第242話 ハイエルフ

 白い壁……ハイエルフたちのグレートウォール。

 見た目はセシリアの島にあったものと同じだ。問題は中に入れるかだが……。


 それは杞憂だった。

 ハイエルフの兵士たちが馬に乗って、俺たちの方へ押し寄せてきていたからだ。


『おいおい、手厚い歓迎じゃないか! フェイト、一戦交えるのか?』

「相手は気位が高いんだから、大人しく従ったほうが良いだろう」

『だからとって俺様を奪われるなよ』

「それだけはしないから安心しろって」

『交渉はセシリアに任せていいだな?』


 グリードにそう言われたセシリアは深く頷いた。

 彼女は初めて会うハイエルフたちに緊張しているようだった。


 兵士たちが乗せた馬が俺たちの周りを駆けって、取り込む。

 そして歩みが止まると、一斉に俺たちに大槍を向けた。


 互いが出方を探るような時間がしばらく流れた。セシリアが息を大きく吸って、ハイエルフの兵士たちに呼びかける。


「私はセシリア・フロイツ。ルイーズ島のグレートウォールを管理する一族だった者です。私たちのグレートウォールは失われました。その危機がこちらのグレートウォールにも迫っています。どうか……管理者にお目通りをお願いします!」


 兵士の中で一番着飾った甲冑を着た者が馬を一歩前に進めた。そして、大槍をセシリアの首元へ向けた。


「セシリア!」


 俺が黒剣の柄を握ろうとしたが、セシリアに止められた。

 大槍はそのまま彼女の顔を押し上げる。

 馬に乗った状態で、顔をしっかりと見たかったようだった。


「フッ、エルフというのは本当のようだ。その隣にいるのは、人間か……果たして悪魔か?」

「彼はフェイト・バルバトス。聖地から来た人間です」

「ほう……君がフェイトか。黒剣を携えて、底知れない力を感じる。なるほど、預言者様の御神託と通りだ」


 兵士たちは一斉に大槍を下げた。

 安堵するセシリアとは裏腹に、俺は兵士長らしき男が言ったことが気になって仕方なかった。


 グレートウォールからはロキシーの魔力を感じる。もし、彼女が兵士長が言った預言者なのだとしたら、納得できる。

 しかし、ロキシーは預言者と言う肩書きを名乗るだろうか?

 解せない。


「私はオータム・ダーレンドルフ。預言者様がお待ちだ。付いて来られよ」


 馬に乗せてくれるのかと思ったら、俺たちは歩きだった。

 しかもグレートウォールの管理者ではなく、預言者との拝謁だった。

 俺たちはせっせと歩かされて、グレートウォールの前までやってきた。

 やはり見上げるほど、途轍もなく高い。

 そして、無垢な白い壁が無言の威圧感を放っていた。


「さあ、己の力で中に入られよ」


 セシリアと俺はお互いの顔を見て、頷いた。

 触ったグレートウォールはひんやりとして冷たかった。


「うっ!」


 体中に電撃が流れる感覚に襲われた。その中でロキシーの声が聞こえたような気がした。

 何なんだ……これは?


