第258話 ナイトダンス(5)
《暴食スキルが発動します》
《解析中………………新たなステータス【精霊力】と【呪い】が発現しました》
《ステータスに精霊力+130、呪い+100が加算されます》
《精霊獣ウンディーネを取得しました》
ジャスミンは、グリードの第一位階の奥義に精霊ベリアルを加えた攻撃によって、跡形もなく消滅した。残ったのは、薙ぎ倒された木々と凍ついた大地だった。
周囲は氷点下まで下がっており、吐き出す息は白くなって、次第に凍りつく有様だった。避難していた兵士たちは、恐る恐るジャスミンがいたであろう場所に集まり出した。
だが、今も温度低下は続いており、近づくことはできないようだった。
「くっ……やっぱり来たかっ」
持っていた黒弓を地面に刺して、その手で胸を押さえた。
俺は精霊ベリアルを喰らったときのような高揚感に襲われていた。
大丈夫だ。これなら、我慢できる。
そう思った矢先、右腕の甲の聖刻が赤い光を発していた。もう一人の俺が目覚めようとしている!?
右手の指先がわずかに俺の意思に反して動いた。
まずいっ!?
聖刻を左手でぐっと押さえて、静まるように念じる。俺の方が優位なはずだ。
『静まったか』
「ああ、油断も隙も無い」
『あいつの力……聖獣人の力を使うなよ。裏返るぞ』
「わかっている。俺は暴食らしく戦うだけさ」
地面に刺していた黒弓を拾い上げて、黒剣に戻して鞘に収める。
気合いを入れ直していると、ロイが駆け寄ってきた。
「素晴らしい、この一言に尽きます。フェイトさんのおかげで、部下の被害も最小限ですみました」
「ご自慢のケルベロスを失ったけどな」
「ご安心をいくらでも作れます。それよりも、その武器はマルチウェポンですか?」
「まあな。言っておくが見せないぞ」
「それは残念です。機会がありましたら、分解して細部まで拝見させてください」
ロイの言葉にグリードは大きく震えたように感じた。
黒剣は非破壊武器と呼ばれるほど強固だ。いくらロイでも分解はできないだろう。
「フェイトさんもジャスミンを倒されて、変わられましたね」
「ん?」
「精霊ですよ。あなたの中で、二つの精霊を感じます。これは、ウンディーネです」
「……よくわかるな」
「僕は精霊研究のエキスパートですから。それより、体の異変はありませんか?」
「いいや、別に」
「それは安心しました」
ロイは心から安堵しているようだった。彼がこのような顔を見せるのは珍しかった。
「どうして、そんなことを聞くんだ?」
「精霊は生まれたときに得た数以上は持てないんです。昔、同僚が無理やりその数を増やそうとしたのですが……溶けました」
「溶ける!?」
「体の形が保てずに、自壊したのです。その後、何人かの研究者が試しましたが、同じ結果でした。それでフェイトさんのお身体が心配なりました」
「今のところ元気かな」
そう言うと、ロイが俺に拍手を送ってきた。
周りにいた兵士たちが、何事かとこっちを見ている。しかし、彼はお構いなしに話を続ける。
「やはりそうでしたか! 僕の予想は確信へと変わり始めています!」
「落ち着けっ」
「いいえ、落ち着いてはいられません。人間でも可能だったのです!」
「どういうことだ?」
「今更です。フェイトさんには特別にお教えしましょう。僕が精霊を複数持とうとして、溶けてしまった同僚の亡骸を見ていた時です。もしかしたら、ハイエルフだから失敗してしまうのではないかと閃いたのです。そして精霊を生まれ持って宿さない獣人を使って実証実験をすすめました」
「まさか、その過程で生まれたのか……」
「はい。ゾンビです! 効率よく精霊を定着させるには、死体が一番でした。改造も容易です」
ゾンビはロイの精霊研究の過程で、偶然に生まれたものだった。純粋な探究心は、ときに悍ましさ孕んでいることを身をもって、経験させられてしまった。
「フェイトさんのおかげで、人間も同じだと言うことがわかりました。生まれながらに精霊を持っていると、後天的には無理だとはっきりしました」
