第219話 新たなる大地

「これも……また予定調和さ」


 彼の地での最後の戦い。

 ライブラが消し飛んでいくときに、聞こえてきた言葉。

 頭の中でこだましてくる。不安を煽るような声を振り払うように、俺は目を覚ました。


「ここは……」


 水が打ち付けては、遠ざかっていく音。その繰り返し。起き上がって眺めると……視線の先はどこまでも続く水の世界。

 手で掬った水は塩っぱいかった。まさか、これが話に聞く海というものだろうか?


 どうやら俺はライブラとの戦いの後、この砂浜へ飛ばされてしまったらしい。

 思い出そうとすると、頭が割れそうなほどの痛み。ライブラを倒して、出来損ないの神を喰らった。

 そしてロキシーと口づけを交わしてからの記憶が一切ないのだ。そこから思い出そうとすると、また頭痛が襲ってくる。


「ロキシーっ!」


 あたりを見回しても、彼女の姿はない。ロキシー……一体どこへ行ってしまったんだ。

 しかし、俺が外の世界に出られたのなら、彼女も同じようにいるかもしれない。

 そう思って、宛もなく砂浜を更に彷徨ってみるが……見つかることはなかった。こことは違った場所へ流れ着いてしまったのかもしれない。砂の上にへたり込んでいると、


「あれっ」


 座り込んだ砂浜に違和感があった。なぜか、砂の下が硬いのだ。

 そして、今更ながら鉄が錆びたような匂いがする。

 不思議に思った俺は、砂を掘っていく。すると、中から出てきたのは分厚い鉄板のような金属だった。


「まさか……この下って」


 砂浜の至るところを掘り返してみると、同じだった。

 ここは、ただの陸地ではないようだ。海とは反対側の陸地へ目を向ける。緑が生い茂る広大な大陸が続いていた。


 山や川まである……その全てが金属の分厚いプレートの上に乗っているのというのか?

 俺は巨大な船を想像してみる。だが、大陸を支えられるほどのものがあるのだろうか?


「あはは……馬鹿げている」


 呆れて思わず、笑いが出てしまう話だ。そんなことを一番に言ってくる相棒――グリードは鞘に収まったまま静かだった。

 柄を掴んで引き抜くが、


「やっぱり、折れたままか」


 グリードはライブラとの戦いで、剣身の半分を失っていた。非破壊属性という力を持っていたはずが、強欲と暴食という2つの力を無理やり、黒剣に込めたため耐えきれずに折れてしまった。

 そのためか、黒剣に宿っていたグリードの声はもう聞こえない。しかし、俺には感じる。

 彼はまだここに留まっていると。


「グリードを復活させるためにも、黒剣を元の姿に戻せたら……」


 独り言のように言って、また海とは反対側。

 陸地へ目を向けるが、視界の先には人の気配がなかった。


 ここがどこだかわからない。少なくとも王国ではないだろう。生えている植物や飛んでいる昆虫が、見たこともないためだ。

 俺はどこまで流されてしまったのだろう。


 グリードは折れてしまっているし、ロキシーは消息不明だ。そして、俺は自分のいるところすらわからない。

 問題は山積していた。


 俺にとっての未開の地。ただ一人になってしまった。

 マインやエリス、アーロン……王国の屋敷にいる人たち。そしてバルバトス領の人たちはどうしているのだろうか。

 帰りたいけど、帰り方がわからない。


 みんなのことを思い出していると、急に家が恋しくなってしまった。

 もしかして、あの海の向こう側に王国があるのかもしれない。そう思って海に入ろうとするが……次第に足が重くなってしまう。


 あの海の向こうに俺の帰る場所があるのか?

