第265話 修繕依頼
カウンター奥の部屋は、工房となっていた。
商品が置かれているお店よりも、広い空間だ。しかも、きれいに掃除されており、埃一つなかった。
壁にはラムダが大事にしていると一目でわかる道具の数々が並んでいた。
種類に合わせて、整列されており、彼の几帳面さを感じさせた。
セシリアとラムダは中央に置かれた作業台にいた。分厚い一枚板で作られた作業台は、二人が座っていても有り余るスペースだ。
ラムダの横には作りかけの鎧が置いてあった。いくつかの工具や部品がそばにあるので、俺たちが訪ねたときに作業をしていたのだろう。
もしかしたら、集中しているところを邪魔したから、カウンターの奥から出てきたときにちょっと不機嫌だったのかもしれない。
「フェイト、こっちに座って!」
ラムダの工房を見回していると、セシリアに呼ばれてしまった。もう少しだけ見たい気持ちを押さえて彼女の横の席についた。
俺はラムダに顔を向けて、挨拶する。
「どうも、フェイト・バルバトスです」
「話はロイから聞いている。ラムダ・オーステンだ。まずはその壊れた装備を儂によく見せてみろ」
「はい」
俺は上着を脱いでラムダに渡した。
上着の生地はボロボロで、中に縫い込まれた防刃素材まで及んでいる。さらには、致命傷を防ぐために取り付けられていたプロテクターが所々で欠けていた。
上着を見ているラムダの目は険しかった。
この痛みようだ。修繕するよりも、買い換えた方が早いと思われても仕方がない。
しかし彼の反応は違っていた。
「しっかりと作り込んである。これは人間が作ったものか」
「はい」
「名はジェイド・ストラトス。良い仕事をしておる」
俺の装備はジェイドとの専属契約で作られている。俺が気づかない場所にちゃんと自分の名前を仕込んでいたようだ。
「動きやすさを求めながらも、守るべき場所はしっかりと考えられておる。特にこの防刃素材は面白い。だが防ぎきれなかったか」
そう言いながらラムダは俺が机に立てかけた黒剣に目線を移した。
「……ミーティアから生まれし子。あれの前では、どのような防具とて紙同然か」
「大罪武器を知っているんですか?」
「言い伝えでは、聖獣人によって作り出された檻だったらしい。それが形を成し、武器へと変わったという。過去に起こった大戦で多くの命を救ったが、多くの命も奪った。すべては使い手次第」
ラムダは髭を撫でていた手を止める。そして俺をまっすぐ見つめて言う。
「お前はその黒剣で何を成す?」
「大それた野心など俺にはない……ただロキシーを救いたいだけです」
「ほう、聖ロマリア様を」
彼は面白いものを見つけたような顔をした。
「事実、先の強襲からお前は彼女を救っている。誰かのために、振るう剣は美しいものだ。もうハイエルフには、それができる者はいなくなってしまった。悲しい限りだ。いいだろう、依頼を受けてやる」
「ありがとうございます」
「良かったわね、フェイト!」
セシリアはずっと黙って、俺とラムダの会話を見守っていた。
重い空気が溶けて、ホッとしているようだった。
「ラムダさん、昨日とは違ってすごく怖い顔するからどうしようかと思ったわ」
「儂はこの通り、そう長くは生きられん。仕事は選ぶようにしておる」
「昨日話したときは、人間が作った防具に興味津々だったのよ」
「コラっ、いらぬことを言うな」
拍子抜けをするくらいラムダは気さくな老ハイエルフだった。
彼は俺の上着を抱えると、ハンガーラックにかけた。
そして、作業台の上に置かれていた鎧に手をかける。
「見ての通り、先約がある。フェイトの防具はそのあとだ」
「なら、出直してきます」
そう言って席を立ち上がろうとしたとき、ラムダに呼び止められる。
「待たんか! 防具が完成するまで、ここに止まっていけ」
「ご迷惑では」
「初めて人間の防具を作るのだぞ。ハイエルフの防具とはわけが違う。本人がここにいなければ、完璧な調整ができないではないか!」
