第243話 出航
暗く狭い通路。わずかに床が淡い光を放っていた。
オータムたちの後ろに付いて歩いていく。
「どこまで歩くんだ?」
「もうすぐだ。ここは神聖な場所だ。静かに歩け」
「フェイト、彼に従いましょう」
「ああ」
焦っている。今にもこの通路を走っていきたかった。
ぐっと堪えて、歩き続ける。
向こう側から、光が見えてきた。きっとあれが出口だ。
ロキシーの魔力が強くなっていくのを感じた。
間違いない。その先に彼女がいる。
ここは……頭上にあるステンドグラスから、色鮮やかな光が賑やかに降り注ぐ。
真っ白な大理石で作られた大広間は、その色をよく表していた。
オータムが言っていた神聖な場所ということが、俺にもよく感じられた。
そんな荘厳さなどどうでも良くなる事態が俺の目の前にあった。
「ロキシーっ!!」
「なんてこと……」
6枚の翼を生やしたロキシーが眠るように、宙に浮いた。
その下には、俺には理解できない魔法陣が光り輝いている。
すぐに近寄って、彼女を起こそうとするが、魔法陣から放たれる結界によって、吹き飛ばされてしまった。
「フェイト!」
セシリアが駆け寄ってきて起こしてくれる。
あの結界は強力すぎる。触っただけで信じられないほどの拒絶を食らってしまった。
「オータム、彼女に……ロキシーに何をした!?」
俺の声をオータムは無視をして、浮遊するロキシーの後ろにある小部屋から出てくる男に深々と頭を下げた。
男は真っ白な聖職者の服を着ていた。
その顔を忘れることは決して無い。
「ライブラっ!」
「やあ、久しぶり」
「お前は死んだはず……」
「わかっているはずだ。あの戦いで僕を殺しきれなかったことは君が一番わかっているはずだ。なにせ、暴食スキル所持者なんだから」
彼の地でライブラと戦い、グリードに深刻なダメージを受けながら倒した……はずだった。
しかし、あのとき暴食スキルは発動していなかった。
眼の前にライブラがいるという結果を見れば明白だ。
「感動の再会といきたいところだけど、君は嬉しそうではないみたいだね」
「当たり前だ」
「それにしても、待ちくたびれたよ。彼女も君を待っていた」
待ちくたびれた? どういう意味だ。
そんなことよりも大事なことがある。
「ロキシーに何をした!?」
あれほど苛烈に殺し合ったのにライブラはおくびにも出さず、にっこりとした顔で言う。
「これは彼女が望んだことさ。僕はその望みを叶えたに過ぎない」
「ロキシーっ!」
俺はもう一度近づいて、大きな声で彼女の名を呼ぶが……。
「やめたほうが良いと思うよ。もし彼女が目を覚ましたら、大変なことになるからね。それを彼女は望まない」
「どういうことだ?」
「君はすでに経験しているはずさ。後ろにいるエルフは……」
ライブラはセシリアに視線を合わせた。
「セシリアです」
「どうも、こんにちはセシリア。僕はライブラだよ。君が住んでいた場所はどうなったかな」
「それは……グランドウォールを失い……」
セシリアは思い出したくないようで、そこで言葉をつまらせてしまった。
だが、ライブラはニヤリと笑い続ける。
「獣人たちが魔物になって、崩壊したのだろう。生き残りは君だけというわけかな?」
「……」
目を伏せて俯くセシリアを見て、ライブラは状況を読み取ったようだった。
「他にもいるようだね。なるほど、なるほど」
「ライブラっ!」
俺が声を荒らげると、特に気にすることなくこちらに顔を向けた。
「ごめん、ごめん。少し話がそれてしまったね。つまりハイエルフのグランドウォールにも、セシリアがいたのと同じことが起こったんだ」
しかし、獣人が魔物になってはいない。
そして、それがロキシーに関係があるとすれば……。
「ロキシーがグランドウォールの新たな人柱となったことで、今のハイエルフたちは守られたわけさ」
「……なんでロキシーだったんだ」
「それは聖獣人として、力をその身に宿していたからさ。それだけでグランドウォールを支えることは可能だ。多少の制限がかかってしまうけどね」
魔法陣の上で宙に浮きながら眠るロキシーを見ながら、ライブラはいう。
