第260話 黒剣と黒円

 ゲオルクは、エルフの街が崩壊したときよりも、力が増している。

 俺の全力と拮抗していることからわかる。黒剣を通じて、ビリビリとゲオルクの力を感じるのだ。


「やはり、この精霊が支配する世界では、僕の方が上のようだ」

「何を言う」

「ここは力だけの世界じゃない。重要なのは精霊力だ」


 黒円から炎が吹き出して、俺を包み込もうとする。

 咄嗟に後退して、ゲオルクから距離を取った。


「今、僕のお気に入りの炎の精霊イフリートさ」


 炎は部屋の中を舞い踊りながら、姿を成していく。

 精霊は顕現して獣となった。精霊獣だ。

 その精霊獣は獅子のような優雅なたてがみをしており、筋骨隆々の体に真っ赤な炎を纏っていた。


 部屋の中の気温が一気に上昇していくのを感じた。

 ゲオルクはこのイフリートを使って、ハイエルフの街を……この神殿を襲撃したのだ。


「君一人で、果たして僕たちの相手はできるのかな」

「お前は忘れているのか? 俺にも精霊がいることを」


 来い、ベリアルっ!


 周囲の舞い踊る炎を鎮めるかのように、部屋の中は冷気で満たされていく。

 そして現れたのは、大きな角を二本生やし、牛のような顔をしたベリアルだった。

 真っ黒で分厚い体毛は、いつにも増して毛並みが良い。


 待ちに待った顕現で、やる気を漲らせているようだった。


 お互いの精霊獣が顔を突き合わせて牽制する。俺とゲオルクも、互いに武器を構えて相手の出方を伺っていた。


「ほう、うまく調伏できているじゃないか。簒奪しておいて、器用なものだ」

「お前こそ、その精霊は奪ったものだろ。誰から奪った? ハイエルフからか?」

「奪ったとは人聞きが悪いな。これは同族から貰い受けたんだよ」

「嘘だ。亡くなったハイエルフから精霊を剥ぎ取ったのはお前だろ!」

「あれは、精霊を持つに値しない種族だ。自分たちがもっとも優れた種族だと驕り、昂り、他の種族を見下している。君もここにきて、いやと言うほど感じたはずと思うが」

「だからと言って、こんなことを」

「君は知らないようだね。ずっと昔、エルフはハイエルフに滅ぼされかけんだよ」

「セシリアはそのようなことは言っていなかった」


 おそらく彼女はゲオルクが言っていることを知らなかった。

 知っていたら、もっと恐れていたはずだ。


「知っているのはエルフの街を統治する者だけさ。それを拒否していた妹が知る由もない」


 ゲオルクは気を失っているセシリアを見つめていた。


「大昔の話だけどさ。それでも戦いの爪痕はしっかりと残ってしまった。聖都オーフェンのグレートウォールを守護していた御神体は本来永遠だった。それが戦いによって劣化してしまったんだ」


