第240話 船出
巨大過ぎる……それは大津波を産みながら、近づいてくる。
大陸のような島が衝突しようとしているのだ。
この砂浜に居たら、巻き込まれてしまう。
セシリアの頬を軽く叩いて、目覚めを促す。
『フェイト、早くしろ』
「わかっているって」
島と島の衝突がどの程度のものなのか……想像できない以上、できるだけ離れるに越したことはない。
目を覚ましたセシリアはまだゲオルクの反乱について、動揺していた。
「しっかりするんだ! あれを見ろ」
肩を揺すって、迫りくる島の方角を見せた。
「他の島がルイーズ島に集結しようとしているんだ。ここから離れるぞ」
『また島の中心に向かうということは、魔物との戦いがある。セシリア、お前は戦えるのか?』
「……私が気を失ってからの状況を教えて」
「移動しながら教える。早く、ここを離れよう」
「わかったわ」
海岸から離れながら、セシリアにこれまでの経緯を説明する。
ゲオルクが俺と同じ大罪スキルという力を持っており、グレートウォールを維持している御神体を破壊したこと。
そのことによって、獣人たちが一人残らず魔物に変わり果てた。そして、エルフの街に流れ込んで蹂躙したという話をした。
セシリアは黙ってずっと聞き入っていた。
俺の話が終わると、一つだけ問いかけてきた。
「そのときの兄さんは、どのような顔していた?」
「これ以上ないってくらい……喜んでいた」
「相変わらず最低ね。兄さんを絶対に止めないと」
彼女が言った止めるとは、話し合いではないだろう。
今までゲオルクがセシリアの言うことを聞いた様子はなかったからだ。おそらく、彼女はゲオルクを……。
いや、それ以上は想像の域だ。安易に考えるべきではない。
それより島の中心へ進むと、やはり魔物が増えてくる。
俺たちを見つけた魔物の群れが一斉に動き出した。
「戦えるか? あの魔物たちはたぶん獣人だったものだ」
「できれば避けたいけど……大丈夫」
「無理なら言ってくれ。俺が倒すから」
俺はもうすでにたくさんの魔物を手にかけている。今更、綺麗ごとを言うつもりはない。
それに俺よりもセシリアの方が、戦うことが苦しいはずだ。
あれほど、エルフと獣人との関係性をどうにかしようとしていたのに、結果的に守るべき者たちを倒すことになってしまったのだから。
「グリード、第一位階はいけるか?」
『なんとか奥義まで可能だ。それ以上はまだ無理だな』
「十分だ! 黒弓に形態を変えるぞ」
『いいだな、フェイト』
グリードが改まって確認してくる。心配性だな……このくらいの精神負荷で、もう一人の自分に取って代わらせないさ。
「俺の10%を持っていけ」
『狙いは俺様に任せろ。痛みを感じさせずに一瞬で終わらせてやる』
黒弓は俺のステータスを吸い取って、禍々しく成長していく。
育ちきった黒弓を魔物の群れに向けた。
ブラッディターミガン!
放たれた黒き雷撃のような矢は、木の根のように枝分かれして魔物の群れをすべて吹き飛ばす。
残ったのは深く抉られた大地だった。
無機質な声が、大量の魔物から得たステータスアップを教えてくれる。暴食スキルが喰らったことのない魂の数々に喜んでいるのを感じた。もう一人の自分も気をつけないといけないが、暴食スキルとの折り合いも道半ばといったところだ。
ライブラとの戦いでコントロール下に置いたと思えたが、出来損ないの神を喰らってから、またしてもじゃじゃ馬なスキルに戻っていた。
そんな事情を知らないセシリアは俺が放った奥義を見て、驚いていた。
「何っ、その強力な攻撃は?」
「ブラッディターミガンっていうグリードの奥義さ」
「精霊術とは違って、異質な感じがしたわ」
「グリードは大罪武器っていって、通常の武器とは違うんだ。おそらく、ゲオルクも同じ系統の武器を持っている」
「兄さんが確か……神器イリテュムと言っていたものね」
ゲオルクは黒円の真価を見せずに、逃走してしまった。だから予想でしかないが、他の大罪武器の性能を考慮しても、少なくともブラッディターミガン以上の力を秘めていてもおかしくはない。
「セシリアはゲオルクを止めると言ったけど、一筋縄じゃいかないと思う」
「……ええ」
大罪スキル保持者で、大罪武器を持っている者を相手にするのは、並大抵のことではない。今までの戦いにおいて、俺の仲間として一緒に行動してきたので身にしみてよくわかる。
完全な敵として立ち塞がるなら、これほど厄介な相手はいないだろう。
『フェイト! 衝突するぞ!』
グリードの声と同時に、激しい衝撃音が響き渡る。
大地は大きく揺れ、島と島とがぶつかりあった場所が盛り上がっていき、山脈を作り出す。
その衝撃は四回あった。つまり、予想していた通りにすべての島が繋がったことを意味していた。
「収まったみたいだな。これからセシリアはどうする?」
聖都オーフェンに戻るべきか?
