第246話 火種

 ロイが紹介してくれた宿屋は、俺たちの思っていた以上に快適だった。

 少しでも困ったときには、客室係が駆けつけてくれるし、ハイエルフたちのマナーについても、何気なく支配人がサポートしてくれるのだ。

 朝食も、長旅だった俺たちに体調を気遣って、消化の良い物を用意してくれた。

 グリードも隅から隅まで手入れをしてもらって大満足でふんぞりかえっていたほどだ。


「気味が悪いくらいよくしてくれるな」

「彼らは本当に仕事に誇りを持っているんでしょうね。他の客が私たちを見る目は違ったけど」

「ああ、危害を加えるつもりはなさそうだけど、気分のいい物ではないな」

「フェイトが私たちの街で、どんな気分だったのかよくわかったわ」


 俺にはまだ故郷と呼べるところがある。帰る場所があるのだ。

 しかし、セシリアは違う。彼女の兄によって、その場所は失われた。俺の協力をしてくれてはいるが、きっと今すぐにでもゲオルクを探しに行きたいだろう。

 俺の心を察したようにセシリアは言う。


「兄さんのことは私の問題だから気にしないで。それよりも、フェイトは自分のことを考えて」

「……セシリア」

「じゃないと、せっかく見つけた大切な人を助けられないわよ。私も協力するから!」

「ありがとう」


 今はセシリアの優しさに甘えさせてもらう。

 俺は壁に立てかけていた黒剣を手に取った。


「行こうか」

「ロキシーのところへ行くのよね」

「そのあとは、獣人たちの話を聞きたいところだけど」

「ロイさんが一緒だと難しそうね」


 ハイエルフたちと話しても、魔都やグレートウォールについて都合の悪いことは教えてくれないだろう。なら、違う立場にいる獣人たちの方が、俺たちにとって有益な情報を知っているかもしれない。

