第230話 エルフ騎士

 ザックスの決闘という言葉に対して、すぐに反応したのはセシリアだった。

 席から立ち上がって、テーブルを叩きそうな勢いで言う。


「何を言っているの!? 今は食事中に大事な話をしている最中です。たとえ、兄の命でもそのような勝手は許されません」


 騎士たちはセシリアに向けて、深々とお辞儀をした。そして、ザックスが俺を見ながら言う。


「勝手をされているのはセシリア様です。本来、エルフ街には、エルフしか立ち入ることが許されておりません。そして、彼は我々とは違う」

「それは……」

「ゲオルク様はあなたのことを慮って、今回の決闘をご用意されたのです。エルフ騎士と戦い、勝つことができたのなら、少なくともここに留まる資格があるのではないかと、他のエルフたちを諌めたのです」

「しかし、決闘となれば命を失いかねません。彼は私の客人ですよ」

「だからこそです。正式なエルフの客人として、迎え入れるためにはその資格が必要なのです」

「くっ……」


 彼らの話を聞くに、予想はしていたけど俺はエルフの世界で、まだ客人ではなかったらしい。

 その資格を得るには、ゲオルクによってお膳立てされた決闘で勝たなければならない。俺は対戦相手のザックスを改めて見る。長剣を腰に下げており、腕はその重そうな剣を自由自在に振るえるほどに鍛え上げられていた。長身で細身の体からは、素早い身のこなしが予想できる。ゴツゴツした手のひらからも、剣の鍛錬に惜しみなさそうだ。


 直感でザックスは強い剣士だとわかった。


「シーサーペントが守る海を超えてきた者よ。私との決闘に了承していただけるかな?」

「ここまで話して、拒否権なんてないんだろ」

「物分りが良くて助かる」


 止めにかかるセシリアを、俺は制しながらザックスに聞く。


「決闘はいつ行う?」

「これから執り行う」

「急すぎるわ!」


 セシリアが止めに入る時間を与えないつもりだろう。

 ここまで裏で決まっているのなら、今の俺に逃れる術はどこにもない。


「わかった。俺はどこへ行けばいい」

「だから、こうして迎えに来たのだ」


 そう言って、三人のエルフ騎士は酒場から出ていった。

 残された俺とセシリアは顔を見合わせる。


「危険すぎるわ」

「ここで行かなければ、セシリアの立場も危うくなる」


 俺だけの排斥ならいい。だが、真の目的がセシリアの排斥だったとしたら?

 流れ者の俺はここから壁の外の世界に旅立ったとしても、砂浜に流れ着いたときに戻るだけだ。

 セシリアは俺と同じではない。生まれ育った大事な場所を失うかもしれない。

 帰る場所を失うなんて、俺からすれば……とても恐ろしいと思えた。


 俺の目的はロキシーを見つけ出し、アーロンが待つ王都セイファートへ戻ることだ。もし、俺が帰る場所を失ってしまえば、この異国で途方に暮れてしまうだろう。


 セシリアの世話になったことがきっかけとなって、彼女を貶めてしまうのは、是が非でも避けたい。


「いくぞ、付いてこい」


 ザックスが酒場の出口から、俺に声をかけてきた。

 俺は黒剣グリードを握りしめて、彼の後を追う。セシリアも俺の後ろを歩く。


「私も行くわよ。兄が卑怯な手を使わないか、見張らないといけないから」

「兄さんをまったく信頼していなんだな」

「今まさに兄は、私の信頼を裏切り続けているのよ」


 このまま兄妹同士で憎しみ合うまで発展してしまうのは悲しい。

 まあ……俺も人のことは言えそうにない。もう一人の自分との折り合いがつかないままだ。あいつとはある意味で兄弟と言えるだろう。どっちが兄で弟かは不明だけど、仲良くできるような気がしない。