 打ち寄せる波に、膝を打たれながら立ち尽くす。

 俺は迷子になってしまった。


 ライブラとの戦いが終わったら、みんなのところへ帰るはずだったのに……。今は知らない場所にたった一人。

 自分が勝ち取ったことが正しかったのかすらわからず、ここにいる。なんだか、やるせなくなってしまう。

 でも、ずっとこのままで先には進めない。


「行くか……」


 ここに居ても何も始まらない。流されて見知らぬ砂浜へ来てしまったのだ。

 仲間たちは俺がいる場所すらわからない。


 それなら、まずやるべきことは自分がいる場所を知ることだ。

 俺は陸地へ目を向ける。


「村でもあれば、いいんだけど」


 ふと思いが口に出てしまっていた。それほどに不安なのかもしれない。

 たくさん乗り越えてきたはずなのにさ。やはり仲間が側にいてくれたことが大きかったようだ。


 重い足が引きずって砂浜を歩き出て、草原へ入る。海風によって足元の草がなびていた。この風なら、濡れた服も歩いてうちに乾いてしまうほどだ。

 次第に足並みは軽くなっていた。


 陽は天高く昇りきっており、おそらく昼を過ぎた頃だろうか。

 それをきっかけにお腹が鳴った。どんな状況でも、腹は減るらしい。

 だからといって、食べ物を持っているわけではない。そこら辺に生えている草を食べれそうにも見えないし。

 どうしたものか……そう思っていると、


 茂みの中から、白い物が飛び出してきた。


「うさぎ?」


 しかし、俺の知っている姿とは違っていた。

 なぜなら、頭に鋭く尖った角を生やしていたからだ。

 もしかして魔物か? それなら《鑑定》スキルで調べてやる。


「えっ!?」


 《鑑定》スキルは発動しない。なぜだ? いつもなら魔物の名前やステータス、スキルを教えてくれる便利スキルのはずなのに……。

 まったく機能しない。そんな馬鹿なっ。

 俺は慌てて、自分のステータスを確認しようとする。だが、同じだった。


 俺のステータスも見られない。何が起こっているのだろうか。

 今まで積み上げた価値観が音を立てて、崩れていくような感覚が襲ってくる。

 そんな状況でも、角うさぎは待ってはくれない。


 俺が縄張りに侵入してきたためか……。後ろ足を地面に叩きつけて、かなり怒っているようだった。

 その音は地面を伝播していき、他の角うさぎを呼び起こす。地中に掘った穴から次から次へと顔を出していく。


「これはまずいかも……」


 後を振り向いても、角うさぎ。右も左も、角うさぎ。

 すべてが可愛い見た目に、鋭い角を生やしている。数え切れないほどいる角うさぎに、四方八方から攻撃を受けたら大変なことになりそうだ。


 他のスキルである炎弾魔法や砂塵魔法なども使用しようとしたけど、発動しなかった。つまり俺が持っているスキルのすべてが発動しないようだ。もしかしたら、暴食スキルすらも……。


 ここは明らかに俺が生きていた王国と違うルールで成り立っている。そう実感せずにはいられなかった。


「やばいな……」


 額から汗が流れ落ちる。

 この状況ではEの領域による絶対的な力も発揮できないだろう。現に先程からEの領域による力の加護を感じられない。

 今の俺が角うさぎの攻撃を受けたらどうなるか? 風穴が空いてしまいそうだ……容易に想像できた。


 頼れるのはアーロンから指南されてきた剣術だけ。

 鞘から半分に折れてしまった黒剣を引き抜く。短剣のように短くなってしまっているが、無いよりずっといい。


 それをにじり寄る角うさぎへ向けて、牽制しながら道を開く。


 それも時間の問題だった。

 俺の隙きを伺っていた一羽の角うさぎが、背後から飛びかかってきた。

 やばい! と思ったがスピードは目で追える。


「このっ」


 角が体に突き刺さる前に、空中でたたっ斬る。

 攻撃的だが、思ったよりも強くはない。

 それと同時に聞き慣れた声が頭の中で、


《暴食スキルが発動します》


 久しぶりの無機質な声が聞こえてきた。

 やった! 暴食スキルは健在だ! 

 心配して損をしたと、歓喜していたが……。


《範囲外により失敗しました》


 喰らえなかった!? 喜びの反動もあって、俺は愕然とした。

 初めてだった。このような言葉を暴食スキルから聞くなんて……。

 やっぱり、ここは俺が知っている世界とは違ったルールで成り立っている。


 俺は角うさぎの攻撃を凌ぎなら、そう確信した。

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