第254話 ナイトダンス(1)
荒々しいケルベロスもロイの前では従順だった。
三つの首を垂らし、彼に跪く。
「ご覧ください。フェイトさん! ケルベロスに成り下がっても、体が覚えた習慣という物は残っているんです。興味深いです」
「横目で俺をずっと見ているんだけど」
「好かれているんです」
俺を取って食おうとしているんじゃないだろうな。
ロイが言った「好かれている」という言葉は一般的な意味と違うような気がした。
彼はケルベロスの檻の周りにいる兵士たちに向かって声をかける。
「外へ出しなさい。あまり近づきすぎないように食べられますよ」
ほら、やっぱりそうだった。ケルベロスは俺を美味しいご飯と見ているのだ。
「ゾンビは食事をするのか?」
「それはケルベロスだけです。生への執着心がそうさせているようです。食べたところで消化できずに吐き出すんですけどね」
「欲求だけか……」
「今回はそれを利用して、獣を狩ります」
檻から出されたケルベロスは、兵士たちが持つ鎖を引っ張っていた。
いっこうに鎮まる気配のなかったが、ロイが手を突き出しながら近づくと、
「いい子ですね」
先ほどの暴れっぷりが嘘のように静まった。
ロイが何をしているのかがなんとなくわかる。おそらく今の俺が精霊ベリアルと繋がっているからだ。
彼は自分の中にいる精霊と、ケルベロスに埋め込まれた精霊を結びつけている。そして、その精霊を介して、ケルベロスを操っていた。
「リンクは良好です。はい、お手。おかわり」
「自分の精霊とケルベロスに埋め込んだ精霊を結んで、影響はないのか?」
「おや、見抜かれましたか。問題はありませんよ。僕の精霊が守ってくれます。それにたった1体のゾンビを扱うわけではないのです」
彼の部下たちは、2体から3体のゾンビを操り出した。
「今はかなり少ない数ですが、実戦では100体を超えるゾンビを一人で扱います。僕はもっとできます。ですが、今回はこの特別個体に集中させていただきます」
一人で100体だって!?
ここにいる20人の部下だけで、2000体を操れるというのか!
しかもロイの口ぶりだと、彼一人で1000体くらいは苦もなくやってのけそうだった。
俺の予想では、おそらくそれほどのゾンビを操れる理由は、指示の簡略化かもしれない。
今回の獣狩りは、獣を見つけて倒したり、周りの環境やハイエルフに気を遣ったりなどと安全を確保しながら行わなければいけない。複雑な操作が必要になってくることだろう。
だが、人間との戦争ではどうだろう。
敵陣にゾンビを投入してしまえば、安全な場所から遠隔操作できる。そして、ただ一つに集中すればいい。ゾンビへの指示は[人間を殺せ]だけだ。
ロイがケルベロスを1体だけしか扱わないのも、操作が複雑だからだろう。
「フェイトさん、僕の側からできるだけ離れないでください」
「離れるとどうなる?」
「命の保障はできません」
「わかった。もう始まるのか?」
「はい。二手に分かれて、獣を追い込んでいきます」
ロイが手で合図すると、部下の半分が動き出した。
それに合わせてゾンビたちにも変化が起きる。2本の足で立っていたのに、地面に手をついたのだ。
四足歩行になったゾンビたちは、音も立てずに森の奥へと消えていった。続いて、ゾンビは操作している兵士たちも同じ方角へ駆け出していく。
「どうです? フェイトさん。かなり俊敏でしょう?」
「あれも強化したということか?」
「生きている時は、筋力のすべてを発揮することができないのです。ですが、ゾンビは違います。持てるすべてを引き出すことができるのです。獣人でも、精霊の力を借りたハイエルフの身体能力に匹敵するほどです」
そう言って、ロイはケルベロスを見上げていた。
獣人のゾンビであれだけの身体能力を発揮するのだから、ケルベロスはそれを優に上回るとでも言いたげだった。
「さあ、僕たちも行きましょう。獣を挟み撃ちにして一網打尽です」
