第253話 特別個体
エレベーターから降りると、ロイがすぐに俺の側にやってきた。
「先ほど、ここへ来たところです。受付でフェイトさんをお呼びしようと思っていたんです。もしかして、僕が来たことがわかっていました?」
「そろそろ時間だと思っただけさ」
「察しがいいですね。助かります」
ロイに連れられて宿屋を出た俺の前には、兵士たちが20人ほど集まっていた。
見るからに手練だとわかる立ち振る舞いだ。
「彼らは、今回の狩りに参加する者です。まあ、彼らが直接、獣を狩るわけではありませんが」
「ロイと同じネクロマンサーということか?」
「はい、僕の教えを習得した者たちです。今日はその実践訓練というわけですよ」
「ロイは監督役なのか?」
「高みの見物といきたいところですが、僕は特別な個体の試運転です。見たら驚きますよ」
笑みをこぼしながら、ロイはお披露目を楽しみにしているようだった。
すでに獣人のゾンビを見せつけられていた。そのため、彼が言う特別な個体は碌でもないに決まっていると容易に予想できた。
ロイは部隊に号令をかける。その声に兵士たちは隊列を組んで、獣が潜む森へと行進を始めた。一糸乱れぬ動きに、感心させられてしまう。
やはり日頃から実践訓練をしているだけはある。
「さあ、行きましょう。向こうでは準備が整っているはずです」
「別働隊がラボラトリーから、あの獣人たちを森に連れて行っているのか?」
「はい。今回は大掛かりですからね。かなりの数を投入予定です」
思っていたよりも、ハイエルフの兵士が動員されているようだった。
その目を掻い潜って、ラボラトリーに潜入できるのかは、グリードの秘策次第になってきそうだ。
頼むぜ、相棒!
心の中で思いつつ、ロイの後に付いて狩りを行う森へと向かう。
月には雲がうっすらとかかり始めていた。
今歩いている草原は月の光を失って、とても視界が悪い。この状態で森の中でナイトハントとは、さらに難度が上がることだろう。
そんな俺の心を見抜くようにロイは言う。
「ご安心ください。僕たちは、夜戦も訓練済みです。それに精霊の力を借りれば、夜目もある程度は利きます」
「いいのか? そんなことを俺に教えて」
「別に大丈夫です。これは精霊を扱う者として、初歩ですから」
「セシリアはそんなことはできなかったけど」
「ハイエルフの方が精霊の扱いに長けているからです」
精霊は攻撃だけではなく、汎用性があるみたいだった。
憎らしいことを言うけど、勉強になるから悔しいところだ。
俺も精霊【ベリアル】をうまく扱えば、ロイが言うように夜目が利くのだろうか。
試しに心の中で、【ベリアル】を呼びかける。うん、全く反応無しか。
そう簡単にいかないようだ。顕現させることはできるんだけどな。
ハイエルフたちが今行っている精霊を顕現させずに夜目の力を得ているのは、高度な技術なのかもしれない。それは初歩というのだから、彼らの精霊術は底知れぬものがある。
俺は前を歩く兵士たちを見ながら、
「この様子なら獣狩りも、夜明け前には終わりそうだな」
「さあ、どうでしょうか。実際に狩るのはゾンビたちなので、しっかりと働いてくれるといいのですが。もし操作を誤ってしまい、フェイトさんを襲ってしまった時には申し訳ないです」
「始まる前から謝られるのは怖いな」
「実験には、失敗はつきものです。それも楽しくもあります」
「おいおい、そうなったら部下たちも大変なことになるじゃないか?」
「承知の上です」
平然とロイは言った。そして、ニヤリとして喜ぶような顔をした。
「亡くなった時は、その遺体を有効活用させていただきます」
「まさか……お前」
「戦時に備えて、少しでも兵力は必要ですからね。上層部の許可をきっと降りることでしょう。欲しかったんですよね。同族のゾンビを!」
「ああぁぁ……」
俺は自然と肩を落としていた。
最高にイカれているぜ、このハイエルフは……。
しばらく歩いていると、今日訪れた森へと辿り着いた。