もしかしたらエルフの生き残りがいるかもしれない。
圧倒的な魔物の数で、あっという間に陥落したことを思えば、望みは薄そうだが。
「近くまで戻ってみたい。その状況次第では諦めることも考えるから」
「わかったよ」
「聖都を見渡せる高台があるから、そこへ移動しましょう」
ルイーズ島の地形のことをセシリアはよくわかっている。
俺は彼女の案内で、高台まで進んでいく。途中、魔物の群れに遭遇する間隔が短くなっているのを感じた。
おそらく、聖都から溢れ出した魔物たちがルイーズ島の全体に散らばろうとしているのだろう。
連戦に次ぐ連戦で、やっと高台に着いた頃に日暮れに差し掛かっていた。
あれほど白く美しい壁は無惨に崩れ去っており、その残骸からは魔物たちが溢れ出していた。
そして中心にあるエルフの街は、瓦礫と化しており、気配を探ってもエルフを感じ取れなかった。
セシリアは俺と違って、エルフが発する精霊力から、生存者を探していた。その方が俺よりも精度の高い捜索ができるだろう。
「駄目だわ……誰一人として生き残っていない」
「逃げ延びたエルフが居てくれたらいいけど……」
「そう願いたいけど……」
俺とセシリアの考えは同じだった。
まさか、聖都オーフェンで生き残ったのは、俺とセシリア、そしてゲオルクだけとなってしまうとは……。
エルフの近衛騎士たちに神殿にまで連行されていったときには思いもしなかったことだ。
セシリアは何も言わずに、しばらくじっと聖都オーフェンを見つめていた。
いろいろなことが一度に起こりすぎたんだ。
5つの島が一つになってしまうなんて、頭の中で整理が追いつかないくらいだ。
それでもこのまま高台にいるわけにもいかない。魔物の群れが絶え間なく襲ってくるからだ。
「ルイーズ島から出ようと思うけど、セシリアはどうする?」
「一緒に付いていくわ。おそらく兄さんは他の島へ行ったはずだから。行くなら、エルフがいるはずのアリス島かイネス島になるわね」
セシリアの提案に俺は頷いた。
クロエ島はシーサーペントの根城になっているし、エマ島はゲオルクが言ったことを信じるなら、ルイーズ島と同じ状況だろう。
「アリス島とイネス島……どちらがいいだろう。できれば、友好的なところに行きたいな」
「なら、イネス島だと思う。アリス島はダークエルフという好戦的な種族が治めているから」
「そうなんだ。イネス島はセシリアと同じエルフなの?」
「いいえ、ハイエルフという気位の高い種族が治めているわ」
好戦的か気位の高いか……究極の選択のような気がする。
セシリアが言うには、ハイエルフの方が対話ができるそうなので、イネス島を目指すことになった。
「ちょっと集中させて、ハイエルフの精霊力を探ってみる」
「かなりの距離がありそうだけど、大丈夫なの?」
聖都オーフェンで生き残りのエルフを探すために、この高台にまで近づく必要があった。それなのに島を超えて精霊力を探れるのが不思議だった。
「ハイエルフの精霊力はとても高いの。それが集団で集まっているなら、かなり離れていてもわかるわ」
「なるほど! 俺も精霊を使役しているから、セシリアみたいに感じられるようになれるかな?」
「鍛錬次第ね。移動中、教えてあげるね」
セシリアは集中する。
そしてハイエルフの精霊力を感じ取った。
方角はここよりずっと東になるという。
「行きましょう」
歩き出すセシリアの背に俺は問いかける。
「ハイエルフが気位の高い理由は、精霊力が高いから?」
「ええ、そうよ。たぶん、エルフである私は彼らからしたら、格下扱いかもね」
「セシリアでそんな扱いなら、俺はどうなるんだよ」
「う~ん……フェイトは特別枠で大丈夫だと思う」
「人間だから?」
「わかっていてよろしい。フェイトがいるから、ハイエルフとも対話はできると思うわ。きっと私だけでは無理よ」
果たしてハイエルフが人間である俺を歓迎してくれるのだろうか。
俺はルイーズ島の聖都オーフェンに破滅をもたらしたきっかけとなった。この島に俺が漂着しなかったら、違った結果があったのではないか。
一抹の不安を感じた俺にグリードが言う。
『あれはお前が招いたことではない。フェイトはピースとして利用されただけだ』
「ハイエルフにもゲオルクのようなやつがいないことを祈るよ」
『これ以上大罪スキル保持者がいてたまるか』
「それはそうだ」
俺は溜息をつきたくなってしまう。それを飲み込んで東に向けて進む。セシリアも旅の始まりに緊張しているようだった。
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