 額から嫌な汗が流れ落ちる。

 そんな俺を心配して、セシリアが声を掛けてくる。


「どうしたの? 顔色が悪いわよ」

「いや……大丈夫。それより道は開かれたね」

「ええ、精霊を扱えたら、ここでも中へ入れるみたいね」


 セシリアは内心で、もし中へ入る道ができなかったらどうしようかと思っていたようだ。

 安堵する声が聞こえてきたから、セシリアはちょっと落ち着いたようだった。


 これで、ハイエルフが管理する世界に入れる資格を得たということだ。

 兵士たちも納得しているようだった。


「では、中へ入られよ。だが、獣人たちと話すことは許さん」


 俺とセシリアはグレートウォールに空いた道を通りながら、


「ここにも獣人はいるみたいだな」

「書物ではどの島にもいるとなっていたわ。獣人たちが食糧生産を一手に引き受けているから」

「支配する者……される者か」


 グレートウォールという壁があってこその関係だ。

 しかし、それが崩れ去るとルイーズ島で起きたように立場は逆転するだろう。まあ……結果的に言えば、エルフにも獣人にも破滅を呼ぶものだった。


 グレートウォールの中の構造はルイーズ島と似ていた。

 中心部にハイエルフが住まう地域があり、それを囲むように農地が広がっていた。

 獣人たちは粗末な服を着て、黙々と農作業に当たっている。

 俺はハイエルフのオータムに言葉を交わしてはいけない理由を聞いてみる。

 オータムは当たり前のように俺に言う。


「獣人は外での会話は禁止されている。作物を生産する道具に口はいらない」


 俺とセシリアは顔を見合わせた。お互いに困った顔をしている。

 エルフが支配していたルイーズ島よりも、厳しい法が獣人たちに押し付けられているようだ。

 獣人を道具だと言っているし……ここは下手に反論はしないで大人しくしていた方が得策だろう。


 静かに歩いていると、でっかい湖が見えてきた。

 近づくと獣人たちが何かを網を使って追い込んでいた。


「すごいな……」

「見て、フェイト。大きな魚が泳いでいる!」


 ハイエルフのグレートウォールの中には、漁業までしているのか。セシリアと二人で驚いていると、オータムが得意げに言うのだ。


「エルフのところには塩湖はないのか? これは地下で海と繋がっている。漁業の他に、大切な塩もここで作っている」

「昔はあったらしいですが、干上がってしまったと聞いています。そこは岩塩の採掘場になっていました」

「なんてことだ。島の管理する技術は失われたということか?」

「グレートウォールの管理ではなく、島の管理?」


 セシリアが首を傾げる様を見て、オータムは哀れんだ。


「私たちはエルフとは違う。技術の伝承を続けてきた。君たちが見ているのが、本来のあるべき姿だ」


 言われてみれば、田畑の実りが良いような気がする。

 獣人たちは粗末な服を着ているが、痩せているようには見えない。種族差別は想像を絶するが、食料は与えられているようだ。

 オータムは俺の考えを読んだように言う。


「道具を扱うにも、燃料が必要となる。あれらは、腹が満たられれば、あのようにちゃんと働く」

「もし働かなければどうなる?」

「わかりきったことを言う。壊れた道具に要はない」

「ここでも転生の儀をしているのか?」

「質問の多い人間だ。していたら、どうするというのだ? 人間よ」


 オータムは挑戦的な目で俺を見つめた。

 俺は深呼吸して、頭を切り替える。相手のペースに乗せられていたら、すぐに苛立ってしまいそうだ。


「なんでもない。忘れてくれ。それよりも預言者はどこにいるんだ?」

「私たちの街の中心にある神殿にいらっしゃる」


 神殿と聞いて、聖都オーフェンを思い出す。

 あの場所でゲオルクが傲慢スキルを俺たちに見せつけて、グレートウォールを維持していた御神体を破壊した。


 ハイエルフの街に入ると、根本的な構造が聖都オーフェンと似ていた。違いは街並みが嫌味なくらい荘厳だった。


「神殿が見えてきたな。あの中で預言者様がお待ちだ」


 近づくほどに強く感じる。

 ロキシーの魔力だ。

 グリードも同じ意見だった。


『間違いないぞ。いよいよだな』

「ああ、あの神殿の中にロキシーはいる」

「よかったわね、フェイト!」


 俺の目的の一つ。ロキシーの捜索が達成される。

 心が踊らないわけがない。今すぐにでも駆け出したいくらいだ。

 それをぐっと堪えて、オータムたちに従って歩く。

 神殿の入り口は、神らしき者が魔物たちを従えるような装飾が施されていた。

 俺たちはそこを通って中へ入っていく。

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