第221話 多種多様
セシリアは俺の前を軽快に歩く。
なぜなら、彼女の荷物を俺が持っているからだ。草原に時より吹き抜ける風だけが疲れた体を癒してくれているようだ。
「どこまで歩くんだ?」
「もうすぐよ」
「さっきも聞いたんだけど」
「本当に、もうすぐ」
怪しい。絶対に嘘だ。
だって、一時間前も同じことを言っていたからだ。これで信じろってほうが難しい。
「何よ。その疑うような目は」
「次に嘘だったら、荷物は持ってもらうからな」
「いいわよ」
得意げに言って見せるセシリア。その横で俺は顔をしかめる。
予想では、方向音痴説が有力だ。
しかし、彼女の能天気そうな顔を見ていると、もう少しだけ信じてみるかとも思えていた。
しばらく、沈黙が続いた後、セシリアの鼻歌が聞こえてきた。
独特な音程で耳にしたことがないものだ。遮蔽物のない草原に、彼女の声はよく通っていく。
俺はまたフェンリルのような魔物がやってこないか……思わず警戒してしまう。
セシリアはそんな俺を見て、クスリと笑った。
「安心しなさい。もうここまでくれば安全よ」
「ここって? まだ草原なんだけど……」
「ほらっ」
俺は言葉を失った。地平線の向こうから顔を出した物は、あまりにも巨大過ぎたからだ。
大地を隔てる断崖絶壁とでも言えてしまうほどだ。
「あれはなんだ?」
「とっても高くて広い……魔物と私たちを隔てる壁。グレートウォールよ」
「壁ってことは、人工物なのか?」
「さあ、知らない。私たちが生まれてくる前から、そこにあったらしいわ。もしかしたら、神様が作ってくれたのかもね」
冗談交じりにセシリアは言っていた。
彼女が言うように山のような高さの壁を人が作れるとは思えない。なら神様ってのも、あながち嘘ではないかもな。
俺がグレートウォールを見つめていると、
「へぇ~、やっぱり何も知らないんだ」
「うっ」
「まあ身なりも、違うからね。そうかなって予想していた。フェイトは一体、どこから来たのかな。少なくともグレートウォールを知らない時点で、ここの住人でないことはわかる」
「俺は気が付いたら、この大陸に流されていた。だから……」
「帰り方を知らない。つまり、どう来たのかもわからない。でもどこからはわかるでしょ?」
「……ガリアから来た」
まだセシリアのことがわからない。王国のことは伏せて、俺はガリア大陸からやってきたことにした。
散々冒険した地だ。マインの次くらいには詳しい自信がある。
セシリアは、俺が発した言葉に一瞬だけ目を丸くした。
しかし、すぐに俺の口を指先で塞いできた。
「駄目よ。いくらなんでも聖地ガリアから来たって言っては。あそこは決して辿り着けないエルフの聖地。そんな場所から来たって、他のエルフが聞いたら大変なことになる」
「どんな風に?」
「口では言えないこと」
セシリアは自分の首を両断するような仕草をして見せた。
なるほど、聖地を侮辱しているってことで、斬首ってことかな。つまり、それほどガリアをエルフは大事にしているようだった。
しかし、良い話を聞いた。エルフはガリアを聖地として崇める。それは、ガリアの場所を知っているのではないか。
家に帰れる手がかりを見つけたかもしれない。
希望が舞い込んできて、手に持っている重い荷物も、気のせいか軽くなったような気がする。
「どうしたの? 急にニコニコして……もしかして打ち首が嬉しいの?」
セシリアは耳を下げて、俺から距離を取ろうとする。
「違う! なんで首を斬られて喜ぶやつがいるか!?」
「なら、どうしてなの?」
「進むべき道が見えてきたからさ」
目の前に迫ってきたグレートウォールを見上げながら言った。
「なにそれ?」
セシリアは俺が言ったことを理解できていないようだった。
帰り道がエルフにとって聖地だとしても、場所がわかるかもしれない。それだけで、今の俺には方角が見えたような気がした。
「さあ、いくぞ」
「急にどうしたの? ちょっと私より先に行かない! もうっ、待ちなさい」
グレートウォール。色から岩壁かと思っていたら、触った感じはひんやりしていた。
金属のような感じがする。でも、岩のようにごつごつしていた。不思議な壁だった。
見上げるとさらに圧巻だ。雲にまで届きそうなほど高い。鳥が何度も上昇を繰り返して、越えていた。
ごつごつしているから登れるかと思ったら、手足を引っかけるほどの凹凸はない。鳥すらも苦労する高さだ。
並の魔物では歯が立たないだろう。
それにしても、ずっと壁ばかりなのだが……。
「入口はないのか?」
「あら、あなたは歓迎されていないようね」
「どういうことだよ」
「こういうこと」
なに!?
