第264話 商店街

 大礼拝堂から出た俺は、グリードにライブラが残した言葉について相談した。


「ライブラはもう一人の俺に会ったのかな」

『俺様はずっとフェイトの傍にした。そのような素振りはなかった。だが、やつともう一人のお前は、共通点がある』

「聖獣人か」

『そうだ。もし聖獣人のみで会話できる精神空間のようなものがあったならどうだ』


 俺ともう一人の俺が繋がっている真っ白な空間と似たような場所が、聖獣人たちにもあったとしたら、会話は可能だろう。そこには、人間である俺は立ち入ることはできない。


『俺様たちが知る由もないところで、何かをされているのは気に食わん』

「もしそうだったとしても、なぜライブラがわざわざ教えるようなことを?」

『警告か、それとも挑発か。やつならどちらもしてきそうだが』


 俺の中に出来損ないの神がいるから、ライブラは協力する。それは、もう一人の俺も同じことだ。

 俺に対する姿勢を、もう一人の俺にしていてもおかしくはない。同族であることを考慮すれば、もう一つの俺の方が優位とまで思えてしまう。


 ライブラの動きも気になる。だが、それ以上にもう一人の俺が暗躍していることに、得体の知れない恐ろしさを感じた。


「もう一人の俺は表に出たがっている。手段を選んでいられないくらいに」

『主導権はフェイトにある。あいつの力に頼らなければいいだけだ』


 グリードの言う通りだ。おそらく、俺は彼の地の戦いで一度だけ頼ってしまった。

 聖獣人の力は凄まじく、ライブラを倒せたのもそのおかげだった。

 しかし聖獣人の力を使ったことで、もう一人の俺が表に出てこようとするきっかけを与えてしまった。


 グリードが言うように、やつの力は使えない。頼ってしまえば、どんどん俺は侵食されていくだろう。

 胸に手を当てていると、話を聞いていたセシリアが声をかけてきた。


「もう一人のフェイトって、どんな人なの?」

「危険なやつさ。ずっと俺の中に閉じ込められていて、俺への憎しみを募らせている」

「和解はできそうにないんだ」

「体は1つなのに精神は2つあることが問題なんだと思う」


 これは椅子取りゲームだ。俺が居座っている限り、もう一人の俺は何もできずに指をくわえているだけだ。それは不公平だろう。

 もう一つ椅子があるのなら、もしかしたら俺たちは和解できるかもしれない。

 それほどまでに互いに違い過ぎてしまった。


「フェイト、ちょっといいかな。以前あなたを癒していたときに気になったことがあるの」


 そう言って、セシリアは俺の胸にそっと手を乗せた。


「やっぱりね。あの時に癒すことに集中してはっきりしなかったけど、今ならわかる」

「どうしたんだ?」

「魂を複数感じるの」

「二つだろ」

「違うわ。一つの魂をもう一つから守るように、たくさんの小さな魂たちが壁となっているの。これが一つの体の中で起こっているなんて、信じられないわ」


 もう一人の俺からの攻撃を守っている魂たち!?

 心当たりは一つしかなかった。暴食スキルで取り込んだ者たちだ。ライブラとの戦いで、力のすべてを使い果たして消えてしまったと思っていたけど、まさかまだ俺を守っていてくれたとは……。


 感謝しないとな。


「ありがとう。セシリアのおかげでよりいっそうやる気が出てきた」

「小さな魂たちも喜んでいるみたい」

「一人じゃなかったんだ。今はセシリアやグリードもいてくれるし、力が湧いてくるよ」

「なら、まずはこのカードを使ってお買い物ね」


 セシリアはそう言って、俺の着ている装備を指差した。ゲオルクとの戦いで、ところどころ破損していたからだ。


「商店街を見つけたの。神殿から大通りをちょっと進んでね。そこから西の裏道へ入るのよ」


 彼女は俺のために調べてくれていた。大通りは惨劇の後もあってか、かつての賑わいは息を潜めるかのように静かだった。


「こんな調子で商店街は商売をしているのか?」

「ハイエルフは仕事に誇りを持っているの。だから、休みなく働いているわ。それって生きる上で大事なことなのかもね」

「仕事をしないと食べてはいけないからな」

「それもあるけど、精神的な支えかも。エルフはハイエルフほど長生きではないけど、それでも長く生きるわ。そんな私たちでも、時間をかけて築き上げてきたものには誇りを感じるもの」

