第252話 これからのこと
俺は深夜まで宿屋のスイートルームに待機中。
提供された食事は、塩湖で採れた新鮮な魚を使った料理だった。こんがりと焼かれた皮の下には、ほくほくの白身がでてきた。口に運ぶとまず、すり込まれた香草が広がる。その後に脂の乗った白身とその香りが合わさった。
香草の塩焼き魚というありふれた料理のはずが、腕の良いシェフの手にかかると、ここまで美味しいのかと感心してしまった。
ハイエルフは自分の仕事に誇りを持っている。だからこそ、極められた味なのかもしれない。そして、飲み物として白ワインまでテーブルの上に乗っていた。
さっぱりとしてわずかに辛みを感じる白ワイン。
脂の乗った白魚との相性は抜群だった。まるでこの料理のために作られたようなワインだ。
「ワインか……ロキシーの領地を思い出すな……」
『たしか、ワインの産地だったな』
「ハート家の使用人だった頃は、よく飲んでいたよ」
『俺様から見れば羨ましい限りだな』
のんびりと食事を楽しんでもいられない。俺はグリードに神殿でのことを聞いた。
『神殿にいるロキシーの体には、魂が不在だった。フェイトがグレートウォールで体験したことを考慮すれば……』
「ロキシーの魂はグレートウォールにある。体と魂が別の場所にあって大丈夫なのか?」
『厳しいだろうな。エルフたちを守っていた御神体と同じ運命を辿る可能性が高い』
「体が衰弱していって、ロキシーは……」
俺が口にできずにいた言葉をグリードは引き継いだ。
『最後は死ぬ』
さすがに食事を続ける気になれなかった。
俺はフォークとナイフをテーブルに置いて、壁に立てかけていた黒剣に目を向けた。
『俺様が見たところ、ロキシーの体が入っていた容器から出すのは危険だろう。あれを通りて、体がグレートウォールにある魂と繋がっている』
「無理やり出すと、魂とのつながりが切れてしまうのか?」
『そうだ。ロキシーの肉体は死に、魂はグレートウォールの中に閉じ込められる』
「まずは魂を戻す方法を探さないといけないのか」
『それもあるが、獣人の問題をどうにかする算段をつけておくべきだ。ロキシーを救ったところで、グレートウォールが崩壊してしまえば、獣人たちは魔獣になってしまう』
「ロキシーが彼らを助けるために、御神体になった意味がなくなってしまうな」
簡単には解決できそうになかった。
獣人をグレートウォールがなくても、暮らしていけるようにしないと話が始まらないのだ。
『ロキシーがああなってしまった根本問題を取り払わなければ、先には進めないぞ』
「わかっているけど……」
俺は途方に暮れてしまう。なぜなら、エルフのところにいた獣人たちをどうにかしようと奮闘していたセシリアですら、この問題は解決できなかった。
それでも、俺は気になったことがあった。
「グレートウォールを通るには、精霊が関係している。もしかすると、精霊が鍵かもしれない」
『精霊はグレートウォールと深く繋がっているのは間違いないだろう。俺様たちの世界に、精霊は存在しないものだ。やはり、精霊を知る必要がありそうだな』
俺は、エルフの騎士から奪った【ベリアル】という精霊を所持している。この精霊を呼び出して、話ができたらいいのに……。残念ながら、ベリアルに意志はないため、会話はできなかった。
『精霊の専門家なら、適任者がいるだろ?』
「ロイ・ダーレンドルフのことか」
『そうだ。イカれたやつだがな』
「彼は軍人でもある。それにロキシーがあの状態であることを望んでいる。協力は不可能だろうな」
『ロイの研究室に機器の端末があったあそこから、情報を吸い上げれば』
「彼の研究内容を……精霊について知ることができる」
機器の端末のアクセスは、グリードの方でなんとかできるという。
問題はあのラボラトリーに、侵入できるのかということだ。俺たちは監視されている身だ。そう易々と、好き勝手にできるとは思えなかった。
「暴食以外のスキルがあれば、他にもやりようがあるのにな」
