います」
「さっき、庭園で他のハイエルフの衣装を見ましたから」
「謙虚な方なのですね。ロイ様の話では、こちらのものをお選びになると聞いておりました」
使用人が手に取った衣装は、大きな襞襟がついていた。
あいつ……俺にとんでもない物を着せようとするなっ!
「人間の好みはわかりかねますので、心配しておりました。ロイ様のご冗談だったのですね」
使用人はほっとした顔で、手に持っていた衣装をハンガーに掛ける。
そして、俺が選んだ衣装を手に取った。
「ではお着替えをお手伝いします」
「……お願いします」
着替えなんて自分でするものだと思っていた。だから俺にとって、手取り足取りの着替えは、ちょっと恥ずかしさがあるものとなった。
「いいですね。思った以上です」
「そうですか?」
「はい、ちゃんと着こなされています」
使用人は姿見を持ってきてくれた。
おおおっ!? 使用人の言うとおりだ。
着せられている感がない。
「技術を持った方に着させてもらうとこうも変わるんですね」
「お褒めに預かり光栄です。良き仕事ができ、私もうれしいです」
俺は使用人に再度お礼を言って、部屋を出た。グリードは着替えた部屋に預けてある。
さすがに要人たちが集まる場で、帯剣はできない。
使用人は黒剣を大事そうに持って、大切に扱うように約束してくれた。自分の仕事に誇りをもっているハイエルフのことだ。グリードに何かをすることはないだろう。
できたところで俺が許さない。
廊下には俺一人。まだセシリアはお着替え中のようだ。
壁に寄りかかった俺は、腕を組んで目を瞑る。通路の奥より、わずかに声が聞こえた。
賑やかに談笑をする声。どうやら、庭園に集まっていたハイエルフたちが屋敷に入ってきたようだった。
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