第263話 枢機卿

 俺は神殿を出る前に、ロキシーの様子を見ることにした。

 彼女が眠っている部屋は奥にあるため、長い通路を進んでいく。


「ロキシーさんは無事でよかったわね」

「ああ、でもこれ以上は無理させられない」


 ゲオルクがロキシーも狙っていたために、責任を感じたセシリアは気が引けてしまっていた。今日までロキシーに会えずにいたそうだ。

 俺と一緒ということで、なんとか会う勇気が出たようだった。


「セシリアはゲオルクを止めようとしてくれたんだ。ロキシーもちゃんとわかってくれているさ」

「……ありがとう」


 部屋の前まで来て、直された扉に手を当てる。セシリアは大きく息を吸い込んだ。


「いくよ」

「はい」


 開かれた扉の向こうには、何もなかった。ロキシーも、彼女が入っていた容器すらない。

 戦いによって穴が空いた壁は綺麗に修繕されているし、床だって新しいものへと張り替えられている。だが、一番大事なものがそこにないのだ。


 ただ、天井にあるステンドグラスからの光が変わらず、降り注いでいた。


「ロキシーはどこへ!?」

「えっ、どういうこと!?」


 俺とセシリアは、状況を受け止められずに驚いていた。

 ライブラがやったのか?

 そう思った矢先、後ろからコツコツと足音が聞こえてきた。

 振り向くと、真新しい聖職者の服を着こなすライブラが歩いてきていた。


「やあ、気持ちのいい朝だね。どうかな、新しい服を新調したんだ。今回の功績によって、僕も立場が変わったんだよ」

「偉くなったものだな」

「僕は断ったんだ。だけど、状況がそうさせてくれなかっただけさ。先の戦いで多くの聖職者たちが亡くなってしまった。聖ロマリア教の教皇も崩御された」

「もしかして教皇にでもなったというのか?」


 ライブラはさすがにそれはないと言いながら、俺の冗談を笑っていた。


「枢機卿だよ。ハイエルフたちは預言者として一歩引いた立場から、さらに自分たちに寄り添ってもらいたかったようだね。客人としてでなく、教会に取り込まれたとも言える」

「そんなことよりも、ロキシーはどこだ?」

「祝賀会はあのような惨劇となってしまったけど、晴れてロキシーは聖ロマリアとして、全ての民に認知された。だから、然るべき場所へと移された」

「どこへだ!」

「決まっているじゃないか。今回の件で、民の心は不安や怒りに苛まれている。それを信仰によって救済しようと教会は考えているのさ。つまりは、大礼拝堂に彼女はいる」


 駆け出そうとする俺とセシリアを、ライブラは呼びとめた。


「急がなくとも、ロキシーは逃げないよ。それに僕は君たちを彼女のもとへ案内するために来たのだよ」

「なら勿体ぶってないで、大礼拝堂まで頼む。枢機卿さま」

「承りました。さあ、こちらへ」


 ライブラはスマートに俺たちに会釈すると、大礼拝堂への道を手で示した。

 彼の後をついて、俺たちはまた長い通路を戻っていく。その間、ライブラは淡々と話を続けた。


「これから行く、大礼拝堂は惨劇の被害がなくてね。祭司たちが口々に言っているよ。日々の信仰の賜物だとね」

「運が良かっただけだろ」

「そうとも言える。要は捉え方だね。聖職者ってのは、何事にも信仰と結びつける癖があるのだよ。これは人間もハイエルフも変わらないね」

「俺の世界でも、聖職者していたんだよな」

「まあね。長い年月によって廃れてしまったけどね。そう思えば、僕の天職なのかもしれない」


 ライブラが大人しく人畜無害なら、そのほうが合っている気がする。しかし、彼の本来の姿を見た後の俺にとっては、聖職者とは程遠い真逆の存在だった。


「それにしても、ハイエルフたちの建築技術は素晴らしい。壊れた箇所も次々と修繕されていくよ。仕事への誇りは、学ぶべきことが多い。フェイトは彼らと仲良くできそうかい?」