「誇りが自分の一部であり、支えでもあるのか」

「だから、失いたくないじゃない」


 長く生きるってのも大変なことだな。長寿の種族には俺の想像を超えた悩みがあることを知った。


「そういうフェイトはどうなの? 人間って長生きなの?」

「よく生きて100歳ってところかな」

「ええっ、短いわね。私が人間なら2回死んでいるわ。フェイトが生き急いでいるように見える理由がわかったわ」

「エルフにそう見えるのなら、ハイエルフには相当だろうな」


 そう言うと、セシリアは違いないと大笑いした。静かな街並みが、少しは明るくなったような気がする。


「ライブラさんがフェイトと再会した時に10年ぶりと言ってたよね。そのとき、フェイトは実感がなさそうだったよね」

「記憶はないし、体の変化もまるでなかったからな」

「歳をとっていないってこと?」

「俺は聖獣人と人間とのハーフだ。俺は人間だと思っているけどさ。もしかしたら、歳をとることができないのかもしれない」

「永遠に生きるってこと?」

「あはははっ、恐ろしいことを言わないでくれよ。今の俺は人間として生きていきたいんだ」


 ライブラや父さんは歳をとっているように全く見えなかった。それどころか、状況に合わせて見た目の年齢をコントロールしているようだった。

 そこまでできるなら、寿命はもう関係ないのかもしれない。


 途方も無い時間を生きるか……まったく想像ができない。そう思っていると、ふとマインの顔が浮かんできた。彼女は信じられないほどの年月を生きている。人間の世界に戻れたら、教えを請うのもいいだろう。


「フェイト、そこの裏道を曲がるよ」

「思ったよりも、広いな」

「それは商店街へ続く道だもの」


 商店街の通りだけあって、ここでは行き交うハイエルフたちを見ることができた。

 賑わっているとはお世辞にもいえない。それでも、手持ちを見るに食料の買い出しのために、ここを訪れているようだった。

 長寿のハイエルフでも飯抜きでは生きていけない。そこは人間やエルフと同じだ。


「物流はしっかりしているんだな」

「食料の確保は、グレートウォール内では最重要なのよ。生産できる大地は限られているから」

「生産した食料は無駄なく流通させるために、ちょっとやそっとでは止まることがないのか」


 もし食糧生産の拠点をゲオルクに破壊されていたら、ハイエルフたちの生活水準は大きく低下していたことだろう。多くの命が失われたが、グレートウォールを防衛できたことや食糧生産に影響がでなかったことは、不幸中の幸いだった。


 すれ違うハイエルフたちを横目に、商店街の奥へと進んでいく。


「客層が変わったな」


 兵士たちがちらほらと目につきだした。お店の商品棚に飾られているのは、剣や槍、盾などの武具だった。

 セシリアはそのうちの一軒へ歩いていく。周りの武具屋に比べて、歴史を感じさせる佇まいだ。

 まあ……本当のことを言えば、ボロボロの店だった。外から見れば、一見潰れているようにも思えた。

 彼女はそんなことを気にせずに、お店の扉を開ける。古びた扉からは大きく軋む音が聞こえた。


「ごめんください。あの……ラムダさん、いらっしゃいますか?」


 俺はセシリアの後に続いて中に入った。

 うああ、至るところが埃だらけだ。

 さきほどドアを開けたので、その埃が風に吹かれて舞い上がってしまう。

 俺とセシリアが咳き込んでいると、カウンターの奥からハイエルフの老人が顔を出した。


「なんだ、昨日のエルフか。それと……これが噂の人間」


 ラムダという老ハイエルフは、長く伸びた髭を手で撫でながら、じっくりと俺を観察していた。


「奥に来い。装備を見てやる」


 それだけ言うと、カウンターの奥へと帰ってしまった。

 俺はセシリアの顔を見て言う。


「大丈夫なのか?」

「ロイの紹介よ。腕は確かみたい」


 みたいか……。店の荒れようを見ると、不安を感じてしまう。

 グリードも武器として同じ気持ちだったようだ。


『ハイエルフは仕事に誇りを持っているんじゃなかったのか。見ろ、周りを! とても誇りを持っているとは思えない』

「見た目通りとは限らないだろ。ロイの目利きを信じるしかない」


 俺は先に行ったセシリアを追いかけて、カウンターの奥へと向かった。

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