第262話 快気祝い
ゲオルクとの戦いで負った傷は順調に塞がり、俺はやっとベッド生活から解放された。
『一週間もかかってしまったな』
「傷が塞がり難かったから、ゲオルクが黒円に何かを仕込んでいたんだろうな」
セシリアの献身的な介護がなかったら、もっと時間がかかっていたことだろう。
傷跡は残ってしまったけど、体の内部はしっかりと機能している。息を吸い込んでも、痛みはもう感じない。
治療のために居座っていたライブラの部屋は、セシリアがどこからか持ってきた花々で飾られていた。ライブラは華やかになった部屋に満更でもなさそうだった。
花はいずれゆっくりと枯れていく。それをライブラはどこか羨ましそうにみていた。
色を失ってしまった花をセシリアが片付けようとしたとき、彼はその花をそっと触った。
たちまちに花は活力に満ち溢れて、瑞々しく綺麗に咲いた花に戻った。
その様を見ながら、ライブラはポツリと口をこぼした。
「限りがあるものは……美しい」
荷造りが終わった俺は最後に部屋を見回した。
ライブラが力を与えた花は今もあのときのまま、咲き続けている。決して枯れることはない花。俺には、その花が以前のような魅力を持っていないように感じられた。
「いくか、グリード」
『自由に歩けるようになったしな』
良くも悪くも、ゲオルクの襲来によって、俺とセシリアが置かれていた状況は好転した。
黒剣と荷物を携えて、部屋のドアを開ける。
「おまたせ」
「もうすっかり元気ね」
セシリアが部屋の外で待っていてくれたのだ。彼女は笑顔で俺を迎えてくれる。
そして、いつにも増して上機嫌だった。
「監視がないから、気分がいいわ。フェイトも復活したことだし」
「ロイはあれから何も言ってこないのか?」
「彼は今も事後処理で忙しいみたい」
祝賀会では、多くのハイエルフたちが亡くなった。聖ロマリアの復活を祝うとても特別な場だった。そのため、亡くなった中には司祭や軍部の上層部たちに留まらず、元老院と呼ばれる最高位の意志決定機関を仕切る者たちまで含まれていた。
事実上、国を舵取りしていたハイエルフたちのほとんどがいなくなってしまった。
僅かに残った者たちだけでは、ハイエルフ国は立ち行かない。そのため、多くの若いハイエルフたちが重要な役職に取り立てられることになった。
その中にロイやオータムも含まれていた。特に出世したのはオータムだ。
権力を持った家の生まれということもあり、最年少で元老院へと迎え入れられた。
ロイがゲオルクとの戦いで、兄の命に固執していた理由がわかったような気がする。ロイは今回のことを見越していたのだろう。
あの惨劇の中で、誰が死んでいるのかを……ちゃんと一人一人の顔を見ていたのだ。その上でハイエルフの国が今度どうなるかを計算していた。
ゲオルクにやられて血だらけだったオータムを見ながら、ロイは言っていた。兄さんは、ハイエルフの未来と俺のためにも必要な人だと。
「ロイのおかげで、俺たちは今やハイエルフを救った者として祭り上げられてしまったな」
元老院議員となったオータムによって、俺たちは聖ロマリア、ひいてはグレートウォールを守った者として改めて迎え入れられた。裏から手引きしたのは、間違いなくロイだろう。
「だから自由に歩けるわけだけど、私としては複雑な感じ」
今回の襲撃はセシリアの兄が引き起こしたものだ。しかし、それを知るハイエルフはいない。知っているのは、俺とライブラだけだ。
結果的に、彼女にとって都合の良い落としどころに転がったことが、納得できていないのだろう。
この真実は秘密だ。このことが好戦的なハイエルフに知られてしまえば、すぐにここに居られなくなるどころか、命の危機さえあるのだから。
「セシリアへのハイエルフたちの態度はどう?」
俺たちが歩いている神殿の通路はとても静かだった。不意にセシリアに聞いた声も吸い込まれるように響き渡る。
「前よりも良くなったわ。嫌な顔はされなくなったし。いい顔もされないんだけどね」
「難しいな……種族の壁は」
「こればかりは仕方ないって割り切ったわ。ハイエルフの世界で暮らしているんだから」
それは違いない。
