第244話 歓迎

 足元が大きく揺れ動く。周りにいるハイエルフたちが驚くほどに。

 ライブラはそんな状況でも俺から目を離さなかった。


「出航だ」

「ガリアに向かっているのか?」

「皆が待ちに待った時だよ。さてと、僕は特等席で見させてもらおうか」


 それだけ言うと、俺に背を向けて後ろにある大階段に向かって歩き始めた。だが、思い出したように足だけを止めた。


「あっ、そうだ。ロキシーは君がここに来て、とても安定しているよ。だからそのお礼に、いつでも、彼女に会ってもいいように取り計ろう」

「ライブラ……」

「歓迎しよう。この魔都ルーンバッハでの自由は僕が保証するよ。もちろん、お隣のエルフも同様にね」


 ライブラは用は済んだとばかりに、大階段の先に消えていった。

 取り残された俺は奴の後を追おうとするが、ハイエルフの兵士たちに道を塞がれてしまう。


「ここより先は聖域である。お前のような者がこの場にいられることすら、奇跡に等しいことを忘れるな」

「預言者様は、もうお前に話すことはない。帰られよ」


 セシリアに目を配らせると、彼女は怯えているように見えた。ハイエルフたちの態度は威圧的であまり良い気分はしない。それに彼らのセシリアを見下すような鋭い目が絶えず続いていた。


 ここまでの長旅もある。少しでもいいから、彼女を休ませるべきだろう。

 俺は兵士長のオータムに向けて、声をかける。


「滞在許可は得た。しばらくこの街に宿泊させてもらい」

「わかっている。部下に案内させよう」


 オータムの後について、ロキシーのいる部屋から出ると、ハイエルフの男が控えていた。挙動からは、明らかに新米兵士といった感じだった。

 緊張している彼にオータムは厳しい口調で指示をする。


「ロイ、彼らの案内を頼む」

「はい。兄さん!」

「兄さんはやめろといっている。わかってるな」

「兵士長! 承知しました」


 あたふたと敬礼する弟を見たオータムは、大きく溜息をついた。

 そして、何かを言おうとして、俺たちの目線に気がついて口を閉じた。咳払いを一つした後に彼は俺に言う。


「宿泊施設までは、彼が案内する。不明な点があれば、彼が対応する」

「ライブラとの面会は、できるのか?」

「それはお前の決めることではない」


 俺の言葉を一蹴して、オータムは再度ロイに顔を向けた。


「あとは任せた」

「はい!」


 オータムは兵士たちを引き連れて、神殿を出ていった。

 取り残された俺とセシリアは、ロイを見つめた。彼は目を泳がせた後に長く尖った耳の先端を指先で掻いてみせた。

 そして愛想笑いを浮かべて、俺たちに言う。

 

「それでは付いてきてください。宿の手配は終わっていますから」

「君は俺たちを見えて思うところはないの?」

「任務ですから」


 ロイは他のハイエルフと比べて、俺たちへの嫌悪感を全く感じなられない。

 それほど遂行のために、他のことを気にしている暇はないようだった。


「早くこちらへ。予定時間に遅れてしまいます」

「よしっ、セシリア行こう」

「あっ、はい」


 彼女は神殿に後ろ髪を引かれつつ、俺たちに付いてきた。彼女の住んでいた聖都では見られなかった建造物だ。もしかしたら、これも過去に聖都で失われたものなのかもしれない。

 先を歩くロイは、止めてあった馬車の方へ。どうやら、予め用意していたようだった。

 御者の男もハイエルフだ。愛想の悪い感じで、ロイが俺たちを指さすと、目を細めて唇を噛んでいた。特にセシリアが馬車に乗り込むときに、御者はすごく嫌がるような顔をあからさまに見せるほどだった。


 馬車のドアが閉められて、しばらくすると車輪が石畳の上で軋み出した。

 お世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。ハイエルフの街並みは、どこかエルフの街と似ていた。煌びやかで、なんとも格式高い感じが特に。


 違っているところは、ハイエルフの女性は日焼けを嫌がるようで、日傘をさして歩いている。また身分の高そうな者は従者を見せびらかすように引き連れている。

 セシリアもその様子を見て、思うところがあったのだろう。


「ロイさん。お聞きしても良いですか?」

「僕に答えられることなら、なんなりと」

「ハイエルフは身分制なのですか?」

「はい。血筋によって身分が決まっています。幸い、僕はダーレンドルフ家に生まれました。職業の選択の自由がありますが……」


 ロイはそう言いつつ、語気が弱まっていた。

 何か不満があるのだろうか? 


