第251話 二手

 しばらくロキシーとの接触を思い返していると、セシリアが心配したように声をかけてきた。


「どうしたの? 外への道が開いてから、考え込んで」

「グレートウォールに触れた時に……」

「何かを感じたの? あの一瞬で?」


 どうやら、俺とロキシーの邂逅していた時間は、ここでは一瞬だったようだ。

 あそこには体感的に30分ほどいたような気がする。


 ロイの目もあり、詳しい話はできなかった。宿屋に帰った時に、セシリアにロキシーとあったことを話そう。

 待てよ。俺はロキシーと会えた。もしかして、セシリアにも会えるかもしれない。


「セシリア、ちょっとグレートウォールに触ってみてくれないか」

「いいけど、どうしたの?」

「頼むから、試してみてくれ」

「フェイトがそういうのなら、わかったわ」


 セシリアは、閉じてしまった道を再度開けるためにグレートウォールに触れた。


「はい、開いたわよ」

「何かを感じなかったか?」

「全然」

「そうか……」


 俺だけがロキシーと邂逅できたようだった。

 なら、もう一度グレートウォールに触ったら、どうだろう。


「ダメか……」

「ちゃんと道は開かれているわよ」

「ああ、わかっているよ」


 何度も会えるものではないようだ。ロキシーに会った時、時間に制限があるようだったし。

 もしかしたら、グレートウォールの御神体ではない俺は本来異物なのかもしれない。

 普通は無理なのだが、ロキシーの力によって俺の意識をグレートウォールの中へ入れてもらえている?

 ただの予想でしかないため、これ以上はわからなかった。


 俺はグレートウォールの穴が閉じていく様を見守っていた。

 後ろから、ロイが腕時計を見ながら聞いてくる。


「そろそろ日暮れの時間です。夜になると獣も活発になりますから、街へ帰らないと危険です」

「わかった。帰ろうか、セシリア」

「そうね。ハイエルフのグレートウォールもちゃんと見られたことだし、そうしましょ」


 帰り道を歩き出した俺たちに、ロイは話しかけてくる。


「どうでした。エルフのグレートウォールと違いましたか?」


 セシリアが指を口に当てながら答える。


「そうですね……同じといえば同じですね」

「と言いますと?」


 ロイは興味が抑えられないようだった。セシリアの隣に来て、顔を近づけている。


「ちょっと近いです」

「あっ、すみません」


 彼が距離をとったことに、安心したセシリアは話を続ける。


「ここのグレートウォールは生命力に溢れていると感じました。私たちのグレートウォールは年老いたように生気が失われつつありましたから」

「なるほど! エルフの御神体は弱っていたんですね。やはり僕たちと似た時期にだったんですね」


 御神体が弱り始めた時期が同じことがそれほど重要なことなのだろうか?

 俺は研究者の顔となったロイに声をかける。


「ハイエルフはロキシーを御神体にしたことで、グレートウォールが息を吹き返したんだろ?」

「はい、聖ロマリアの生まれ変わりによって、僕たちは救われました。セシリアさん、他には違いがありますか?」

「あとは同じだと思います。強いて言うなら、触れた時に優しい気持ちになれる気がしました」

「僕たちには無い感覚ですね。実に興味深い。その時の脳の状態を見せてもらいたいくらいですよ」

「嫌です」


 さらりと恐ろしいことを平然とした顔でいうロイ。

 セシリアの顔は引き攣っていた。


「フェイトさんは、どうでした? 人間のあなたの感想も聞いておきたいです」

「俺はセシリアと違って、そこまで繊細なことはわからない。エルフとハイエルフのグレートウォールは同じに感じた」

「なるほど、人間は繊細でないんですね。良い勉強になります」


 俺のせいで人間に対して、誤った認識を与えてしまったかもしれない。

 それよりも、グレートウォールに触れた時に、ロキシーと邂逅したことだけは、ハイエルフたちに知られてはいけない。


 ハイエルフたちが聖ロマリアとして慕う彼女と、秘密の会話をしたなんてわかったら、何をされるのかわかったものでないからだ。しかも、その内容は彼らが道具として酷使する獣人を救うことだから尚更だ。