「もし、精霊を生まれながら持っていないハイエルフがいたら、どうなるんだ?」
「そのような者はいません。ハイエルフは必ず精霊を持って生まれてきます」
「それって、エルフも同じなのか?」
「僕の知る限りでは、エルフもダークエルフも同じです」
そう言い切ったロイの言葉に違和感があった。
俺は精霊を持たずに生まれてきたエルフを知っていたからだ。
セシリアの兄であるゲオルクだ。
ゲオルクはエルフの世界を崩壊させた諸悪の根源だった。やつは大罪スキル保持者でもあり、大罪武器の使い手でもある。
厄災となったゲオルクを思い出していると、遠くの方で激しい爆発音が聞こえた。
「あの方角ははまさか!?」
「フェイトさん、申し訳ありませんが、急いで街に戻らないといけないようです」
ロイも俺と同じように森の隙間から見える赤い空を見ていた。
おそらく、ハイエルフの街が燃えているのだろう。その炎の光が空に映し出されているのだ。
自分の街が燃えているのにロイや兵士たちは落ち着いていた。
兵士の半分は、現場の調査とゾンビの回収。残りはロイと俺に同行することになった。
「あとは任せました」
「はい、お気をつけて!」
一糸乱れぬ敬礼で、俺たちを見送ってくれる。
「フェイトさん、走ります。いいですか?」
「もちろん」
俺はセシリアが気になっていた。状況がわからない以上、いち早く駆けつけるべきだ。
走り出したロイは、予想以上に速い。おそらく、精霊の力を借りているのだろう。
それはまわりの兵士たちも一緒だった。
「僕たちは精霊の扱いには慣れています。身体能力の高さは自負しています」
「なら、もっと急げるよな」
「もちろんです」
一段と速さを上げて走り出した俺に、ロイたちはしっかりと付いてきていた。このスピードからして、聖騎士以上の力を持っていることは間違いなかった。
この兵士たちが軍部でガラクタ扱いされていたことに俺は驚きが隠せなかった。
いざ、人間とハイエルフが戦争となったら、人間側に勝ち目があるのだろうか。もしあったとしても、甚大な被害がでてしまうだろう。
「ゾンビは連れて来なくてよかったのか?」
冗談混じりにロイにいうと、
「まさか獣人をハイエルフの街の中には入れられません。死体ならもってのほかです」
「そう言うと思ったよ」
「まだ何が原因で起こっているのかがわかりません……が」
「ハイエルフ同士の争いか?」
彼らは戦争好きだとロイは言っていた。今もなおハイエルフの派閥での争いは続いているそうだ。人間との戦争を控える中で、押さえ込んでいた溜まりに溜まった闘争心が爆発してしまったのだろうか?
「見えてきたぞ!」
「ああぁぁ……なんてことです。神殿が……」
ハイエルフの街が炎に包まれていた。俺が滞在している宿屋も燃え盛っている。
俺たちの前では兵士たちが必死に消火活動していた。
ロイは部下に対して、それに加わるように指示をする。
「俺は神殿に行かせてもらう。セシリアとロキシーが心配だ」
「僕も聖ロマリア様が心配です。今はグレートウォールには異変が起きていませんから、ご無事だと思います」
炎が立ち上る大通りを進み、俺たちは神殿の前までやってきた。
出入りする大きな門からは、大勢のハイエルフたちが走り出してくる。ある者は大きな傷を負っていて、またある者は火傷によって肌がずるりと剥けていた。
その逃げ出すハイエルフたちの波が収まったとき、門の奥からゆっくりと兵士が出てきた。
全身が炎に包まれながら、言葉にならない声を上げて、俺たちの前で倒れ込んだ。
俺は急いで精霊【ベリアル】の冷気で兵士の炎を消すが、
「……死にました」
状態を診たロイは残念そうだった。
俺は神殿への門……その奥を見つめた。どうやら上の階から燃えているようで、ここから中へ入れそうだった。
聖ロマリアの誕生を祝って集まったハイエルフたち。
華々しかった祝賀会が、恐怖と悲鳴で満ち溢れていた。
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