第223話 異邦人
《暴食スキルが発動します》
《範囲外により失敗しました》
《暴食スキルが発動します》
《範囲外により失敗しました》
《暴食スキルが発動します》
《範囲外により失敗しました》
《解析中………………》
《…………1%》
《………………2%》
ああぁあ、よく寝た! 目を開けると、朝陽が窓から差し込んでいた。
日の昇りようを見るに、お昼時かもしれない。思いのほか、熟睡してしまったようだ。
これほど眠れたのは、久しぶりのような気がする。
ずっと戦いに明け暮れていて、あまりゆっくりと休めなかった。
それにもう一人の自分のこともある。眠ったら精神世界でまた襲ってくるのではないかと、恐れていたのだ。
しかし、それは杞憂だった。
今のところ、落ち着いていると言っていいと思う。まあ、油断はできないだろうけど……。
なんとなく、夢の中で暴食スキルが発動するときに聞こえる無機質な声が響いていたような気がする。何を言っていたのだろうか? 朧げな記憶で、思い出そうにない。
夢の中だから、そんなものだろう。でも気になるんだよな。
「う~ん……」
唸っていると、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「起きなさい! いつまで寝ている気! ……あら、起きていたの?」
「おはよう、セシリア」
「なかなか起きてこないから、てっきり寝ているのかと思ったわ」
俺はベッドから立ち上がり、身だしなみを整える。
「どうしたんだ? また雑用か?」
角うさぎの魔物の下ごしらえしたときの副産物―モフモフの革の手入れかなと思っていると、
「あらら、すっかり忘れているでしょ」
「なんだったけ?」
「呆れた」
セシリアは頭を抱えながら、手に持っていた二本の剣、その内の一本を俺に放り投げてきた。
慌てて受けると、約束を思い出してきた。
「手合わせか?」
「やっと思い出したわね。異邦人の実力を知りたいわ。この目でね」
「大したことないさ。フェンリルに殺されそうになったくらいだし」
「謙遜をしないで。殺されなかっただけで、ここでは十分に手練れよ。あのときは満身創痍で本来のあなたの力ではない」
俺は渡された剣を壁に掛ける。代わりに黒剣を手に持つ。
「折れた剣? それ好きね」
「相棒なんだ」
「苦楽を共にしてきたってやつ?」
「ああ、そんなところさ」
「いいわよ、その黒剣で。そういうの嫌いじゃないし」
セシリアに促されるまま、裏庭にやってくる。なるほど、お花畑とは程遠い場所だ。
ここは戦士が鍛錬をするために用意したものだ。
程よい硬さの地面が足によく馴染む。
互いに剣を鞘から引き抜き、構える。セシリアの剣は、細い体に似合わず、大剣だった。
さらに上段の構えとは大胆だな。
「好きにかかってきなさい」
「余裕だな」
「あなた次第だけどね」
「言ってくれる。怪我をしても知らないぞ」
一気に突っ込んで間合いを詰めてやる。大剣なら、懐に飛び込まれるとやりにくいはず。
それに比べて、折れた黒剣は短剣のようなもの。超近距離戦に分がある。
と思っていた。
しかし、金属同士がぶつかり合う甲高い声が、辺り一帯に鳴り響く。
「反応できないとでも思った。私がわざわざ大剣で相手をしている意味を考えてもらえるかしら」
「力があるんだな。しかも、並の筋力じゃない」
じりじりと俺を押し返してくる。
あんな細腕のどこから、あれほど力が出ているのか?
この世界にはステータスの恩恵はない。なら、他に彼女に助力するものがあるはずだ。
「さあ、今後は私から攻撃よ。受け止めてみなさい」
速い!? あれほどの大剣を振り回しているのに、視界から消えた。
同じく甲高い声が響くが、今度は鈍い音を含んでいた。
「くっ」
躱す暇もなかった。
なんとか受け止めてみせたが、あまりの剣圧に膝は地面に沈んでいた。
「わかってもらえたかしら。エルフとの力の差というものを」
「身をもってな」
「よろしい。言っておくけど、私はまだ本気じゃないわよ」
恐ろしい話だな。本気を出されたら、俺はミンチ肉にされていたかもしれない。
それにしても、彼女が大剣を振り下ろしたときに、体から得体の知れない力が溢れ出していたような気がする。
もしかして、その力がセシリアを助力しているのか?
「なあ、さっき体に纏っていた緑色のオーラのようなものはなんだ?」
「へぇ、フェイトには見えるんだ」
物珍しいものを見るように、俺をジロジロと観察するセシリア。
「なんだよ!」
「君はやっぱり特別ね。これが見えるとは、エルフに近い存在なんだと思う。獣人たちには見えないし」
「それがセシリアの強さの秘密ってことか?」
「私が、というよりもエルフ族ね。そして、見えるということはフェイトにも扱える可能性あるということ」
その力が使えるようになれば、魔物と戦えるようになるかもしれない。セシリアの庇護を受けている力か……。
故郷へ帰還するためにもほしい力だ。
だが、その正体がよくわからない。
セシリアは俺の思考を予想したように、大剣を突き出してみせる。
「剣先に何が見える?」
「緑色のオーラの塊が微かに見える」
「う~ん。20点!」
「それって100点満点でってこと?」
「もちろんよ。才能はありそうだけど、扱えるかは微妙になってきたわね」
再度目を凝らして見る。何か……生き物らしきもののようなものが蠢いている感じがする。
「ただの緑色の光じゃないな。生き物のような……なんだこれは?」
「それくらいはわかるみたいね」
剣先にから飛び立った緑の光は、踊りを舞うように空を飛び回る。
「これは精霊よ。私は風の精霊シルフと契約しているの。フェイトに挨拶して」
「ちょっと!」
緑の光が俺を包み込み、宙に浮かせてみせた。
それと同時に、体の疲れが癒やされるの感じる。
「あら、シルフに気に入られたみたいね。珍しい……この子は人見知りなのに。やっぱり、あなたは変わっているね」
「精霊? シルフ!? この力を使って戦っていたわけか?」
「そうよ。それにフェンリルに襲われているあなたを助けたときも使ったわ」
どうやら、この世界はステータスやスキルではなく、精霊という力で成り立っているようだ。
しかも、精霊は意志を持っている。
「エルフはすべて精霊を持っているのか?」
「成人儀を済ませたエルフはそうよ。もし、契約ができないエルフがいたとすれば、この社会では生きてはいけないでしょうね。獣人以下の扱いを受けるわ」
セシリアは大剣を鞘に収めながら言った。その顔をどこか悲しそうだった。
「俺は精霊を得れそうかな?」
「その様子では残念だけど望み薄ね。期待していたんだけど……」
「そっか……」
黒剣一本で戦うしかなさそうだ。
俺はセシリアにどうしても聞きたいことがあった。手合わせができて満足した彼女の背中に声をかける。
「なあ、どうして俺に良くしてくれるんだ?」
「決まっているでしょ。あなたに興味があるから」
「興味?」
「失われた聖地からやってきたという人間」
セシリアは俺を真っ直ぐに見つめて言う。
「それだけで十分に価値がある。この世界で唯一人の特別な存在」
「セシリア……それって」
「もう昼を過ぎてしまったわ。遅くなってしまったけど、朝食としましょうか」
ニッコリと笑った彼女は家に入っていく。
「新鮮な角うさぎがたくさんあるから、たくさん食べてね」
「おいっ、待ってくれ」
「準備は一緒にしてもらうからね」
セシリアのペースに振り回されながら、しばらく共同生活することになりそうだ。
新たな世界の概念――精霊を俺は知る必要がある。
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