第266話 異文化
ラムダに呼ばれて一階に降りていくと、工房には軍服のロイがいた。
「こんばんは。フェイトさん、セシリアさん」
「よくここがわかったな」
ロイは笑顔のままで、俺の質問に答える。
「フェイトさんなら、すぐにここに来ると思っていましたから」
「ロイがセシリアに紹介してくれたそうだな」
「ええ、先の戦闘であなたの防具が使い物にならないことは、僕の目でも明らかでしたから。フェイトさんのおかげでダーレンドルフ家は安泰となりました。それなのに僕が何もしないわけにはいきません」
「今回の件は礼を言わせてくれ。助かったよ」
「このくらいお安いご用です」
ハイエルフの世界でダーレンドルフ家の権威はこれ以上ないくらいに高まったのだろう。ロイの父親は統治機関である元老院の議長になった。さらには兵士長だったオータムも今や元老院議員だ。
俺たちもその恩恵に預からせてもらっているのは事実だった。
「では、いきましょう。ダーレンドルフ家に連なる者たちが待っています」
「ロイの家族との夕食会かと?」
「いいえ、父上のお祝いも兼ねているんです。親戚たちが各所から集まってきます」
「社交の場に、この格好でいいのか?」
「大丈夫です。ご安心を! 屋敷に着きましたら、ドレスコードを用意いたします」
そう言いながら、ロイはセシリアにも目を向けた。
「あなたにぴったりのドレスをご用意しています。聖ロマリア様の祝賀会では、お召し物が少々キツそうだったと、係の者からお聞きしております」
「なっ!?」
セシリアは固まってしまった。
うん。いつものロイだ。デリカシーの欠片もない。
俺たちは、ラムダに見送られて武具屋を後にした。
「少し歩きます」
「馬車には乗らないんだな」
「あのときはあなたたちを他のハイエルフの目に晒さないようにと、上層部からのお達しがあったからです」
「今では置かれた立場も変わったしな」
「すべて自由というわけにもいきません。それでもこうやって、夜風に当たりながら歩けるようになったのは大きな進歩です」
商店街は静かだった。すでに店じまいしており、行き交うハイエルフはいない。
道を歩くのは俺たちだけだった。
「本来なら、ここは酒場が開いていて賑わっているんです。戦争となれば、このままでしょう」
「体制が変わったのに、避けられないのか?」
「今回の惨劇で、穏健派と呼ばれる腰抜けたちがたくさん死にました。歳だけ取った私利私欲に溺れた者たちです。しかし強硬派は違う。自ら戦地へ赴き戦える者たちです。強硬派を率いているのが父上です。あの人は聖地奪還のためなら、どうのようなことでもします」
「より加速させてしまったと……」
「粛正もあと少しで終わります」
ロイは不穏な言葉が好きすぎるだろ。いや、彼の父親が行っているのだろう。
「生き残った穏健派を元老院から追い出したのか?」
「はい。そして、この世からも追い出しています」
「そこまでするのか、ハイエルフは」
「僕たちは人間やエルフと違って、とても長生きなのです。見逃してしまえば、いつかは足下をすくわれてしまいます。危険な芽は摘めるうちに摘むのがとても良いことなのです。それに戦争では確固たる地位を築いた者が率いるのが一番なのです」
淡々とした口調で当たり前のようにロイは話した。
それを聞いていたセシリアがたまらず口を開く。
「そのようなこと繰り返していたら、ハイエルフ自身が滅んでしまいます」
「逆ですよ。セシリアさん」
「えっ」
ゾッとするほどロイはうれしそうな顔をして言うのだ。
「戦争はハイエルフを新たなステージに引き上げる儀式なのです。それは技術革新であったり、より強い個体を生み出すきっかけであったりと。生き物は命の危機を目の前にすると、想像を超えた力を発揮するのです」
「自分たちが衰退しないための刺激だというのですか?」
「人間やエルフのように世代交代で活性化できないハイエルフには必要なことなのです」
黙り込むセシリアを無視して、ロイは俺の方へ顔を向けた。
「個として、永遠と呼べる時を生きるのなら問題はさほど発生しない。しかし、それが集団となれば話は別なのです」