 俺は話を変えようと、ロイが夜道が危険であることを聞いた。


「獣は多いのか?」

「最近は農業生産に力を入れていますから、獣人たちの手が回っていないようです。まだ、大きな影響は出ていませんから、安心してください」

「大きな影響? 少しは出いているのか?」

「はい、獣人が日に一人か二人ほど食い殺されているくらいですよ。この後の深夜に、ラボラトリーでお見せした不死の兵士を実証実験するために、獣狩りをする予定なので問題は解決するでしょ」

「ロイも参加するのか?」

「もちろんです。僕がいないと始まりませんから、今からワクワクしているんです」


 呆れる俺とセシリアに気を止めることなく、ロイはおもちゃをもらった子供のように嬉しそうだった。


「お二人も見学に来ますか?」

「私は遠慮させてもらうわ」


 セシリアはすぐに断っていた。

 どうしようか……ネクロマンサーの力を知る良いチャンスでもある。

 悩める俺に、腰に下げていたグリードが振動してみせた。

 つまりは参加しろと言いたいのだろう。


「参加させてもらうよ」

「さすがはフェイトさん! わかってらっしゃる。あなたなら、そう言ってもらえると確信していました」


 会った時から感じていたことがある。ロイは俺への評価が高いような気がするのだ。

 好意的なのは悪い気はしない。でも仲良くはなれない要素を持ち過ぎていた。


「より一層、楽しみになってきました。ああ……念入りに準備しないと! さあ、宿屋に戻りましょ」

「おいっ、俺たちを置いていくな」

「待って! 迷子になったら大変。ここは精霊が不安定で声が聞きとりにくいんだから」


 足並みを速めて、俺たちは鬱蒼とした森を抜けた。日が暮れるまえには、ハイエルフの街へと戻ることができた。

 道中、獣人たちの視線はなかった。やはりロイが言ったように、獣たちが闊歩する時間になると、恐れて寝床に戻るようだった。


 夜の街は昼間と違った。賑やかさに満ちていた。

 たくさんの街灯に照らされた大通りには、着飾ったハイエルフたちが歩いていた。

 皆が、神殿の方角へ向っていた。


「これから何があるんだ?」

「聖ロマリア様の祝賀会です。一週間に一度の頻度で行われていますね。盛大な催しですよ。セシリアさんも参加されますか?」

「どうしよう、フェイト?」

「彼女の身は守ってもらえるのか?」

「ご安心ください。護衛はつけます。それに神聖なる場で血を求める者はいません」


 それを聞いたセシリアは俺の顔を見た後、頷いた。


「有り難く参加させていただきます」

「わかりました。では手配させていただきます。救世主の再誕を喜び……どうぞ、分かち合ってください」


 セシリアの性格からして、ハイエルフたちが彼女に差別意識を持っていたとしても、気にすることなく、情報収集してくれることだろう。


 宿屋の前に戻ってきた俺は、ロイと別れる。


「フェイトさん、お迎えまでおくつろぎください」

「ああ、そうさせてもらうよ。セシリアをよろしく」

「完璧にエスコートさせていただきます。さあ、セシリアさん。ドレスコードを用意していますから、こちらに」


 セシリアは宿屋の支配人とロイに連れられて、衣装替えだ。

 エルフの服では、祝賀会で目立ち過ぎる。そのため、ロイの提案でハイエルフのドレスコードが用意された。彼女は着なれた服から、多種族の服に着替えることに少しだけ抵抗があるようだった。


 それでも、せっかくのハイエルフたちを知る機会だ。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 着替えに行く前にセシリアは俺に言った。


「私もハイエルフのことをもっと知りたい。その上で、しっかりと判断したい」

「今のところ、マイナス点ばかり盛大に稼いでいるけどな」


 彼女は小さく笑いながら、頷いてみせた。


「聖ロマリアについても、情報を集めてみます。きっとロキシーさんのためにもなりますから」

「ありがとう。でも、気をつけて」

「はい。これでも私は強いんですよ」

「知っているよ」

「なら、良し! 行ってきます!」


 セシリアは髪を靡かせながら、俺に背を向ける。そして颯爽とドレスコードに着替えるために、玄関ホールの奥へと歩いて行った。

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