第231話 精霊獣ベリアル
目の前で俺に睨み付ける精霊獣ベリアル。セシリアが扱う精霊術の大本が実体化したようなものだろうか。
俺はてっきりザックスと戦うことになると思っていたから、予想は大きく裏切られた。
白い息を吐き散らしながら、咆哮するベリアルに、ザックスが命令する。
「遊んでやれ」
戦えではなく……遊んでやれとは舐められたものだ。
だが、この黒剣を見れば、誰だってそう思うのかもしれない。
ベリアルが俺に飛びかかってくる。
途端に右手が疼いた。熱を帯びて火傷をしたような感覚が襲う。こんな時に、一体なんだ!?
右手の甲に聖刻が浮かび合っていた。もう一人の俺が、表に出せと叫んでいるようだった。
聖刻が現れた瞬間から、信じられないくらいの力が湧いてきた。
ステータスの恩恵が戻ってきたかのようだった。
もう一人の俺もこんなところで、死ぬのはごめんなのだろう。
しかし、このまま聖刻の力を使えば、あいつの思惑通りになるかもしれない。それでも、この力なくしてベリアルとは戦えない。
夢の世界で会ったもう一人の俺が、ニヤリと笑ったような気がした。
いいさ、今は笑っていろっ!!
「うおおおおおぉぉぉ」
右腕の甲の聖刻が更に赤い光を発しながら、その強さを増していく。
周りのエルフたちも、俺が発している光にざわめいていた。
「怯むなベリアル、行け。ただのハッタリだ」
ザックスが言うようにただのハッタリなのか、ぶつかり合えば……すぐにわかる。
聖獣人の力と精霊獣の力のどちらが上かを俺も知りたいところだ。
恐ろしいほどの冷気を纏いながら、俺に向けて突進してくるベリアル。あの突進を受けただけで全身が瞬時に凍結して、砕け散りそうだ。
躱す選択肢もあるが、それではエルフたちに俺の力を示せない。逃げ回る臆病者だとは思われる訳にはいかない。
正面から受けて立つ。
「来い、ベリアル」
「砕け散れ、フェイト・バルバトス」
ザックスの声と共に、俺とベリアルはぶつかりあった。周囲に極寒の衝撃風が吹き荒れる。
「バカな……そのような剣で片手で受け止めただと……しかも無傷で……俺の精霊獣ベリアルがっ」
「俺はまだ本気じゃないぞ」
「くっ……ベリアルよ、何をやっているっ」
ザックスはゲオルクの顔色を伺いながら、焦っていた。
おそらく、先程の突進で決めるつもりだったのだろう。
「見くびり過ぎじゃないか。俺はお前が思っている以上に強い」
「油断をしていただけだ。残念だよ。楽に決着を付けさせてやろうとしていたのに、本当に残念だ」
そうだろうと思っていたさ。俺を弱いと思っていたから、手加減をしていたのだろう。
次の攻撃は本気でくるはずだ。
しかし、俺の心は落ち着いており、不思議と周りがよく見えていた。
彼の地でライブラとの戦いに比べたら、精霊獣ベリアルは脅威に思えなかった。聖刻から流れ込んでくる力が俺に余裕を与えてくれているからかもしれない。
ベリアルは口から冷気を俺に吹き付けてきた。それを飛び上がって躱して、黒剣で斬りつける。
甲高い獣の叫び声がした。精霊獣に物理攻撃は有効のようだ。
致命傷となる深い斬り込みはさけた。できれば、穏便にこの決闘を終わらせたかったからだ。
すると、ザックスが左肩に手を当てて、地面に膝を付いた。
どういうことだ? 俺は精霊獣に攻撃したはずなのに、なぜザックスにダメージが入っている?