 そう言いながら、ゲオルクはロキシーに目線を移した。


「それはハイエルフも同じだったわけだけど。まさか代わりが用意できるとは思っても見なかった」


 俺はすぐにロキシーの前に立って、やつが手を出せないようにする。


「5つの島は元は一つだった。分つ原因を作ったのは、ハイエルフだ。そして長い年月が経っても変わらない……それがハイエルフだ」

「同族であるエルフを見捨てたお前が、それを言うのか!」

「悲しいことにエルフも、ハイエルフと同じ道を辿ろうとしていた。グレートウォールという白く高すぎる壁がそうさせてしまうのだろう」

「だから、壊したのか?」

「前にも言ったはずだ。束縛から解放だよ」

「神からの独立と言っていたな。その結果があの惨劇だ」

「方舟には誰でも乗れるわけではない。それはハイエルフも同じだ」


 ゲオルクは黒円を投げつけてくる。すかさず弾き返すと、黒円は二つに分裂した。

 やつはそれを右手と左手で一つずつ受け止めた。


「一つが二つ、二つが四つ。四つが八つ……」


 口にするたびに、ゲオルクが増えていく。

 そして精霊たちの戦いと同時に、俺とやつも動き出した。


 ゲオルクたちは、一斉に黒円を放つ。

 俺は黒剣を黒弓に変えて、飛び交う黒円に向けて魔矢を連射する。


『フェイト、一発だけでは押し負けるぞ』

「わかっている」

『俺様を信じろ。コントロールはすべて任せろ』


 俺は連射速度だけを優先して、でたらめ矢のように撃ちまくる。

 そんな中で、一人のゲオルクが黒円を突き出しながら、飛び込んできた。


「来ると思っていた」

「何っ!?」


 俺はしっかりと引きつけたゲオルクの攻撃を、くるりと躱しながら黒弓を黒剣に変える。そして体の回転力を上乗せして、やつを叩き斬る。


 胴体を真っ二つされたゲオルクは霧散して消えた。


「偽物か」

『あの中に本物はいるようだが……』


 まったく見分けがつかなかった。

 それに今も攻撃を仕掛けてくる7人のゲオルクはどれも同じ力を持っていた。


「でもわかったことがある」

『実戦経験か』

「ああ、あいつは戦い慣れしていない」


 ずっと目が見えなかったんだ。

 それは戦った経験がほとんどないことを意味していた。


『なら、お前との戦いに慣れる前に』

「決着をつける」


 俺は黒円の攻撃を魔矢で迎撃しながら、精霊を呼ぶ。

 来い、ウンディーネ!

 

 先ほど喰らったばかりで、調伏具合は心許ない。

 それでもできることはある!


 無色透明な液体が姿を表す。中を浮遊する液体が精霊獣ウンディーネだった。


「力を見せてみろ、ウンディーネ!」


 俺の声に反応して、ウンディーネが体の中にポコポコと水泡を作り出した瞬間、蒸気となって部屋中に充満した。


「なにっ! 二重顕現だと!?」


 驚くゲオルクたちに向けて、一気に接近した。

 視界不良の中でも俺だけは自由に行動できる。それはウンディーネから視界のアシストをもらっており、俺には蒸気なしの状況で見ることができたからだ。


「これでもくらえ!」


 俺は新たに得たステータス【精霊力】と【呪い】をすべてグリードの黒弓に捧げていた。新たなステータスは黒弓をより禍々しい形へと進化させる。


 ブラッディターミンガン!


 死を彷彿とさせる力が宿った黒い稲妻がゲオルクたちを貫いた。そして勢いは止まることを知らず、部屋の壁を貫通して、さらには神殿に大穴が空いた。


「やってくれるじゃないか、フェイト……」


 部屋にぽっかり空いた大穴の真ん中に、ゲオルクは血だらけで立っていた。

 鳥のクチバシを模したような仮面は壊れて、奴の素顔が顕になっている。

 あれだけの威力の攻撃をまともに受けて、まだ動けるとはな。


 それでもゲオルクの複製は一掃できた。


『フェイト!? 自分の体を見ろ!』


 えっ!? グリードの言葉で、体を見ると……。

 胸に大きな傷があり、大量の血が流れていた。何かが俺に刺さっている!?


「とっておきは君だけじゃない」


 ゲオルクの声と共に、胸の傷口に刺さっていたものが姿を現していく。

 黒円だ。透明化させて、第一位階の奥義を放つ俺の隙を狙って攻撃したのか……。


 完全に黒円が姿を表すと、鋭い激痛が襲ってきた。

 透明化すると、痛みまで無くせるようだった。


 ゲオルクは足を引きずりながら、俺に手を向ける。


「ぐはっ」


 俺の胸に突き刺さっていた黒円が抉れるように抜けて、ゲオルクの手に収まった。

 それでも膝をつくわけにはいかない。

 痛みを忘れろ!

 黒弓を黒剣に変えた。

 精霊獣たち——イフリートとベリアルの戦いは、神殿を突き破って、空中戦へと移り変わっていた。

 互いの力は拮抗している。そして満身創痍。


 次の一撃で勝敗は決まる。

 俺は横たわるセシリアを見た。ごめん……。心の中でそう言って、これから殺す者の名を呼ぶ。


「もう終わりだ。ゲオルクっ!」

「いや、始まりだよ。フェイトっ!」


 これから俺とゲオルク……どちらか一方の命は失われる。

 互いに渾身の一撃を込めて、斬り合う。


「より高みへ、導きたまえ! 大罪スキルよ」

「やめろ! 大罪スキルにそんな願いをするなっ!」


 その声に呼応するかのように俺とゲオルクの胸の辺りが強く光り出す。

 膨れ上がった光はぶつかり合って、強く反発した。


「くっ!」


 弾き飛ばされた俺は転がり、ロキシーが入った容器の下で止まった。


「大丈夫かい?」


 戦いの行方を見守っていたライブラは平然とした顔で、俺に声をかけた。


「見ていればわかるだろ」

「君たちは少々騒ぎすぎたようだね」


 そう言って彼はロキシーの方へ目線を移した。


「……聖ロマリアがお目覚めだ」


 容器に満たされた液体の中で、ゆっくりとロキシーが目を開けた。

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