第255話 ナイトダンス(2)
グリードの声と同じくして、ハイエルフたちが操っていたゾンビに異変が起こった。
「これはどう言うことだ!?」
「なぜ言うことを聞かないんだ!」
「やめろ! こっちに来るなっ」
ゾンビたちが勝手に指示を無視して動き出したのだ。
『上手くいったな』
「一体何をやったんだ?」
『ハイエルフとゾンビとの繋がりをジャミングしてやったのさ』
「ジャミング?」
『指示を邪魔してやったのさ。そのせいで指示が本来とは違った内容となって、ゾンビに送られた』
「だから、ゾンビたちがわけのわからない動いをしているのか」
『そういうことだ。混乱している間に、ラボラトリーを目指すぞ』
グリードはそう言って、ロイが操っている最後の大物に向けてジャミングした。
途端にケルベロスが咆哮して、ハイエルフたちに襲いかかった。
「これはなんと言うことでしょう! 大人しくしなさい、ケルベロス」
ロイの命令は全く聞かないケルベロスは、大暴れだ。状況を重く見た俺の監視兵たちも、駆け出してきてくる始末だった。
50体のゾンビとケルベロス、さらには追い詰めていた獣まで暴れ出して、収集がつかない事態に陥っていた。
『監視もいなくなったな。いくぞ、フェイト!』
「おう!」
俺は襲ってきたゾンビから逃れるように、その場を離れた。
ラボラトリーの場所は把握しているので、暗い森の中でも迷うことなく、一直線で向かう。道中、俺はグリードに何故、ジャミングができたのかを聞いた。
『ハイエルフとゾンビの繋がりは、俺様とフェイトのクロッシングと似ていた。お前だって、それは精霊ベリアルとの繋がりで理解しているだろ。もしかしたら、俺様は精霊と似たような存在なのかもしれんな! まあ、ここまで上手くいくとは思っていなかったが』
「出たとこ勝負だったのか!」
『今更だな。俺様とフェイトはいつもそうだったろ』
確かに……そうだな。
勢いだけが俺たちの取り柄だ。それでも、今回の作戦を教えてくれても良かったのにな。
ちょっと拗ねていると、グリードは笑いながら言う。
『フェイトはすぐに顔に出るからな。前もって、できるかわからない作戦を伝えたら、ロイに気付かれる恐れがあった』
「グリードはロイをかっているんだな」
『あいつはイカれているが、察しが良さそうだ。警戒しておいて損はないだろ』
そうなれば騒ぎが収まる前に、ロイの研究室で精霊についての情報を得ないとな。
「ラボラトリーの入り口が見えてきた」
『あとは俺様に任せろ』
地下への入り口を開けるために、認証機にグリードをかざした。
『ふむふむ……なるほど。よしっ、開いたぞ』
分厚い扉はゆっくりと開き始めた。頼れる相棒で助かるぜ。
『外には監視カメラはなかったが、中にはかなりの数が設置してある。少し、待て』
「何をしているんだ?」
『ハッキングして同じ映像をリピートさせる。これで俺様たちが、監視カメラの前を通っても、気付かない』
グリードは見かけによらず、器用なことができる黒剣だ。普段は大雑把な性格であるから、ギャップがすごい。
『完璧だ。いくぞ!』
湿った階段を駆け下りて、エレベーターがある大きな空間へ。
やはり昨日訪れた時と同じで、ハイエルフの気配はまったくなかった。
「静かだな」
『人間との戦争に向けて、他のことをさせているんだろ。ここは大量生産するには手狭すぎるからな』
「それってゾンビのことか?」
『おそらくな。ここは基礎研究をする場所だ。すでに俺様たちが上で見た通り、ゾンビは完成している。あとは量産するフェーズってわけだ』
「どこでそんな悍ましいことを……」
『さあな。ロイはそこまで見える気はないだろう』
グリードと話しながら、エレベーターに乗って、ロイの研究室の前までやってきた。
不気味なほど静かで何か仕掛けられているのではと感じてしまうほどだった。
グリードを認証機にかざして、ドアを開ける。
『順調だな』