「その様子だと、兵士にはなりたくなかったように聞こえるけど」

「平和なときは、自由でした。今は違いますから」


 グレートウォールが崩壊の危機だったことをライブラから聞いた。

 それにハイエルフたちは、聖地奪還を目指しているという。一人でも多くの兵士が欲しい時期だろう。

 セシリアもそんなロイに興味があったようだった。


「元は兵士ではないんですね」

「はい、僕は精霊の研究者だったんです。そのことが災いして、精霊術に長けているということで徴兵されました」


 兵士に見えなかった理由がわかった。

 それにしても精霊の研究者か……。ロキシーが囚われているグレートウォールについて、何か知っているのかもしれない。


「グレートウォールと精霊の関係について、教えて欲しい。あれはなぜ中に入るために、精霊が必要なんだ?」

「すみませんが人間であるあなたに言えません」

「私がお願いしてもですか?」

「はい、グレートウォールは大事な守り手です。人間との戦争が近い現状では尚更です」


 セシリアもグレートウォールの出入りになぜ精霊を必要としているのかは知らない。当たり前のように使っているのに、それもエルフには失われた情報だった。


「思った以上にエルフは知らないんですね。そのようなことでは、ここで暮らしていくには生きにくいかもしれません」

「ここに居続けるつもりはありませんので」

「そうですね。僕もそれが良いと思います。エルフが住む聖都は失われたと聞きましたが、ここはあなたの故郷ではありませんし。もし僕が逆の立場なら、同じでしょう」


 ハイエルフとエルフは共存できないということを言っているようだった。

 すごく似ているのに遠い存在のように思えた。

 ロイはセシリアに忠告するように言う。


「先ほどの御者の反応からも、ハイエルフはエルフを快く思っていません。ハイエルフ内ですら、厳しい身分制度が敷かれています。そこにはエルフが取り入る間もないほどにです」

「私へ向けられる視線でよくわかります……」

「どうか、ご気をつけください」


 敵対していない者同士でこれほどの関係性なのだ。

 人間である俺はどれほど厳しい状況か……ロイに聞くまでもなかった。

 また居場所がないのかと思っていると、


「フェイトさんは、今のところ大丈夫ですよ」


 予想外の言葉がロイの口から聞こえてきた。


「人間を預言者様以上によく知る者は、魔都にはいません。皆が一様に得体の知れない人間という種族に恐れを抱いているんです。御者もあなたには目を合わせなかったでしょ」


 思い返してみれば、御者はセシリアを見ていた。しかし、俺を一切見なかった。

 あれは怖がっていたのか……。その時、馬車が大きく揺れた。


「それに精霊を通して感じます。フェイトさんから深く冷たい闇の力を。その闇は僕を取り込もうと蠢いている。精霊の恐れが今も僕に伝わってきます」

「君が俺たちの世話役となったのは、それが理由なのか?」

「あなたの側にいるためには、精霊術に長けた者が最適ですから」


 俺はロイが言うように邪気のようなものを放っているのだろうか。

 エルフの街にいた時に、そんなことを言われなかった。隣に座るセシリアに顔を向ける。


「私はなんともないわ」


 彼女は首を捻りながら、わからないようだった。

 ロイはその様子を見て、クスリと笑った。 


「それはセシリアさんが、まだ精霊術が未熟だからですよ」

「これでも200年ほど対話しているですけど」

「たった200年ですか……それではしかたありませんね」


 俺とセシリアは互いの顔を見合わせた。200年を大した年月ではないと言ったのだ。

 一体、ロイは何歳なのだろうか……。

 質問するよりも先に、馬車は7階建の宿屋前に止まった。淡い赤レンガで作られた歴史を感じさせる佇まい。他の建物と比べても、おそらく一番古そうだった。


 それでも、設備の手入れは行き届いているのは外観からもよくわかる。宿屋を出入りするハイエルフたちの身なりは、馬車に乗ってきたときに見てきた者よりも、一際良かった。どうやら、用意してくれた宿屋はこの街で一番らしい。


「さあ、どうぞ中へ。種族の違いはあれ、預言者様のお客様です。最大の歓迎をさせていただきます」


 馬車を降りた俺たちに、ロイは深々とお辞儀をしながら言った。

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