第238話 無色透明
俺が近衛騎士たちに連れて来られたのは、古い神殿だった。
エルフの街にこのような場所があるなんて知らなかった。
あまり出歩けていないからな。
神殿の佇まいから、数千年ほどは経っているのかもしれない。
横を歩いているセシリアに聞いてみる。
「この神殿は何に使われるものなんだ?」
「御神体が置かれている場所よ」
『御神体?』
なんだそれ?
グリードも興味津々のご様子だ。
「グレートウォールを維持している者よ」
「へぇ~、そのような神聖な場所に俺を呼んでくれるわけか?」
「兄さんの考えていることはわからない。気をつけてね」
「ああ」
さすがのゲオルクも、グレートウォールを維持している御神体がある場所で、争い事はしてこないだろう。
もし御神体に何かがあったら、グレートウォールが消滅して、獣人たちが魔物へ変わってしまう。
そうなればエルフの支配はできなくなり、更には魔物の危険に脅かされる。やはりゲオルクにとって、どう考えても争い事に何もメリットがない。
「御神体とはどのようなものなんだ?」
「中に入れば、多分見せてもらえるはずよ」
神殿の中へ入って、近衛騎士たちに先導されていく。
すれ違う神官らしきエルフたちは、俺を訝しむような目で見ていた。また、警備している兵士も同じだ
彼らは、俺がこの場所へ訪れることを快く思っていない。それが突き刺さるような視線でよくわかった。
「こっちだ」
「へいへい、ゲオルクはあの扉の向こう側にいるのか?」
「そうだ。この先は本来ならとても神聖な場所だ。お前のような者が入っていい場所では決してない」
「でも、ゲオルクが許しているんだろ」
「チッ、さあ進め」
神殿に入ってから、近衛騎士たちの態度は一層悪くなっていた。そばにセシリアがいるというのにだ。
それほど、この場所に俺を連れてきたくなかったのだろう。
神殿の構造から中心部に広い空間がありそうだった。
あの扉の先はどうなっているのだろうか。
ここまで来てセシリアに聞くのも野暮だな。
『御神体を拝んでやろうじゃないか』
「ああ、俺も見てみたい」
近衛騎士たちが扉を開けると、三階建の神殿を吹き抜けにした大空間が広がっていた。天井を見上げると、色鮮やかなステンドグラスがあしらわれている。
大きな木の下にいるかのような感覚だ。
下へ目を向けると、巨大な棺があった。大理石で作られたのであろうその棺は、細部に渡って金細工で装飾されていた。
「お墓?」
「そうさ。僕の偉大なご先祖様のお墓さ」
俺にそう答えたのは、ゲオルクだった。
石棺の横からゆっくりと顔を出しながら、俺たちを見上げていた。
「せっかくの機会だ。こちらへ降りておいで」
「兄さん……」
「もちろんセシリアもね」
近衛騎士たちの案内はここまでのようだ。
彼らはゲオルクに敬礼すると、立ち去っていく。
配下を従わず、無防備になったゲオルクはニッコリと微笑む。
「この石棺に入っているご先祖様を君はどう感じる?」
ゲオルクのところへ降りていった俺に、問いかけてきた。
「君なら手を当てるだけでわかるはずさ」
「手を当てる?」
「そうだよ」
触ったくらいでわかるのだろうか。
ゲオルクに言われたとおりにするのは癪だが……この石棺は気になる。
そっと触ってみる。ひやりとして冷たくて、なぜかその奥から温かみを感じた。
おそらく、精霊の力だと思う。ベリアルに似たような波動だった。
しかし、とても弱く今にも消えそうな力。
この精霊の力で、グレートウォールを維持できるのだろうか?