『贅沢を言うな。まあ、暴食スキルにお願いでもするんだな』
「お願いします。他のスキルも使えるようにしてください!」
暴食スキルに何の反応もなかった。俺の言葉が届かないのはいつものことだ。
『暴食頼りは、それくらいにしておけ。眠れる獅子は起こさない方が得策だ。それよりも、深夜に獣狩りをするようじゃないか?』
「どさくさ紛れて、忍び込めかな」
『チャンスってのは、待つものではない。自ら作り出すものだ』
「そう言うからには、自信があるんだな」
『俺様に任せておけ。傲慢なハイエルフたちに一泡吹かせてやる』
いつにも増して、グリードは強気だった。
おそらく見ているだけの彼にとって、ちゃんとした役割が持てるのが嬉しいのだろう。
『フェイト、どうした? にやにやしやがって』
「グリードがいてくれると、頼もしいと思ってさ」
『当たり前だ。俺様はいつもそうだ!』
俺たちのやるべきことが決まり、どんどん元気が溢れてきた。
よしっ! 食事の続きだ。腹が減っては戦はできぬ! なんてね。
この料理の材料は、獣人たちが汗水を流して育てたものだ。残すなんてもってのほかだ。
『暴食らしく全部食べるんだぞ』
「言われなくても、そのつもりさ」
料理を綺麗に食べ終えて、白ワインも飲み切った頃には、何だか満たされたような気分いなって、心が落ち着いていた。
俺は椅子から立ち上がって、窓際へ。
神殿がある辺りが、今日の街の中で一番明るかった。
「聖ロマリアの祝賀会か……」
『ロキシーが救世主様とは、これまた面倒なことになったな』
「彼女がハイエルフを助けたつもりがなくても、結果的にそうなってしまった」
『数奇なものだな』
ロキシーの身の安全は保証されているのが、せめてもの救いだ。
「セシリアはうまくやっているかな?」
『元はエルフの姫様だ。このような催しはお手のものだろう』
「その点は俺も大丈夫だと思う。ライブラが気になるんだ」
『自分では敵ではないと言っていたが、あいつのことだ。信じるに値しない』
「ライブラは何を企んでいるのかな?」
『フェイトの中にいる神を狙っているのだろう。あいつはずっと神に執着していた。今更、それを捨てるとは思えない』
暴食スキルによって、喰らわれた出来損ないの神。
グリードは、それを解放する機会を探っているのだと言った。
『ライブラに隙を見せるなよ。あいつが動き出せば、ロキシーどころではなくなってしまう』
「わかっている。あのまま、ずっと神殿に引き篭もっているとは思えないし」
『あいつの口ぶりだと、ロキシーが御神体になったときにも立ち会っていそうだ』
「どちらにせよ。もう一度会う必要はありそうだな」
あの飄々とした態度のライブラとは反りが合わない。
もちろん、グリードも同じだ。
彼の地での死闘が嘘だったかのように、ライブラは接してくる。それが否応なしに俺の琴線に触れるのだ。
窓から見える神殿の灯りは衰えることを知らず。月が高く登っても、ハイエルフたちの往来は止むことがなかった。
『フェイト、時間だ』
「ああ、玄関ホールにロイの気配を感じる」
待ち合わせた時間だ。ナイトハントが始まろうとしていた。
結局、セシリアは俺たちが出発する時間になっても帰ってこなかった。窓から見える様子では、今もなお盛大な宴が行われている。帰るに帰れなくなってしまっているのかもしれない。
彼女は大丈夫だと自分に言い聞かせて、壁に立てかけていた黒剣を持った。
「行こう」
『楽しいナイトハントの始まりだ』
グリードはノリノリだった。
もしかしたら昔、王都セイファートで幾度となくやったナイトハントを思い出しているのかもしれない。はぐれ魔物ムクロと偽って、グリードと暴れていた日々……あの頃は強さを求めるだけでよかった。
失敗は許されない。過去を振り払うように気を引き締める。
俺たちはエレベーターに乗って、1階の玄関ホールを目指した。
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