「フェイトも私と出会って、一人でエルフの世界に来た時も、こんな感じだったんだろうなって……」
「結構好き勝手にさせてもらっていたよ」
「あははっ、そうかも。フェイトはハイエルフの世界に来ても、全然変わらないよね
」
「それって褒めてくれてる?」
セシリアは優しく落ち着いた顔をしていた。ハイエルフのところに来てから、どこか緊張した感じだった。それが無くなって自然体でいれるのは、とても良いことだと思えた。
「フェイトで見て勉強させてもらったのよ。あなたの強さをね」
「買い被りすぎさ。俺だって、挫けそうな時はある」
「それでも、逃げることはしないでしょ。ちゃんと前に向かって進んでいるわ。少なくとも私にはそう見える」
前に向かって進んでいるか……。今できることをしている俺には、先のことはわからない。でも、そういうものなのだろう。この積み重ねが、より良い未来に導いてくれると信じるのみだ。
「よしっ、今日も頑張るわよ。行きましょう、フェイト!」
「ああ、そうだな」
二人で元気よく静かな通路を歩いていると、気分の良い日には会いたくないやつが行先に待ち構えていた。
「すっかり元気になられたようで、おめでとうございます」
噂をすればなんとやら、軍服姿のロイだった。以前よりも、仕立ての良い服に変わっていた。
「おかげさまで、大出世しました。今では軍の上層部の一人です」
「お前にとっては思いがけない幸運だろうが、死んだ者たちは違うだろ? 死者を悼むことはハイエルフにはないのか?」
「死人に口なし。私たちにはそのような感傷は残念ながらないです。死体は来るべき戦争に向けて有用に活用させていただきます」
ハイエルフの遺体まで手を出せるのは、ロイが軍の上層部になったからだろう。
「そんなことを言いに来たのか?」
「いいえ。僕からお祝いに、これをお渡ししようと思いました」
ロイは銀色の金属でできたカードを俺とセシリアに渡した。
「これは?」
「お二人の身分証かつ、買い物などの支払いをするためのカードです。そのカードがあれば、お金に困ることはないでしょう。支払いはすべて国持ちです」
「高待遇だな」
「フェイトさんとセシリアさんは、僕たちハイエルフにとって英雄みたいな存在なのです。内心で快く思わない者が少なからずいるのも事実です。ですが、お二人が聖ロマリア、しいてはグレートウォールを救った事実も変わらない」
「その答えがこれか」
「はい。功績者には褒賞を。これはハイエルフの世界では当然です。たとえ他種族であっても、覆ることはない絶対なのです」
「与えなければ、自分たちの歴史や文化を否定することになるか」
「誰だって自己否定は嫌いでしょ」
保身のために、この銀カードは与えられたというわけか。
もっと前向きなものとしてもらいたかったな。でもありがたく、もらっておこう。
俺がズボンのポケットにしまうと、ロイはにっこりと微笑んだ。
「よかったです。もし受け取ってもらえなかったら、僕は兄さんに叱られるところでした」
「さっきの話でよく受け取ってもらえると思ったな」
「フェイトさんだからお話ししたんです。あなたは面白い人ですから」
「それって褒めているのか?」
「はい、もちろんです」
なんだろうか……この手の上で踊らさせれている感は。
まっ、いいや。俺は要は済んだとばかりに、ロイから離れようとするが、
「あっ、大事なことを忘れていました。今日の夜に僕の実家に来てもらえますか? フェイトさんの快気祝いを執り行いたいと思いまして。もちろん、セシリアさんもご一緒に」
「なぜ実家なのですか?」
不思議に思ったセシリアがロイに聞く。
「兄さんからフェイトさんの話を聞いてしまった父上が、どうしてもあなたに会いたがっているのです」
「父上?」
「はい、今は元老院の議長をしています。今回の騒動で、めでたくその座に収まることができました。きっかけを作ってくれたフェイトさんの顔を見たいのでしょう」
ロイとオータムの父親か……。二人の性格を足して、2で割ったような人物だったら、かなり危険そうだ。セシリアも俺と同じことを想像して、身震いをしていた。
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