第259話 ミーティア
神殿の中に入ると、ハイエルフの遺体が積み重なっていた。
どれも逃げる途中で、息絶えたようだった。祝賀会では、多くのハイエルフが神殿に集まっていた。この惨状を見るに、ほとんどが逃げ遅れてしまったのかもしれない。
ロイは遺体の一つを調べていた。
「どうした?」
「このハイエルフには目立った外傷がありません。それなのに亡くなっています」
彼には、死因に心当たりがあるようだった。
「無理やり精霊と引き離されたと思われます」
「なぜ、そんなことを……。精霊を顕現させて、戦って失ったわけでなくてか?」
「はい。その場合は顕現させた精霊のダメージが、この者にフィードバックされます」
ロイが言うように外傷はなかった。このハイエルフの歪んだ顔からも、戦う余裕は全くなくひたすらに逃げようとしていたようだった。
「聖ロマリア様が心配です。急ぎましょう」
「預言者のライブラの身は案じないんだな」
「彼の方は倒れるなど、僕には想像できません」
ライブラの強さを信頼しており、さらに彼への敬意は確固たるものだった。
対して俺は、この状況を引き起こしたのはライブラなのかもしれないと思っていた。
果たして、ライブラが俺に言った「味方」という言葉は本物だったのかを確かめてやる。
俺たちは神殿の奥へと進んでいく。警備していた兵士は至る所で倒れており、彼らにも外傷はなかった。
「この兵士たちも、精霊を剥ぎ取られています」
「集めているとでもいうのか……」
「精霊は剥ぎ取ったとしても、それを収める器が必要です」
「器って、まさか?」
「はい。人間、獣人、ハイエルフなどの知性を持った生物です」
「何者かが、ハイエルフたちの精霊を取り込んできると言うのか?」
「推測です。……そう考えれば、このような手の込んだ殺し方にも納得ができます」
倒れた兵士たちは、ロキシーのところへ近づくほど、数を増していく。
そして、今までは外傷なく亡くなっていたのが、次第に変化が起こった。
「この兵士には、斬られた痕がある」
「こちらは、体に穴が空いています」
「どれも一撃で殺されている」
おそらく敵に対抗しようと、兵士が大挙して攻撃したのだろう。壁や床には、激しい戦闘痕が深々と残されていた。そして、おびただしい血によって、純白の神聖な場所が、真っ赤に染まっている。
壁から滴り落ちる血の匂いと焼け焦げた火災の香りが混ざり合い、臭気となって思わず鼻を覆いたくなるほどだった。
「敵は悠長に精霊を剥がしている暇がなくなったようだな」
「それだけ兵士たちは必死だったのでしょう。ですが、この有り様では……」
力の差は歴然だっただろう。
『おい、フェイト! この鋭い切れ味は』
「ああ……これをやったのは」
「フェイトさん!」
そう言いかけた瞬間、ロキシーがいる部屋の扉が吹き飛んだ。
中から飛び出してきたのは、ロイの兄であるオータムだった。
そして真っ白な床を血で染めながら転がり、俺たちの前で仰向きになって止まった。
「兄さん!」
「……ロイか。預言者様を、聖ロマリア様を守るのだ」
なんとか命は取り留めているが、かなりの深傷だ。
オータムは自分が飛び出てきた部屋を指差して、気を失った。
「お前はオータムの治療を」
「僕も……」
「あっちは俺がなんとかする」
食い下がろうとしたロイは、オータムの顔色を見て思いとどまったようだ。
「わかりました。兄さんはハイエルフの未来のためにも、あなたのためにも必要な人です。お二人をよろしくお願いします」
ロイはすぐに精霊術で、オータムの治療を始めた。大量の出血はおさまっていく。
この調子なら助かるかもしれない。
俺は扉の先を見つめた。中には気配が四つ。
「いくぞ! グリード」
『任せておけ』
黒剣を握り締めて、一気に中へ飛び込んだ。
そこには、セシリアの首を掴んだ黒い仮面の男がいた。
仮面は奇妙な形をしていた。鼻が鳥のクチバシのように尖っている。さらにフードを深々とかぶっているため、さらに異様さが強調されていた。
セシリアは首を片手で締め上げられながらも、抵抗しているようだった。
「……兄さん」
わずかに聞こえた言葉に、黒い仮面の男はがっかりしたように肩をすくめる。
