第245話 もてなし

 ロイは宿屋の支配人を呼び出して、俺たちを紹介した。

 広いな……玄関ホールだけで何人も泊まれそうだ。たくさんのゆったりとした椅子が置かれており、セレブなハイエルフたちが談笑していた。


 これから戦をしようというのに、ここだけは別世界だ。

 そのような者たちを相手しているだけあって、支配人は俺たちを相手にしても礼儀正しかった。そんな俺たちに壮年の彼は微笑んで言う。


「私はこの仕事を誇りにしています。例え、種族が違えどお客様であれば、最高のおもてなしをするだけです」

「フェイトさん、セシリアさんは宿では彼を頼ってください」


 ロイは自信たっぷりに言った。彼は兵士なので、他の客のためにも玄関ホール以外で彷徨くわけにはいかないらしい。ゆったりと過ごせる宿には、ロイの軍服は不釣り合いだった。


 支配人は立ったままで話すのは、申し訳ないと言って、空いていた椅子に俺たちを案内した。


「さあ、どうぞ。お座りください。飲み物はいかがでしょうか?」


 支配人によって呼ばれた接客係が、飲み物のメニューが書かれた紙を見せてくれた。

 喉の渇いていた俺たちは、旅の疲れもあって酸味の効いたジュースを頼んだ。

 ポカロという柑橘の果物で、セシリアが大好きだった。彼女はハイエルフの街でも飲めることにびっくりしていた。


 おそらく、離れ離れだった5つの島は、大昔は一つだったのかもしれない。だから、ここにもその果物があるのだろう。今は大昔の姿を取り戻して、ガリアに向かって進行しているわけだ。


 ジュースを飲み干して、一息ついたところで、ロイが腕時計を見ながら言う。


「お二人を宿へお届けできたので、今日はこれで失礼します。明日は朝からここで待機していますので、外への用がありましたら声をかけてください」

「助かったよ。また明日よろしく!」

「ありがとうございました。ロイさん、明日もよろしくお願いしますね」


 ロイは椅子から立ち上がると宿の外へ歩いていく。途中、床に敷かれたカーペットの端に躓いていた。どうやら、運動神経は良くないようだった。

 そして、恥ずかしそうにそそくさと消えていった。


「ロイは良いやつだな」

「うん、そうだね。ちょっと安心したかも」


 気が許せそうなハイエルフがいてくれてよかった。彼がオータムの弟であることを除けば、今の俺たちにとっては頼れる存在かもしれない。


 そして目の前にいる支配人も俺たちがお客である限り、力になってくれそうだった。


「お二人とも、部屋の準備が整ったので、ご案内します。さあ、こちらへ」


 支配人自らの案内とは、それだけ俺たちは重要視されているのだろう。悔しいが、これもライブラの取り計らいだ。預言者が大事にしている者だから、ハイエルフたちがよくしてくれていることを忘れてはいけない。


「さあ、エレベーターに乗って7階です」


 おお、エレベーターだ。これは俺の住んでいた王都セイファートの軍事区にあったものと同じような機械だった。街並みはレンガ造りで古風な感じで、科学技術に乏しい印象を持ってしまうけど、実際は機械が目立たないように暮らしに組み込まれていた。

 生活水準は、おそらく王都よりも進んでいる感じだ。


 最上階である7階でエレベーターが止まり、扉が開かれる。


「えええっ、まじかよ」

「うそっ……」


 俺とセシリアは固まってしまった。


「いかがでしょうか。自慢のロイヤルスイートルームです」


 エレベーターから出ると、すぐに部屋につながっていたのだ。しかも吹き抜けもある大空間が広がっていた。窓も信じられないくらい大きくて、どうやって取り付けたのか俺には想像できないほどだった。


「見晴らしのよい景色をお楽しみください。夜は街の光で幻想的な世界を作り出しますよ」


 俺たちはその言葉に窓まで駆け寄って、景色を眺めてみる。支配人が自信たっぷりに言っただけはある。ハイエルフの街が一望できるじゃないか。この宿は立地がよく、他の建物よりも倍ほど高いから、この展望が可能なのだろう。


「部屋は4つありますから、好きな部屋をお使いください。右側にシャワーと浴槽の部屋があります。トイレはその隣です。何かわからないことがありましたら、私か客室係をお呼びください」