 そういうところで、セシリアと俺は少しだけ似ているのかもしれない。


「早く来い」


 痺れを切らしたザックスが強めの声を出してきた。

 酒場を出ると、俺の両脇に二人のエルフ騎士がいた。


「逃げはしないぞ」

「念のためだ。逃したとなれば、ゲオルク様に顔向けできない」


 エルフ騎士たちは、ゲオルクに対する忠誠心が高そうだった。


「あなたたちは、ゲオルクの親衛隊といったところか」

「そうだ」


 歩いていく先は……大通りに向けてか。

 エルフたちの賑やかな声が聞こえてきた。酒場へ訪れるために通ったときよりも、騒がしいように思えた。

 セシリアも同じことを感じていたようだった。


「ザックス! 決闘を行う場所って……まさか」

「ご明察のとおりですよ」


 エルフは意外にも派手なことが好きらしい。壁に閉ざされた世界だ。

 娯楽らしい娯楽もなさそうだ。

 だからなのだろうか……大通りの中心にある広場を取り囲むように群衆が押し寄せていた。


「見世物ではないのよ」


 セシリアが俺を思って、抗議してくれる。しかし、それを無視して跪いたのは、ゲオルクだった。


「何を言っているんだいセシリア。これはフェイト・バルバトスをエルフの街に受け入れるための儀式だよ」

「儀式ですって?」

「転生の儀みたいなものさ。今回は逆だけどね」


 転生の儀の逆か……転生の儀はグレートウォールから外へ追い出される。

 今回の決闘はグレートウォールの中へ受け入れるためというわけか。


「これだけの者がいれば、決闘にも力が入るだろ?」

「勝てたら、誰も文句は言わせない」

「いいね。その意気だよ」

「……フェイト」


 セシリアが心配そうに俺を見ていた。

 ぽっかり空いた広場の中央に、ゆっくりと進んでいく。

 対戦相手となる相手は見当たらない。


「誰が俺の相手になってくれるんだ?」

「誰じゃないよ」

「どういう意味だ?」


 ゲオルクは不敵な笑みをこぼしながら、ザックスに目線を送った。

 彼は深々とお辞儀をして広場に向けて、手を向けた。


「まさか……兄さん。なんてことを……勝てるわけがない」

「いや、彼が本物なら勝てるさ。聖地から海を超えてやってきた者よ。さあ、君に本当の力の見せてくれ」


 なんだ!? 周囲に光を発しながら、何かが生まれようとしている。

 これは、セシリアが扱った精霊術とは違う。

 肌でピリピリと実感させる力が目の前に渦巻いていた。


 ザックスが高らかに声を上げる。


「フェイト・バルバトス。私の精霊獣ベリアルが相手をしよう」


 大きな角を二本生やした牛のような顔をしている。体は人のように手足があり、真っ黒な分厚い体毛に覆われていた。

 俺の二倍以上の大きさで筋骨隆々の体つき。

 あの丸太のような腕から放たれる拳をまともに受けたら、俺の体は四散しそうだ。

 そして、精霊獣ベリアルが顕現してから、周囲の気温が一段と下がった。俺が吐く息が、白くなっているから間違いない。


 俺は折れた黒剣グリードを鞘から引き抜く。

 精霊獣ベリアルは悠然と俺の前に立っている。俺の額から流れ降りた汗が、氷となって地面に落ちた。


 ゲオルクが俺と精霊獣ベリアルの双方に目を配らせた。

 そして俺が頑なに折れた黒剣を使っていることに呆れた顔を見せた。


「ザックスよ。手を抜くことは許さん」

「心得ています、ゲオルク様」


 エルフの群衆の中で、俺と精霊獣ベリアルを見て、色々な言葉が行き交う。

 生身の体で精霊獣に勝てるはずがないと言う者。エルフの世界に異物は好ましくないと言う者。

 俺に友好的な言葉を発する者は、セシリア以外いなかった。

 当たり前だよな……何者かもわからない者は誰だって恐ろしく気味が悪いだろう。


 だからこそ、この決闘は今後に繋げるために意味を成すはずだ。

 静まり返ったところで、ゲオルクが決闘の開始を告げる。


「我らに認めてほしくば、見事勝ってみせよ」

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