「気がついたようだね。やはり、君は違うね。ご先祖様の力は弱まっている。そう遠くない未来に力を失うだろうね」
「グレートウォールはどうなる?」
「消滅する。それが何を意味するか……君ならわかるよね、フェイト」
なんのためにそんな大事なことを俺に教えるんだ。
セシリアを見ると、俺と同じように石棺に手を当てて驚いていた。どうやら、彼女は知らなかったようだ。
「何も知らない妹……セシリアよ。恵まれた力を持っていながら、エルフが置かれている状況を知りもせず、獣人に肩入れをする。そんな者を救おうが、グレートウォールがなくなれば、魔物になってしまうというのに」
「なんで! 今になって力が弱まっているの? つい最近までなんともなかったのに……」
「理由は彼だよ」
ゲオルクが俺を指し示した。
「聖地への道は開かれた。僕たちはこの檻を捨てて旅立たなければいけない。そうしないと、いずれここは魔物の巣窟になってしまうからね」
「俺に何をさせる気だ」
「簡単な話さ。聖地までの道案内人になってもらいたい」
「聖地はお前が思っている場所ではない。ここと同じように魔物はいるし、こことは違う世界システムだ」
そう言うと、ゲオルクは高笑いをして石棺を殴りつけた。
「知っているさ。スキル至上主義の世界なんだろ。エルフの古文書に残されているからね。僕は自分がなぜエルフなのに精霊を持てなかったのか……その理由は聖地にあると思っている」
「何が言いたい?」
「身の内から湧き上がる力をいつも感じていた。ここではない場所でその力が開花するという感覚を。君と出会って確信に変わった」
「それって……お前が」
「僕は君と同じものを持っている。同類なんだ。その力に目覚めようとしている。君のおかげさ……この見えない目も開眼することだろう」
ゲオルクは目隠しを取って、目を開いて見せる。
視力を失った目は、忌避するほど真っ赤に光っていた。
『フェイト、こいつは大罪スキル保持者だ。目覚めさせると厄介だぞ』
「わかっている……けど」
セシリアを見ると、戦う気は失せてしまった。彼女は酷く驚いているようだ。
ゲオルクがセシリアにとって、やはり兄だった。血を分けた兄の禍々しい目を悲痛な顔で見ていた。
「さあ、導いてくれ。君の力と僕の力を持って、希望への船出といこう」
ゲオルクは石棺を蹴り飛ばした。中からエルフのミイラと共に、黒い武器が2つ転がり落ちた。
「神器イリテュム。ずっと僕は待っていたんだ。見える……見える。世界が見える! これほど美しいなんて……素晴らしい世界だ」
黒く大きなチャクラムを手に取るゲオルク。
すると彼が持ちやすいサイズへと変わった。
「グリード、あの武器はお前の仲間か?」
『見たこともない武器だ。仲間だとしたら、あの形状……黒円といったところか』
そんな呑気なことを言っているほど、ゲオルクは待ってはくれないようだ。
黒円を俺へと投げつけてきた。
鋭い刃は地面をえぐりながら接近する。それを躱すと、続けて2投目を投げてくる。
「兄さん、やめて!」
セシリアが必死な顔をして、ゲオルクを止めようとするが、
「キャッ」
裏拳でなぎ倒されてしまう。そのまま転がって、壁に叩きつけられた。
「お前……妹だぞ」
「才能の胡座をかいていただけの者が僕の邪魔をしてもらっては困るんだ。それよりも続けよう。君と戦うことで僕の力は更に高まることだろう」
俺はエルフのミイラを横目で見る。精霊力が著しく弱っていた。今にも消えそうだ。
それに合わせるように、大地が大きく揺れた。
『地震だ。これは何かが崩れているぞ』
「グレートウォールが崩壊しているのか!?」
セシリアを抱き起こしながら、状態を確かめる。気を失っているだけようだった。
「フェイト、君は魔物になった獣人をグレートウォールに入れて、元に戻したようだね。無駄なことをしたね。いやそれどころか、彼らに希望を与えて、地獄へ突き落とすとは……君も僕と同じ鬼畜なのかな」
「……ゲオルクッ!」
「いいね。そう、その顔を待っていたんだよ。さらなる高みを目指すために、本当の君を見せてくれ」
ゲオルクの黒円が、エルフのミイラを切り刻んだ。そして、黒円が彼の手元に戻った時には、グレートウォールを維持していた精霊力は完全に消え去っていた。
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