「わかっていてそれを聞いているだろ」

「あははっ、君はすぐ顔に出るね。その純粋さは時に、僕の予想を超えた力を発揮する。君に受けた傷は今でも痛むよ」

「生きているお前の方が驚きだ。でも次はないぞ」


 俺は忘れることはない。ライブラが人間の世界を滅ぼそうとしたことを。

 今、こうして一緒に歩いているのは、互いの目的が重なっているにすぎない。袂を分かつ時がくれば、すぐに昔に戻るだろう。


「言ったはずさ。君の中に僕の神がいる限りは、君への助力は惜しまない。それに君は半血とはいえ同族だし……大事にしたいんだよ」

「よくいうな。散々同族を良いように使ったくせに」

「聖獣となり自我を失った者たちのことを言っているのなら、あれらは暴走しないように僕が管理していたんだよ。彼らは元は良い奴らだったよ」

「まだ生きている聖獣人は俺たち以外にいるのか?」

「どうだろうね。僕は神ではないから、すべてを把握できない。知っている者たちはすでにこの世にいない。1人目は、人間との子を成して死んだ。2人目は1人目との戦いで死んだ。3人目はハウゼンを強襲して死んだ。4人目から7人目は彼の地での戦いで死んだ。8人目は君が生まれる前の戦いで死んだ。これが僕が知るすべてかな」

「聖獣人は13人いると言っていたな。俺とライブラの2人、そしてすでに亡くなった8人を引けば、残りはあと3人」

「その通りだ。おそらく3人はこの地に渡ったと思われるね。ハイエルフの街並みや神殿からは、彼らの知識を感じ取れるからね」

「お前が預言者として、迎え入れられたのもその証だな」


 ライブラが言ったことはすべて真実とは限らない。それでもハイエルフたちが、聖獣人であるライブラを敬って受け入れたのは真実だ。

 残り3人の聖獣人たちの行方が気になる。ライブラと同じように存命しているのだろうか。


 話をしているうちに、俺たちは大礼拝堂の前までやってきていた。

 白を基調として黄金で装飾された立派な建物だった。大きな入り口が印象的で、誰でも拒まずに迎え入れているように見えた。そして、他にも気になったことがあった。


「併設されているのか……」

「神殿は聖ロマリア教の総本山だからね。たくさんの礼拝者がやってくるのだよ。初めの頃は神殿で受け入れていたようだけど、次第に人数が増えていって、それに対応するために作られたというわけさ」

「あとで作られたものだから、建築様式がちがうのか」

「時代の移り変わりさ。こう比べてみると、新しい大礼拝堂に聖獣人の香りは感じない。もうここには彼らはいないとわかる」


 ハイエルフたちの文化だけで作り上げられた大礼拝堂には、多くの者たちが祈りを捧げに、押しかけていた。

 俺たちはその輪に加わらずに、ライブラの案内で裏手から中へ入る。


「聖職者だけの特別な通路さ。君たちも利用して良いように手配しているから、好きに使うと良いよ」

「お気遣いありがとうございます、ライブラさん」


 セシリアはライブラに好意的だった。まあ、あいつの良い面しか見ていないからな。

 俺が意識不明だったときも、いろいろと彼女の世話を焼いていたようだ。でも気をつけた方がいい。

 ライブラは好感度を上げておいて、平気で地の底に落とす男だ。

 そんなことをセシリアに言ったところで、彼女を不安にさせるだけだ。見守るのが吉だろう。


 裏手から回った先は、ロキシーが眠る容器のすぐ側だった。しかも目隠しによって、礼拝者たちからは見えないようになっている。ここは聖職者専用の礼拝場だった。


「彼女は今日も元気さ」

「……少し痩せたように見える」

「君が言うなら、そうなんだろうね」


 ライブラは案内はここまでと言って、立ち去ろうとした。そんな彼にセシリアが声をかける。


「お世話になりました。ライブラさんは枢機卿になられても、ここにいらっしゃるのですか?」

「もちろん。彼女を支える必要があるからね」

「……ロキシーのことを頼む」


 笑顔でライブラは頷いた。そして、別れ際に言葉を残して去っていく。


「フェイト、君との一週間はとても有意義なものだった。もう一人の君にも、よろしく言っておいてくれ」

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