 セシリアの故郷にいた獣人たちも、彼らに伝わる伝承を話してくれた。


『ここでは獣人たちに人権はない。ただの道具として扱われている。その状態に甘んじている者たちから、ハイエルフに都合の悪い情報を得るには骨が折れるぞ』

「とりあえず接触してみるよ。ここの獣人たちがどんな感じなのかわからないと始まらないし」

『そうだな。時間だけが過ぎていくしな』


 ライブラが言うことが正しければ、ロキシーは御神体となってから10年もの時間が経っている。今の状況なら、一刻一秒を争う事態にはならないと思われる。

 それでも早くなんとかしたいと心が焦ってしまう。

 エレベーターに乗ったところで、セシリアが悩みながら言う。


「私のほうで、ロイさんを引き止めれたらいいけど……」

「俺たちを監視しているのが、ロイ一人だけとは言えないからな」

「そうなの。昨日、ここへ案内されるときに、複数の視線を感じなかった」

「ああ……あからさまだった。たぶん、俺たちへの警告も兼ねているんだろうな」

「今日も同じなら難しいかも」


 監視されている中で、セシリアがロイを連れ出して、俺がフリーになるところを見られたら、怪しまれること間違いなし。

 そうなれば素直にロイと一緒にいるほうがいいだろう。


 1階に着いたエレベータから降りた俺たちに、この場には不釣り合いな軍服を着た青年が声をかけてきた。


「おはようございます。フェイトさん、セシリアさん」

「おはよう」

「もう来ていたんですか! 早いですね」

「仕事ですから」


 ロイを探すことなく、エレベーターの扉が開かれてからすぐに彼の方から顔を出してきた。玄関ルームは昨日と同じように賑わっていた。

 接客係が忙しそうに歩き回っている。その中の一人にロイは声をかけた。


「外出するときは、こうやって彼に返却してください。戻ってきたら、また受け取ってください」

「出入りするたびに渡すのはちょっと面倒ですね」

「はい、防犯に必要なことですから。それに外で紛失したら大変です」


 勝手に持ち出して無くした場合、弁償しないといけないようだ。こんな高そうな宿屋だ。一文無しの俺にとっては、その金額は考えたくない。


 カードキーを接客係にしっかりと返却した俺たちは、ロイの案内で神殿に向かうことにした。馬車を操る御者は、昨日と同じ男だった


 やはり、セシリアの馬車に乗せるのを嫌がる素振りを見せた。彼女はそれを気にすることなく、俺の隣に座った。

 そして、ロイも乗り込んだところで、馬車は動き出した。


「昨日はゆっくりとできましたか?」

「おかげさまで、よく眠れました」

「そうですか。預言者様も喜ばれることでしょう」


 ロイは昨日と同じように、セシリアに好意的だった。

 和やかな話もいいけど、聞いておきたいことがある。


「ライブラは今も神殿にいるのか?」

「はい、いらっしゃいます。預言者様は僕たちを導くために、祈りを捧げています」

「会うことは可能か?」

「それを決めるのは預言者様です」


 昨日、ライブラが登っていった階段を守る兵士と同じ返事だった。

 ロイは困った顔をしていたので、これ以上この話を続けるのをやめた。

 今ハイエルフと敵対するには、情報が少なすぎる。それなのに、身動きが取れないのはなんとももどかしかった。

 気分を切り替えて、ロイと話すことにする。


「ロイはグレートウォールの外へ出たことがあるのか?」

「演習で何度もありますね。どうしても内側では大規模なことはできませんから」

「それはガリアでの戦争を想定して?」

「戦うことなく、聖地を明け渡してくれるのなら良いと思っています。誰しも奪われることを嫌いますから。ハイエルフの僕たちですら許せないのに、人間も同じでしょう?」

「理由なく納得もできずに失うことを許せるほど、強くはないさ」


 ガリアは天竜がいた頃、恐ろしい場所として人が住める場所ではなかった。しかし、天竜がいなくなってからは、失われた技術を発掘する場所として賑わい始めていた。

 それも、空に飛び上がるまでの話だが……。俺はライブラとの戦いの後、ガリアがどうなったかは知らない。


 地上へ落ちて、また発掘が盛んになっているのなら、王都にとって重要な土地となっていることだろう。

 そう易々とは、ガリアを明け渡すとは思えなかった。


「戦争となれば、勝たなければいけません」

「敗者には救いがないと?」

「フェイトさんは戦争を経験がありますか?」

「いや。俺が生まれたときには、指導者を中心としてまとまっていたから」

「それは羨ましいですね。僕たちはこのグレートウォールという限られた土地を巡って争いが絶えなかったのです。その争いのたびに、身分がはっきりとしていきました」

「ここでの身分の低いハイエルフは、戦争の敗者だと?」

「最後の戦争が終わって1000年ほど。厳格な身分制のもとで安定した生活ができるようになりました。ですが、皆が今も鮮明に戦争を覚えています。敗れた者がどうなったかをです」


 ハイエルフ同士で殺し合いか……。それによって生まれた身分制がここには息づいている。ハイエルフでそのようなことをした歴史があるのだ。他種族である獣人たちに居場所はなかっただろう。


「話し合いで解決できないことはたくさんありますから、最終的に無理やり言うことを正当化させようとして、戦争になってしまうんです。最近でも自衛権の行使を掲げて、争っています。昔の戦争ほど大きなものではありませんが……多少の死者が出ています」

「今、ハイエルフを戦争に駆り立てるものは、聖地奪還だと?」

「1000年ぶりの大義名分です。またここで戦績を上げれば、より高い身分へ上がれます」


 軍隊の内部では、静かに盛り上がりを見せ始めているそうだ。ロイが言うには、話し合いよりも戦争で解決することを軍部で望んでいるらしい。


 石畳の上をギシギシと車輪を軋ませて進む馬車。

 セシリアは終始無言だった。しかし、その表情は硬い。強張っているようにも見えた。

 おそらく彼女も戦争と無縁だったのかもしれない。エルフの中には、高慢な者がたくさんいた。でも、同じ種族同士で殺し合うような感じではなかった。エルフは互いに認め合い敬意を払い、ときには傷ついた仲間を慰めもしていた。仲間意識が高い種族だった。


 だからだろう……セシリアにとって、ロイが話したことは異質に聞こえているようだった。

 しかし、ロイにとっては当たり前であり、さらには経験者でもある。

 馬車は音を立てて止まった。

 

「さあ、神殿に着きました」


 にっこりと笑みをこぼしたロイは先に降りて、俺たちを待っていた。その軍服姿は相変わらず、彼には似合っていなかった。

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