思っていた通り、森の中はとても暗くて視界が悪かった。そんな中でハイエルフの兵士たちは、キビキビと準備していた。
ロイが夜目が利かない俺を見かねて、アドバイスをくれる。
「そのご様子ではせっかくの運用実験を見ていただけないですね。仕方ありません。僕が教えたことは内緒ですよ。精霊を扱うと考えるのはやめてください。繋がるんです」
「繋がる?」
「精霊と同化するように、自分と重ねるんです。うまくいけば精霊の力を借りることができます」
口で言うのは簡単だ。実践になると、うまくいかないのが常だ。
果たして俺にできるのだろうか。
俺はロイが見守る中で、精霊【ベリアル】に接続を試みた。
繋がるってどうやったら、いいのだろう。俺が似たようなことで知っているのは、グリードと意識を重ねるクロッシングときの感覚だった。
よしっ、やってみるか。ベリアルとクロッシングするようにっと。
「見える! 見えるぞっ!」
「素晴らしい。さすがはフェイトさんです。少し教えただけでこれです。人間でありながら精霊を持っていて、更には同化も難なくこなす。僕は興奮を抑えきれません。この場でフェイトさんを解剖して、その秘密を解き明かしたいくらいです」
「うっ……」
精霊の扱いについて教えてもらった手前、言いにくいのだが……。
最高にイカれているぜ!
ドン引きしている俺に、ロイは指を差して言う。
「今日の主役の登場ですよ」
頑丈な檻に入れられた獣人ゾンビたちが、次々と運ばれてくる。その数はゆうに50体を超えていた。
「こんなにもいたのか……」
「僕の部屋にいたのは、この通り全部ではないです。まだ在庫はたくさんありますよ」
運用実験でこの数だ。実践投入される時は、さらに増えることになるだろう。
俺の前に悍ましくも悲しい姿をしたゾンビたちが並べられていく。
「よしよし、調整はいい感じですね。内部の精霊も今のところは安定しています」
ロイは準備が順調に進んでいることに、気をよくしていた。
「フェイトさん、どうですか? 僕が丹精を込めて作り出したゾンビたちは」
「俺には、こんな彼らを見せられて喜び合う感性は持ち合わせていない」
「なるほど、言葉にならないということですね」
俺は頭を抱えていた。まあ、ロイのマイペースに巻き込まれているわけにはいかない。
気を取り直していると、森の奥から得体の知れない叫び声がした。
「なんだ……あの声は獣なのか?」
「あれは僕の自慢の特別個体です。自信作なのです! どうです? 以下可ですか?」
ゆっくりと姿を現した異形のゾンビ。
明らかに他のゾンビと姿が違う。複数の獣人を継ぎ接ぎしているのか?
頭は三つあり、顎が改良されて狼のように飛び出していた。
数人のハイエルフの兵士によって、やっと動くほどの大きな檻。奇怪な姿をしたそれは檻の中で暴れるため、たくさんの鎖に繋げられていた。
「今日も元気ですね。あっ、あれは死んでいるんでしたね」
「なんて惨たらしいことを……死者へ冒涜だ」
「いいえ違います」
「なんだと!」
「これは僕からの祝福です。死してなおも、生への執着に囚われし獣人を選別しました。それを繋ぎ合わせて強化したのが、このケルベロスです。獣人がもっとも力を発揮する姿である魔物にできるだけ模しています」
ケルベロスは森の隙間から差し込む僅かな月へ向けて、遠吠えをした。そして、森に巣食う獣が逃げ出してしまうほどの咆哮が俺に向けられた。
「フェイトさん、気に入られましたね」
「制御はうまくできるのか?」
「もちろんです。ラボラトリーではうまくいきました」
あれはもう獣人だった名残など一切ない。まさに魔物に近い存在だった。
だけど、ケルベロスの目にうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
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