ああ、やっぱりハイエルフは仕事に誇りを持っているんだなと痛感させられてしまった。
「私もお邪魔させてもらってもいいですか?」
「構わんぞ。手が余ったらセシリアの装備も見てやろう」
「エルフの装備も見てもらえるんですか!」
「儂にかかれば、容易いことだ。特に腰回りがキツそうだからな」
「しっ失礼な!?」
俺も改めてセシリアの体型を見ると、確かに……。
「フェイトまでどこを見ているの! いろいろとストレスで……ご飯が美味しくて、それでつい」
なるほど、すべてはゲオルクが原因らしい。あと宿屋のご飯も罪深い。
そんな中でグリードは意気揚々とラムダに挨拶する。
『爺さん、よろしくな。俺様はグリードだ』
「ほう、お前さんは喋れたのか。しかし偉そうだな」
『これは俺様のポリシーだ。それよりもミーティアについて、ほかに知っていることはないか?』
グリードは武器としてのルーツが気になったようだ。
「あれは、グレートウォールの維持に必要なものと聞いておる。元は聖ロマリア様の神器だったらしいが、彼女が亡くなってからあのような姿に戻ったという」
『神器だと? 本当にそのような物が存在するのか?』
「現にミーティアは存在しておる。正しき使い手が現れたとき、本来の力に目覚めるのかもしれん」
『それが聖ロマリアというわけか』
「今はグレートウォールの維持にお心を割かれておる。いつの日か聖ロマリア様が神器を手にして目覚められたとき、儂らもグレートウォールから解放されるだろう」
『まさか、それがハイエルフたちが聖地ガリアを目指している理由か?』
「この地は狭すぎるのだ。だからこそ、争いが耐えん」
『外へ自由を求めたところで、今度は人間と争いだ』
「悲しき種族なのだ。儂らハイエルフはな」
ラムダは今制作している鎧は、来る戦いのためだと言った。
「だから、儂はもう武器は作らん。作るのは防具だけだ」
『これがお前なりの抵抗というわけか』
「しがない武具屋にできることなど、その程度だ」
ラムダはそう言い終わると、俺たちを二階へと案内してくれた。
店舗と工房の上は、居住空間だった。商店がひしめく場所では、このような作りが一般的だという。
「使ってない部屋がたくさんあるから、好きなところを選んだらいい」
俺は近くの空いている部屋のドアを開けた。予想はしていたけど、やっぱり埃だらけだった。
「まずは掃除からだ。道具はあそこに立てかけてある」
「今日中に終わるのかな」
「安心しろ。できなければ、そこにあるテーブルの上で寝ればいい」
宿屋のふかふかベッドが恋しくなってしまった。
それでも、きれいにするしかない。防具を修繕してもらうためだ。
俺とセシリアはせっせと自室となる部屋を掃除した。
日が暮れ始めた頃には、埃一つないとは言わないまでも、かなり綺麗になった。
掃除をしている間に、洗っておいたシーツもいい感じに乾いている。
ベッドにそれを敷いて、出来上がりだ!
「やったわね、フェイト!」
「ああ、俺たちはやり遂げた」
途轍もない埃の山だった。あれはもう10年とか100年とか言うレベルではない。
1000年くらい放置された部屋だと思う。
「おっ、綺麗になったな。この調子でほかの部屋も頼めるか」
「「お断りします!」」
俺たちはラムダの家の掃除に来たわけではない。防具の修繕をお願いしに来たのだ。
全力で断っていると、ラムダが髭をさすりながら言う。
「お前さんたちに、客人が来ておる」
「客人……ロイですか?」
思い当たる者は一人しかいなかった。今日、彼の実家で行われる夕食会に、俺たちは誘われていたからだ。
顔を見合わせる俺とセシリアに、真面目な顔をしたラムダは言う。
「ロイの父親、ヒューゴ・ダーレンドルフには気をつけろ。あれは生粋のハイエルフだ」
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