「お前のためにやっていることが、それでは台無しじゃないか」
そう言いながらセシリアを俺の方へと放り投げた。受け止めた俺は彼女の状態を確認する。
気を失っているけど、大きな怪我はしていないようだった。
俺は黒い仮面の男の名を呼ぶ。
「ゲオルク!」
「久しぶりだね。せっかくの変装してきたのにさ」
「そのふざけた仮面を外せ」
「嫌だね。僕にとって、ハイエルフと同じ空気を吸うのは耐え難い苦痛なんだ。このマスク越しでさえ、吐き気がする。フェイト、君もそう思うだろ? いろいろと見てきたんだろ? その悍ましさを」
「それと今お前がやろうとしていることは、関係ない」
「いや関係あるさ。ハイエルフを滅ぼす。僕はスッキリした気持ちで新たな力を得る」
ゲオルクはロキシーが入れられた容器に目線を移した。
「あなたはところで誰なのかな? さきほどから、僕の邪魔をして」
ライブラはずっと容器の前に立って、静かな傍観者のように見守っていた。
「喋るつもりはないと、そういうことをするものは誰であろうと」
ゲオルクは手に持っていた黒いチャクラム——黒円をライブラに投げつけた。
その瞬間、ライブラが俺を見てニヤリと笑った。
「くそっ」
こいつ……躱す気がない!
俺は床に寝かせたセシリアをそのままにして、間に割って入った。
甲高い音が部屋の中で木霊した。そして、黒剣で弾いた黒円はゲオルクの手に戻って行った。
「なぜ避けなかった」
「避けたら、ロキシーに当たってしまうだろ」
「じゃあ、なぜ防がない」
「僕は以前のような力がないんだ。こう見えて、か弱いのさ」
ああいえば、こういう!? 要領を得ない話し方はやめろ!
せっかく守ってやったのに……。
「君がどうするのかは、手に取るようにわかっていたからね。躱すまでもなかったんだよ。フェイトは奇特な人だからね」
「おまえな……その性格は本当にどうにかしたほうがいいぞ」
「ご忠告どうもありがとう。善処はできないけどね」
にっこりと笑みをこぼしたライブラは、俺の横を通り過ぎていく。
そして、黒円を構えるゲオルクに向けて言う。
「今日のところはお引き取りいただこう。たくさんの収穫はしたのだろう?」
「そう言われて引くとでも?」
「目覚めたばかりで思うように大罪スキルを扱えないのでは? だから、ここを襲ってきた。ゲオルクと言ったね。僕は【傲慢】が目覚めたのは感じていた」
「僕がここを襲った本当の目的を知っていると?」
「知っているさ。これが欲しいのだろ」
ライブラの手には見覚えのある黒い正方形の物体が浮いていた。
俺が以前やつと戦った際に使用していたものだ。
そう思ったが、すぐにライブラに否定された。
「フェイト、君が思っているものとは違うよ。これは僕が使っていた物のオリジナルさ。名をミーティアという」
ゲオルクはそれを見て、明らかに反応していた。俺は確信する。これがゲオルクが求めていた物だと。
俺とゲオルクが見つめる中で、ミーティアはライブラの手の上で浮かんだまま、心臓のように鼓動をしていた。
「これはすべての大罪武器の祖なんだ。仲間だった聖獣人に持ち出されてから、行方不明となっていたけど、まさかこのような場所にあったとは」
ミーティアの表面からは見たこともない光の文字が現れる。
「この力によって、ロキシーの負荷をほぼ無効化している。フェイト、この意味はわかるね」
「ミーティアがなくなれば。ロキシーはグレートウォールを支えられなくなる」
「そういうことさ。彼女は瞬く間に干からびてしまうだろう」
俺はライブラの前に立って、ゲオルクに黒剣を向けた。
「これで僕が戦えない理由もわかっただろ。ミーティアの制御は繊細で、これに集中するしかない。献身的にロキシーを10年間支えたんだ。君は僕の労をねぎらう義務があるとは思わないかい?」
ゲオルクはミーティアを狙っている。そしてミーティアはロキシーの命に繋がっている。
戦う理由はそれだけで十分だ。
「……ゲオルク、お前をここで止める!」
「来い、フェイト! 僕は大罪スキルの本来の力を解放する」
俺の黒剣とゲオルクの黒円が激しくぶつかり合った。
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