「長い年月のうちに、互いを刺激し合えなくなっていくのか?」
「関係性は固定化されていき、いずれ絶対になってしまいます。硬直した国に未来はありません。それを打ち破る唯一の方法が……」
「戦争いうわけか」
「戦いの過程で、試行錯誤することで新たな秩序や意識が芽生えます。そして勝利したときに、ハイエルフにとって新たな文化として定着するのです」
長く生きる者たちが集まって国を作る弊害を、そのような形でしか維持できないとは悲しいな。
そして、俺はふと思った。
大罪スキル持ちが一緒に行動しないのは、そういう理由もあったのかもしれない。マインやエリスも、お互いに必要以上に接触したがらなかった。
俺はどうだろうか……いやそれに答えを出すには若すぎる。
二百歳を超えるセシリアですら、ロイの言葉に戸惑っているのだ。若輩者の俺には、ハイエルフの時間感覚すら理解が及ばない。
「戦争はハイエルフの文化とでも言いたいのか」
「乱暴に拡大解釈するのなら、そうなのかもしれません。聖地奪還は僕たちに残された最後の希望なのです」
「新天地でハイエルフたちが変われるというのか?」
「フェイトさんは、この町でハイエルフの幼い子供を見たことがありますか?」
俺が首を振ると、ロイは深くうなずいた。
「過去500年ほどで生まれたハイエルフはゼロです。種としても衰退をたどっているのです。予言者様は言いました。新天地でハイエルフの繁栄は約束されると」
「ライブラがそんなことをっ」
「聖ロマリア様の力で、グレートウォールは維持されています。しかし、それは永遠ではない。いずれ彼女は枯れ果てる。その前にハイエルフは約束された聖地へ向かわなければならないのです」
ロイが話したことが本当なら、ガリアでの戦争は避けられない。
俺たちが立っている島は今も、ゆっくりと確実にガリアに向かっている。
そして、俺はロイの話が始まってからずっと思っていたことを口にした。
「なぜ、俺たちにそこまでの話をするんだ?」
「僕は知りたいんです。この話を聞いて、あなたたちがどうするのかを。特にフェイトさんには期待しています」
「買いかぶりすぎだ」
「いいえ、フェイトさんは面白い人ですから」
褒め言葉として受け取っておこう。
以前は機密だと言って、詳しく教えてくれることはなかった。それがハイエルフが置かれている状況を説明してくれた。何かしらの思惑があるにせよ、俺たちにとっては貴重な情報だった。
ロイと話をしているうちに、大きな屋敷が建ち並ぶ住居区にやってきていた。
「この通りの先に実家があります」
「権力を誇張した屋敷ばかりだ」
「やっぱり、フェイトさんにもそう見えてしまいますか」
王都セイファートにある聖騎士の住居区にどこか似ていた。
兵士たちが警備のために、巡回している。ロイが通ると立ち止まって、姿勢正しく敬礼。
「ご苦労様です」
「はい、ロイ様!」
声をかけられたのが、相当うれしかったようで兵士はしばらくロイの背中を見つめていた。
ロイって人気があるんだな。そう思ったらロイは言うのだ。
「彼は僕の部下です。獣狩りのときも一緒でした。フェイトさんはハイエルフの顔を覚えるのは、少々苦手のご様子ですね」
「種族の違いだろうな」
「えっ、エルフはどうなの?」
セシリアが俺とロイの間に割って入ってくる。
「ハイエルフの方が難しいかな」
「私って区別できてた?」
「もちろんさ。セシリアはたくさんのエルフの中にいても、すぐにわかるよ」
「うんうん」
当たり前のことを答えると、彼女は嬉しそうにしていた。
セシリアには出会ってからずっとお世話になっている。こんなに一緒にいて、彼女の顔が他のエルフと区別できないわけがなかった。
セシリアがよしよしと俺の頭を撫でていると、前を歩くロイの足が止まった。そして振り返って言う。
「着きました。僕の実家です」
俺たちは、ロイの後ろにある屋敷を見上げてしまった。それほど、大きな建物だった。
庭園には噴水が3つもあり、着飾ったハイエルフたちがそこで談笑を楽しんでいた。
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