「容器に入っていたゾンビたちがいないな」
『やはり、ここにあったゾンビも獣狩りに持ち出してようだな』
研究室は置かれていた容器の中身が取り除かれたことで、吐き気のする異様な空間ではなくなっていた。そして、ぽっつんと置かれた端末の光だけが、研究室内を照らしている。俺はその前に立って、グリードをかざした。
「これでいいのか?」
『ああ、問題ない。情報を抜き出すのに少し時間がかかるぞ』
そう言ったグリードだったが、手こずっているようだった。
「どうした?」
『性格の悪いセキュリティーだ。情報の一つ一つにプロテクトがかけてある』
「そろそろ時間だ。戻らないとロイが怪しむ」
『わかっているが、少しでも情報が欲しいのはフェイトも同じだろ』
グリードを急かしても、作業に集中する邪魔になってしまう。
待つしかない。一秒一秒がこの上なく長く感じられた。
ふと空になった容器を見る。その奥で何かが動いたような気がした。
気のせいだろうか……。
グリードを端末機に置いたままにして、近づいてみる。
「空っぽか」
『どうした、フェイト?』
「何かがここにいたように見えたんだけど、見間違いだったようだ」
焦るあまりに、錯覚してしまったのだろう。この研究室が曰く付きだから、助長させられたのかもしれない。
少しテーブル椅子に座って気を落ち着けるか。そう思って歩き出そうとしたら、
『フェイト! そのままゆっくりと俺様のところに来い!』
「どうしたんだよ」
『いいから早くそうしろっ!』
グリードの大声からして、俺の後ろで良からぬことが起こっていることだけはわかった。
何かがドックン、ドックンという心音と立てている。
その音に思わず、振り返った時、
「なんだ……この肉塊は!?」
触手のような腕をいくつも出して、頭くらいの大きさの肉塊が宙に浮かんできた。
そして、肉塊は俺の方へとゆっくりと近づいていった。
俺がグリードのところへ行こうとすると、肉塊も同じように跡を付いてきた。
「こいつ、俺の動きに反応している」
『俺様を早く手に取れ。情報どころではない。床を見ろ、フェイト!』
「何っ!?」
肉塊の触手に触れたものが、ドロドロに溶かされている。さらには吸収されて、肉塊の一部となっていく。
「大きくなっている。成長している!?」
『あれはロイの情報にあった精霊ウンディーネを埋め込んだ獣人の成れの果て——ジャスミンだ。制御不能で廃棄したと記録されていたが……それは表向きで隠し持っていやがった』
「ロイならやりそうだな」
俺を取り込もうとする触手を掻い潜って、研究室のドアから脱出する。
そして自動で閉まったドアに無数の触手がぶつかった。衝撃で大きく凹凸ができたけど、貫通まではしていなかった。
「グリード、ドアのロックを!」
『任せろ』
間一髪のところで認証機にグリードをかざして、ドアを施錠することになんとか成功した。
『ここから早く出るぞ。あれは危険だ』
「わかっているって」
上へのエレベーターに急いで乗り込んで、扉を閉めるために操作ボタンを押す。
『まずいぞ! ドアが破られる』
研究室の中身を食べ尽くしたジャスミンは、エレベーターに乗った俺に標的を合わせた。先ほど、食べられなかったことがよほど悔しかったのだろう。
『ケルベロスといい、お前はゾンビに好かれているな』
「俺は美味しい食べ物じゃないんだけどな」
触手を伸ばして、ジャスミンは全速力で俺がいるところへ突っ込んできた。
激しい衝突音が響き渡る。
エレベーターの扉が閉まる方が早かったのだ。上へと動き出したエレベーターの中で、俺は一息入れる。
「諦めてくれると思うか?」
『ジャスミンの腹の減りようによるな』
足元からは、ものすごい破壊音が続いていた。俺を食べれなかったことが、よほど悔しかったみたいだ。
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