「そんな顔で見ないでくれ。僕にはハイエルフを守る義理はない。でも、彼女は違った。まあ、ハイエルフというよりも、獣人たちを哀れんでだろうけどね」
「ロキシーがここを守っているということか……」
「そのとおりだよ。だから、彼女が目を覚ましたらグランドウォールが消えてしまう。つまりジ・エンドさ。僕はそうならないように彼女のサポートをしていた。ロキシーは信じていたようだ。きっと君が来てくれるとね」
ライブラは前に歩いてきて、俺の側までゆっくりとやって来た。
「でも、まさか10年もかかるとは……君は一体どこで何をやっていたんだい?」
「10年……?」
「そうさ。僕と君が彼の地で戦ってから、もう10年という年月が流れている。僕としては大した時間ではないけど、君の様子からは同じだったのかな?」
俺はニヤけているライブラの襟首を手で掴み上げた。
「信じるか信じないかは君に任せよう。だけど、僕は君の敵ではない。君の中にいる神に誓ってね。それに敵ならロキシーに協力はしないだろう?」
「今更信じろって言うのか!?」
「好きにすればいい。だけど、この手は離してくれないか。ハイエルフたちが動揺している」
オータムたちは、ライブラを預言者様と言って、崇拝しているようだった。
そのような立場の者を俺は掴み上げている。
彼らから俺への敵意が痛いほど伝わってきた。
ここでことを荒立てるのは、得策ではない。俺は掴んだライブラの襟首をゆっくりと離した。
「それでいい。僕らはわかり合う必要がある。ロキシーもそれを望んでいるはずさ」
「お前は、この世界の何を知っている?」
「エルフと獣人が住まうこの世界は、ガリア大陸を作り上げる前の実験用プラントだった。ガリア大陸が完成したときに、不要になったため切り離して廃棄した島々さ」
「実験用プラント?」
「この星に古来からある力……精霊をうまく運用しようとしたのさ。しかし、いろいろと問題があってね。例えば、精霊を身に宿すと、とても長寿となるが気性に問題が出てきてしまったり、精霊の影響で魔物が獣人になってしまったり、予想だにしないことが起こり始めた」
「予想だに?」
「精霊の洗礼を受けると、スキルが失われるんだ。共存を目指したんだけどね。うまくはいかなかった。なら、汚染される前に廃棄したわけさ」
ライブラは俺から離れると、宙に浮かぶロキシーの周りを歩き始める。
「まさか、まだ現存して海の上を浮いているとはね。僕としても驚きだったよ」
ライブラは嘘くさく言ってみせた。
「お前はどうして彼らを助けた?」
ロキシーの望みだったとしても、ライブラがそう簡単に手を貸すとは思えなかった。
「彼らは故郷……つまり彼らが言う聖地ガリアに帰りたがっている。沈みゆく島から脱し、本来の故郷にね」
「何が言いたい?」
「スキルと精霊……相容れない者たちがガリアでぶつかりあったら、どうなると思う」
「……戦争になるとでも言いたいのか」
「僕はそれを見てみたいんだ。きっとさらなる高みに導いてくれるはずさ」
ライブラはとても楽しそうだった。
そして俺をまっすぐ見つめた。
「たくさんの者たちが死ねば、多くの魂でこの世界は満たされる。そうなれば、君の中に眠る神も、それに誘われて目を覚ますことだろう」
俺は胸に手を当てながら言う。
「やっぱり諦めていないんだな」
「あははっ、これは僕のただの希望さ。どうするかは、その身に神を宿した君が決めればいい。どちらにせよ、5つの島は一つになり、ガリアに向けて出航した。たくさんの争いの種たちを乗せてね」
この島はガリアに向かって進んでいる!?
家に帰れるのか……良からぬ者たちを引き連れて、帰ってもいいのか?
見上げた先には、物言わぬロキシーが宙に浮いていた。
本当に彼の地での戦いから、10年という年月が経っているのかさえ、わからない俺に何ができる。
そう考えると、また頭が締め付けられるように痛んだ。
ライブラはそんな俺に挑戦的な目を向けた。
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