 エレベーターを出たら大部屋だけが見えたので、セシリアと同室なのかもしれないと思って、どうしたものやらと考えてしまったけど、別に部屋があって安心した。

 聖都では彼女の家にお世話になっていたけど、その際にちゃんと部屋を与えてもらっていた。親しい仲でもプライベートは必要だ。それが異性だったら尚更である。



「私はこの部屋に決めたわ。フェイトはどうするの?」

「俺は余った部屋のどれかにするよ」

「相変わらずね。衣食住の食しか関心がないんだから」


 まあ確かに彼女の言う通りだ。衣は今の装備で十分だし、住は寝られるところならどこでも問題なしだ。スラム育ちなので、食事さえできれば十分幸せなのである。


 そんなことを思っていると、腹の虫が鳴ってしまった。

 くっ、暴食スキルが活動的になってから、どうしてもお腹が減りやすくなっている。


 魂を喰らわずに、食事で抑えられているだけでもよしとするべきか。


「おや、お腹がお空きのようで」

「恥ずかしながら、ぺこぺこです」

「実は私も……」


 おや、セシリアも同じだったようだ。

 俺が豪快にお腹を鳴らしたことが、きっかけで食事を用意してくれることになった。

 支配人はにっこりとした顔で言う。


「有り合わせでよろしければ、すぐにご用意できます。いかがでしょうか?」

「ぜひ、お願いします」

「ありがとうございます」


 そして、支配人はエレベーターに乗る前に、俺たちにカードキーを一枚ずつ渡した。


「このカードキーはお客様の部屋にエレベーターで移動するために使います。ご利用の際に、このように読み取り機にかざしてください」


 なるほどね。このロイヤルスイートルームにやってきた時、エレベーター直通だったので、他の客がやってきたらどうなるんだろうと思っていたら、こういった仕掛けがあったのか。


 これなら、安心して大部屋でゆったりしても安心だ。俺たちのプライベートは完全に守られている。


「それでも食事をお持ちするまで、お寛ぎください」


 支配人はエレベーターに乗って、一階に降りていった。

 やっと落ち着ける。俺は鞘の中でおとなしいグリードを呼ぶ。


「お〜い! もしかして寝ているんじゃないだろうな」

『……』

「おいっ、起きろ!」

『なんだ、うるさいな。わざわざ静かにしてやっていたのに。俺様が喋っていたら、ハイエルフたちが大騒ぎしそうだからな』

「まあ、そうだな。ただでさえ、人間やエルフがやってきたんだし……さらに喋る剣がい加わったら、より警戒されるかもな」

『そういうことだ。俺様はハイエルフの前ではしばらく静かにしておく。それにしてもライブラが生きていたとはな。予感はしていたんだろ?』

「ああ、あいつは不死身の体を持っている。だからそう簡単には死なないと思っていたし、なにより倒したと思った時に暴食スキルが発動しなかった」

『まさかロキシーと共に現れるとはな。神殿であれが言ったことは、すべてが本当かはわからん』

「ロキシーを救い出す方法を探さないと」

『救い出すと言うより、眠りから覚ますと言ったところか』


 しかし、そうなってしまえば、ハイエルフの世界を守っているグレートウォールに影響を与えてしまう恐れがある。ライブラが言ったことが正しければ、セシリアの故郷のようになってしまうだろう。


「セシリアはどう思う?」

「私はロキシーから、聖都にあった御神体に似た力を感じたわ。それにグレートウォールに触れた際に、その力と同じものが私の中に流れ込んだようだった。フェイトはどうさったの?」

「俺も同じだった。グレートウォールに手で触れたとき、ロキシーの声が聞こえたんだ」

「グレートウォールと彼女は深くつながっている。無理やり起こしたら、何があるかわからないわ」

「深くって、魂で繋がっているとでも?」

「可能性は捨てきれないわ。精霊も魂で繋がっているの? グレートウォールも同じようなものなら、その線は捨てきれないわ」


 魂が傷つくと人はどうなってしまうのだろうか。

 今までの自分ではいられなくなりそうな予感がした。


『グレートウォールがどのようなものかわからない以上、下手に手出しはできないだろう』

「明日、ロキシーに会いにいってみるよ」

『それもいいだろう。だが、この巨大な島がガリアを目指していることも気になるな』


 今も時折、地震のように大地が揺れる。それは間違いなくこの島が動いていることを示していた。

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