セシリアがグレートウォールに触ると、穴が開き始めた。
まるで生き物のようにくねくねと動きながら、一人くらい通れる道を作り上げた。
「キモっ!?」
「こらっ、グレートウォールは私たちの生活を守ってくれる有り難い壁よ。なんてことを言うの?」
怒られてしまった。だって、あのうねうねと蠢く様に、鳥肌が立ってしまうんだ。
空いた通路に入ろうとするセシリアに声をかける。
「まさか……これって生き物じゃないだろうな」
「知らないって言わなかったけ?」
「それは聞いたけどさ」
彼女を後を追って、中に入る。襲っては……来ないようだった。
ホッと安堵していると、笑われてしまう。
「あれだけフェンリルと勇猛果敢に戦っていた人とは思えないわね」
「悪かったな、用心深くって」
「ごめんなさい。私たちには当り前のことが、あなたにとってはそうじゃない。それが新鮮だっただけ」
「それを楽しんでいるっていうんだよ」
俺がもたもたしていたからだろうか。セシリアは俺の手を取って、出口へ向けて引っ張っていく。
「おいっ」
「早くしないと、閉じちゃうでしょ。私が開いたのよ。一緒に出ないと、あなたはグレートウォールの中に閉じ込められるわよ」
「それはごめんだ」
「なら、行きましょう」
真っ暗で長い通路を進んでいくと、奥のほうから光が見えてきた。
「出口ね。安心したでしょ」
「ああ、ここをいつも通っている方が変わっている」
「私たちにとっての当然だから。それにあなたが一人では通れないってことがわかっただけでも収穫だわ」
「どういうことだよ」
先に外へ出たセシリアは俺を見ながら言う。
「間違いなくあなたはエルフじゃない」
「もしかして信じていなかったのかよ」
「はいそうですかってわけにはいかないでしょ。でも、グレートウォールで確かめることができた」
「何を……?」
外は霧が立ち込めており、視界が悪かった。この世界にセシリアと二人だけのようだった。
しばらくの沈黙の後、彼女はどこか遠くを見ながら、
「あなたは、選ばれなかった者ということ」
「誰に……?」
一筋の風が俺たちの間に吹き抜けた。その風は草を巻き上げながら、グレートウォールを超えていく。
「神様よ。言ったはずでしょ。グレートウォールは神様が作ったって。そこを通れないから……」
「選ばれなかった者というわけか」
「ええ、残念だわ……本当に」
何が……なんて聞けそうにもなかった。セシリアは俺にどのような期待をしていたのだろうか。
グレートウォールを一人だけで通れること? 少し違うような気がする。
ほんのりとしたわだかまりも、霧が晴れてきたら、どこかに消え去ってしまう。
「これは……凄い」
「でしょ。自慢の都なんだから」
霧の向こう側から現れたのは、王都セイファートに引けを取らないほどの都だった。
しかも、見たこともない人種がいる。獣の耳をした者や角を生やした者、尻尾を持った者までいた。
見るからにエルフとは、違う人種だ。
「ようこそ、聖都オーフェンに。少なくとも私は歓迎するわ」
意味深な言葉を言い残して、セシリアは歩き出す。
俺は目の前に広がる異文明に心を踊らせていた。これほどの都なら、聖地への情報も得られそうだ。
この分なら帰れる日も近いなんて、楽観視していた。
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