ロイは残った部下にも合図を送って、先行させる。
そして、指揮官である彼は鎖に繋がれたケルベロスを解放するように言った。
取り押さえていた兵士たちは、一つまた一つと鎖を外していく。
「あなたたちはここで待機して、ゾンビ回収の準備をお願いします」
指示を受けた部下たちは深々とロイにお辞儀をした。そして、与えられた仕事を開始した。
「フェイトさん、ケルベロスに前を歩かせます。視界が少し悪くなります」
ケルベロスは、ゆっくりと歩き出した。俺たちの歩幅に合わせているのだ。
風下となった俺は、あまりの匂いに鼻を押さえた。
「腐っているのか?」
「もちろんですよ。死んでいますから、腐敗もします。一応、防腐処理はしているんです。しかし、あれは特にいじくり回しましたから、程よく腐っています」
「だから、他のゾンビを先行させたのか?」
「ご明察です。さすがにこの臭いで近づけば、獣は逃げてしまいます」
「追い込んだ獣をケルベロスで処理するわけか」
「そういうわけですから、ゆっくり参りましょう」
遠くから、獣たちの鳴き声が聞こえてきた。
それは威嚇ではなく、危険を仲間に知らせているようだった。
「順調そうですね。優秀な部下で僕の鼻も高いです」
「さっきの兵士たちは精鋭部隊なんだな」
「いいえ、元は違います。彼らは軍部ではガラクタ扱いでした」
「そうは見えなかった」
「努力したのです。彼らは精霊の扱いに長けていましたが、残念なことに持って生まれた精霊は弱かった。そこで僕が彼らの精霊の扱いに目をつけて、ネクロマンサー部隊として引き抜きました」
「ネクロマンサーに必要なのは、精霊の力ではなく、扱い方だからか?」
「はい。彼らはさらに切磋琢磨して、今に至っています。そして彼らは意気衝天しているのです。自分たちを蔑んだ者たちを見返すために」
今理解した。だから、あの異常な士気の高さだったのか。
「軍部での僕の評価も上々です。さらに名声を上げれば、本来の研究へ返してもらえることを信じています」
「本来の研究?」
「前にも言いました精霊です。ああ……早く戻りたいです」
ロイの言葉に同調するかのように、ケルベロスも「くぅ〜」と悲しそうに鳴いていた。
彼はひっそりと精霊の研究だけをしている方が、世の中のためになると思う。
誰だよ。こんな危険なやつを表舞台に引っ張り出してきたのは……と思っていたら、偉そうなハイエルフの兵士長の顔が浮かんできた。
ロイを戦いに呼び入れたのは、実の兄であるオータム・ダーレンドルフだった。
兄弟で近くで見ていたからこそ、彼の才能を見抜いていたとも言えるが、危険視はしなかったのだろうか?
ハイエルフの価値観など俺に知るよしはなかった。
「フェイトさん。いよいよです」
ロイが言った通り、森の奥で聞こえてくる獣の鳴き声がどんどん多くなっている。
追い込まれて、パニックになっているのだ。
鳴き声が聞こえる方角へ進んでいくと、ぽっかりと開けた場所へ出た。
そこでは獣たちがゾンビとハイエルフらに囲まれて、身動きが取れない状態だった。
ただ声をあげて、どうにか逃げ道ができることを祈っているように見えた。
「すばらしいです。皆さん、よくやりましたね」
兵士たちは無表情だったけど、どことなく誇らしそうだった。
ロイはケルベロスを引き連れて、獣たちを取り囲む輪の中へ入っていく。
大きな体躯と異質な気配に、獣たちは震え上がる。ある獣は死を悟って地面に伏せて動かなくなった。ある獣はどうにか逃げようと輪の外へ目指すが、待ち構えていたゾンビによって両断されてしまう。
「さあ、始めましょう。運用実験です!」
ロイがケルベロスを操って、獣たちに飛び掛からせる。
そのとき、ずっと黙っていたグリードが待ってましたとばかりに言う。
『こちらもいくぞ、フェイト! ナイトダンスの始まりだ!』
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