第228話 エルフの街

 目覚めが悪すぎる。一番会いたくない奴に、このタイミングで出てくるとは……。

 おそらく弱った俺に付け入ろうと狙って来たのだろう。

 窓から見えた空は、どんよりとした気分と正反対の雲一つない青空だった。


「おはよう。お寝坊さん」


 セシリアの笑顔には曇り一つなかった。釣られてこちらも微笑んでしまうほどだ。

 昨日の二人で身の上話をしたからだろうか。以前よりも互いの距離が縮まったように感じた。


「今日はいい天気だから、どこかに出かけない? フェイトの好きなところでいいわよ」

「いいね、それなら……」


 頭の寝癖を整えながら、行き先を考える。

 せっかくのいい天気。セシリアの言うことには賛成だ。

 曇った気分のままでは、これからのことすら迷ってしまう。リフレッシュもたまには必要だろう。


 行き先を伝えると、セシリアに笑われてしまった。


「これでも、育ち盛りなんだよ」

「そうね。あなたのお腹の虫がなっているものね」


 着替えを済ませて、折れた黒剣を収めた鞘を手に取る。

 グリードにもエルフの街を見せてやりたかった。


「準備はいいわね」

「ああ、楽しみにしているよ」

「はい、任されました!」


 セシリアは俺に何を食べさせてくれるのだろうか。

 彼女の後について、外へ出た。穏やかな風に乗って、花の甘い香りがした。


 通りを行き交う人々は、当然のようにエルフだけだ。獣人はどこにも見当たらない。

 昨日のことがなかったかのように、街は賑わっていた。

 

 露天に並んでいる新鮮な果物や野菜などは、おそらく獣人たちが作ったものだろう。

 どのエルフの手も、農作業をしているようではなく、傷一つない綺麗なものだった。俺がキョロキョロとしていたからか、セシリアが声をかけてきた。


「エルフの暮らしは、獣人に支えられているというのにね」

「セシリアはそれを変えたいのか?」

「今よりも、分かり合えればいいと思っている」

「昨日の様子では、程遠いな」


 ゲオルクを筆頭にエルフたちは、転生の儀を楽しんでいるように見えた。

 獣人にとっては、化物へ無理やり変えられてしまう恐ろしい儀式なのにだ。

 互いの立場が違い過ぎる。


 俺たち人間だって同じだ。生まれながらの既得権益を自ら手放すことは難しい。

 スキルによって、持てる者と持たざる者がいる。持てる者は家柄も良い場合が多く、暮らしに苦労することはなかった。だからといって、持たざる者へ手を差し伸べることをするものは、ほとんどいなかった。

 ロキシーの微笑む顔が浮かんできた。彼女はそんな持たざる者である俺に手を差し伸べてくれた。


 セシリアはロキシーにどこか似ているような気がする。だからだろうか……彼女の力になりたいと思えるのは……。

 エルフと獣人が手を取り合える方法。新参者の俺には、まだ想像がつかないでいた。


「また難しい顔をしているわね。ありがとうね」

「えっ」

「フェイトのことだから、エルフと獣人の関係について考えていたんでしょ?」


 当てられてしまい、言葉なく頷いてしまう。

 セシリアはそれを見て、上機嫌だった。同じ考えを持つ仲間ができたからだろうか……。

 彼女はエルフで当事者。俺は人間で部外者だ。見方や立場が互いに違うというのに、セシリアは楽観的なのだろう。

 そういうところも、ロキシーに似ていた。


「さあ、着いたわよ」

「これは……」


 どことなく王都セイファートの行きつけの酒場に思わせる佇まいだった。

 懐かしさと寂しさが入り交じる感情を抱いて、酒場の中へ入った。

 マスターは男ではなく、明るそうな女性だった。彼女の性格を表すように内装は、酒場とは思えないほど華やかでいて落ち着いている。長い時間、過ごしても居心地が良さそうだった。


「お酒も楽しみながら、お食事はどう?」


 セシリアは席に付きながら、俺に聞いてきた。

 聞くまでもない。酒場の雰囲気は俺好み。漂ってくる料理の香りも、美味しそうで、言うことなしだ。


「良い店じゃないか」

「えへへ、そうでしょ。私の行きつけの酒場なんだから、料理は美味しくて、お酒も最高よ」

「おおおっ」

「目をキラキラさせられると、誘ったかいがあったわ。元気になってくれて嬉しい」

「まだ何も食べていないんだけどさ」

「そうだったわね」


 セシリアのおすすめで、特製サラダと牛肉のソテーを頼んだ。

 そして、料理に渋めの赤ワインを合わせた。


「ソフトな赤ワインが好みなんだけど、今回は牛肉のソテーだから、それに負けないワインがいいわね」

「ワインに詳しいんだな」

「そうよ。私はワインに使うぶどう畑を持っているの。そこで獣人たちと協力してワインを作っているよ」

「ぶどう畑か……」

「実はね。ここの酒場に卸しているのは、私のぶどう畑で作ったワインなのよ」


 そう言って、セシリアはこっそり俺に教えてくれた。

 なるほど、それもありこの酒場を俺に案内したわけか。


「時間があれば、ぶどう畑も案内するわね」

「収穫の手伝いかな?」

「そうね。収穫にはまだ時間がかかるから、そのときはお願いね」

「承知しました、お嬢様」

「なんだか、板に付いた使用人みたいな言い方ね」


 セシリアに笑われてしまった。まだロキシーのハート家で使用人をしていた頃に覚えたことが身に付いていたようだ。

 あれだけ、戦いに明け暮れていても、忘れずに入れたことが嬉しかった。

 愛想の良さそうなマスターが、俺たちのところへ近づいてきて、挨拶をする。

 耳の短い俺を見て、少しだけ驚いた表情を見せる。しかし、すぐに笑顔になってセシリアから注文を聞く。


「いつものを二つ」

「かしこまりました。……セシリア様が殿方と一緒なんて珍しいですね」

「いらないことは言わない」

「失礼いたしました」


 セシリアが戸惑ったように怒ってみせると、マスターは深々とお辞儀をして、その場を離れていった。

 彼女が本当に怒ったようには見えなかった。おそらく、そのような会話ができるくらいの仲なのだろう。


「いつも一人で利用しているからって、まったくもう」

「それにしては、嬉しそうだな」

「フェイトまでからかわないでっ」

「ごめん、ごめん。マスターもエルフと獣人との関係について、セシリアに賛同してくれているの?」

「どうかしら……私の地位でそうさせているかもしれないし」


 地位の違いによって、本音では話せないこともある。セシリアはそう言っていた。

 少なくとも俺にはマスターはセシリアに、とても友好的だった。

 テーブルに置かれた牛肉の煮込み料理は味わい深くて、手に持った渋めの赤ワインによく合った。

 料理の一つ一つが丁寧で心を込めて作られたと感じさせるものばかりだった。


「お腹も満たされたことだし、フェイトにこの世界について話さないとね」

「この世界に流れ着いたときの砂浜が……足元が金属製の人工物のように見えたんだけど」

「ええ、私たちはいる……この島は太古の昔に神によって作られたの」

「神!?」


 その言葉を聞いて俺の中の……暴食スキルの中にいる出来損ないの神が蠢いたような気がした。

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