「よくもやったなっ」
「フェイト、精霊獣は召喚した主と繋がっているの。精霊獣を攻撃すれば、主も同じように傷つくわ」
「なるほど」
俺は、致命傷をさけたことに安堵した。ザックスはゲオルクの直轄の部下だ。
もし、誤って殺してしまえば、大きな禍根が残るのは明白だ。これ以上、ゲオルクに目をつけられるのはさけたい。
「ザックス、降参しろ」
「それはできない。できるわけがない。これはエルフの威信に関わる。それに俺もまだ本気を出していない」
「なっ!?」
「みんな、ここから離れてっ!」
ベリアルにある2つの角が、青白く光り始めたのだ。
それを見たセシリアが慌てて、広場にいた観客たちに避難を呼びかける。
逃げ惑う人集りの中で、ゲオルクだけが面白いものを見るように笑っていた。
ザックスは観客のエルフたちに被害が及ばないように、力を抑えていたのだ。
広場一体を凍らすつもりなのだろう。それでも、俺には脅威に思えなかった。
俺の父さんなら、このグレートウォールの内側のすべてを凍らせただろう。その力を見てきた俺からすれば、スケールが小さい。
この程度ならなんとでもできる。
聖獣人の力をこれ以上使っては、いけない気がする。しかし今、俺が使える力はこれしかなかった。
肩を震わせながら、ザックスは俺を睨んできた。
「俺のプライドを傷つけた代償は大きいぞ」
「その程度で傷つくなら、そんな物は捨ててしまえ」
「何を言う。この短い耳がっ。そのような者がエルフの街に踏み入るなど許されるはずがない。ここは上位種のみが住まうことを許された地だ」
耳が短くて悪かったな。これは生まれ持ったものなんだよ。
「耳の長さで、優劣が決まるなら見せてくれよ。その精霊獣ベリアルでなっ」
「言わせておけば、減らず口をっ。お前など、獣人と仲良くしていればいい。セシリア様の側には相応しくない」
そんなザックスの本音を無視して、俺はセシリアに声をかける。
「セシリア、周りに影響を及ばないにしてくれ」
「フェイトは大丈夫なの!?」
「問題ない。それよりも時間がない、早くっ」
セシリアは風の精霊術で、広間をバリアで覆ってベリアルの攻撃が外に及ばないようにした。
それを見ながら、ベリアルを見据える。恐れはどこにもなかった。
なぜだろうか、しばらく忘れていた戦いの高揚感を感じる。
これは聖獣人の聖刻の力からではない。俺が持って生まれていたもの――暴食スキルがまた活動を始めようとしている。お前と俺は一心同体だ。
だから、目覚めようとすれば……手に取るようにわかってしまう。
頭の中で無機質な声が聞こえる。
《暴食スキルが発動します》
《範囲外により失敗しました》
《解析中………………》
《…………98%》
ベリアルの二本の角から、莫大な冷気が俺に向けて放出される。地面を凍らし、それでも足りずに石畳の下にある水分が氷の刃となって突き出してくる。空気は凍りつき、気体がキラキラと固体に変えられていく。
「何もかも凍らせてやる。俺を本気にさせたことを後悔しろっ、フェイト・バルバトス!」
俺の頭の中で無機質な声が告げる。
《解析中………………》
《…………99%》
精霊獣ベリアルの本気の攻撃がきっかけとなって、俺の中で蠢いていたものが危機を察して目覚めようとしている。
100%の声を聞いてしまえば、俺はどうなってしまうのだろうか?
出来損ないの神を喰らった暴食スキルと繋がってしまう。もし、俺が自分自身を保てなかったら……一抹の不安が過ぎった。
しかし、その時にロキシーの声が聞こえたような気がした。
(フェイ、自分を信じて……あなたなら、やり直せる)
「……ロキシー!?」
《解析中………………》
《…………100%》
《解析が完了しました》
《暴食スキルが発動します》
ベリアルの冷気が俺にぶつかってきた。
「やったぞ。これを耐えれる者はいない」
勝利を確信したザックスの声が聞こえる。
荒れ狂う冷気の中で、無機質な声が俺に伝えてくる。
このルイーズ島で倒した魔物のステータスが流れ込んできた。スキルは世界の違いでもとから持っていなかったのか、得られなかったようだ。
もう一人の俺が舌打ちをする音が聞こえた。
残念だったな……そう簡単には入れ替わらせない。暴食スキルが使えるとなれば、右手の聖刻はこれ以上頼らなくてもいい。
服についた氷を払いながら、俺は折れた黒剣を向ける。
精霊獣ベリアルではなく、唖然とするザックスにだ。そして、静かに力強く言い放つ。
「俺もここから、本気でいこう。死にたくなかったら、もう一度いう。降参しろ」
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