第218話 暴食のベルセルク

 第零位階である黒双剣。黒剣よりも少し長く。斬り裂くことに特化した流線型の剣身。


 黒剣の印象を残しつつも、フォルムはより洗練されていた。俺とグリードと共に歩んだ戦いの日々を刻み込んだかのようだった。


 この大罪武器は、今までの物とは違う。もしブラックキューブがまだ残っていたとしても、黒双剣は再現できない。


 偽物など作り得ない。世界にたった一つだけの存在。

 

「これの偽物が作れるものなら」

「ぐぅぅっ……」


 切り落とされた左腕を庇いながら、ライブラは距離を取る。俺の黒双剣を睨みながら、臭気や体液を放つ。


「フェイ!」


 ロキシーが無防備な俺に驚いて、声を上げる。しかし、他愛もない。


 彼女に微笑みかけて、振り返ってライブラへ向けて一閃。それだけで、奴が放った物すべてを彼方へと飛ばす。この二本で一対の黒双剣は前では、あの程度の攻撃など気にするほどではない。


 それに加えて、この世界に満ちる魂たちのアシストまで得ている。今の俺のステータスは無尽蔵。


 しかし、ちゃんと代償は存在している。俺でなく、力を貸してくれている魂たちだ。


 俺の力になってくれる度に、彼らの存在は失われてしまう。結局、俺もライブラと変わらないのかもしれない。何かを代償として、戦う力を得ている。


「そんなに神と共に居たいのなら」


 俺はわかっていても魂たちの力を借りるしかない。そのために大罪スキルなのだから……。マインが言ったこと思い出す。たしかに罪深いわけだ。


 今の俺を魂たちが突き動かす。そして、導いてくれるとも言えるのなら、このことで遠慮するほうが失礼なのかもな。


 俺は黒双剣に得た力のありったけを込める。いつもなら禍々しい姿へ変貌するところが、まったくの逆だ。


「グリード? これは……」

『俺様には眩しすぎるな』

「ああ……俺も同じさ」


 結局、争いに綺麗事などないのだろう。互いの主張の押し付け合い……なのかもしれない。


 ライブラの醜い聖獣としての姿を見ながら、そう思ってしまう。彼もまた聖刻という神からの啓示に縛られている。


 俺のステータスを贄にして、成長した黒双剣は神々しい姿をしていた。グリードが慣れない姿だと困ってしまうほどに。


 この奥義には魂たち――人々の願いが込められている。大罪スキルと同じだ。

 それは姿からもわかる。きっと崇高なものなのだろう。俺もそう信じたい。

 第零位階の奥義名は自然と頭に流れ込んでくる。


 ライブラへ向けて《インフィニティディバイド 》を放つ。


 黒双剣の歩みを止めることなど不可能だ。ライブラの反撃など意味を成さない。

 奥義発動中は、俺は好きな場所へ行ける。まるで瞬間移動しているかのように、どこにでもいけてしまう。


 鋭く重い斬撃を無限に繰り出せる。その全てが必中。


 斬られた箇所は分断されて、ライブラに再生すら許さない。合わせて、斬る度に暴食スキルが発動して奴の力を削り喰らっていく。


 肉体のダメージとステータス低下が同時に襲ってくる慈悲無き攻撃の嵐。


「いくら他の聖獣たちの力を得たとしても」

「……フェイトっ」

「無駄だ!」


 苦し紛れにライブラが黒双剣の右方を掴んで止めてくる。もう片方の黒剣で叩き斬るまでもない。

 今の第零位階に達した俺たちには、まだ新たな可能性がある。……感じるんだ。


「なにっ!?」


 ライブラの残された手を黒い稲妻が吹き飛ばす。


 俺がいかなる時でも頼ってきた第一位階の奥義――《ブラッディターミガン》。掴まれた方の黒剣から放たれた奥義が、ライブラを後方へ押しやる。


 俺はまた魂たちの力を使ってしまった。失われたものは戻ってこない。……ごめんなさい。それでも、歩みを止めることはできない。


『そうだ。フェイト、進めっ』

「……グリード」


 やはり無理があった。


 暴食の力を無理やり強欲と融合させて得た新たな第零位階――黒双剣には、さすがの非破壊属性を持つ素体でも耐えられなかったようだ。


 ブラッディターミガンを放った方の黒剣にヒビが入っていた。


『これが最後だ! 思う存分、ぶちかませ!』

「ああぁぁぁああああぁぁっ!」


 バカ野郎……カッコつけやがって……グリードのやつ。


 ライブラは両手を失ったままで甘んじていなかった。代わりの他の手を無数に生やしながら、俺に襲いかかってくる。


「フェイ!」


 ロキシーがセイクリッドクロスで援護をして、ライブラの視界を隠してくれている。


 そのうちに、俺は黒双剣を大きく構えて懐へ飛び込む。見極めろ、ライブラの弱点の魔力の中心を……。


 第二位階の奥義――《デッドリーインフェルノ》を二段攻撃で、ライブラの急所へ斬り込む。死の呪詛を込めた斬撃は、ライブラを確実に蝕み、更に後退させる。


「まだだ! 我はっ」


 太陽のように輝く巨大な球体へ近づいく。それを拒否するかのように抗うライブラは胸の肋を開いた。そこには赤いコアがいくつも詰まっていた。


 それが眩く輝き出して、赤い閃光を幾重にも放つ。


「そうはさせるかっ」


 力を俺にっ! もっと俺にっ!

 第三位階の奥義――《リフレクションフォートレス》を発動! 赤い閃光を倍返しだ!


 またしても、黒双剣にヒビが入る。今度は右側だった。


『畳み掛けるぞ、俺様たちならいける。信じろ、俺様。お前自身をっ!』


 ロキシーも隙きを突いては、セイクリッドクロスでライブラの動きを鈍らせてくれている。


 黒双剣から白き炎の迸る。本来はどのような傷や病気すらも癒やす炎。しかし、穢れし体を浄化する白き炎として燃え上がる。


 もしかしたら、この第四位階の奥義――《トワイライトヒーリング》は、対ライブラのために用意された力だったのかもしれない。


「お前の穢れを払ってやる」

「ぐああああぁああぁぁ」


 燃え上がりながらもライブラは止まらない。顔に刻まれた聖刻が、それを許さないかのように赤く抗っていた。

 結局……ライブラも父さんと同じなのかもしれない。スノウもそうだったように、神から啓示から逃げられない。


『フェイト、次だ!』


 黒双剣のヒビは広がっていく。俺たちにも時間はない。


 剣先から黄金色の光を帯びた黒糸がライブラを包み込む。


 暴れようが切れることなのない糸。第五位階の奥義――《ディメンションデストラクション》がライブラを光り輝く巨大な球体に縛り付ける。空間すらも両断するはずの奥義ですら、ライブラを抑えるのに精一杯のようだった。


 ここに来て、奴の力が更に上がっているというのか!?


「ライブラっ」


 くっ……。《ディメンションデストラクション》を力尽くで断ち切ろうとしている。体がバラバラになろうともお構いなしだ。それをあの赤く光る聖刻がさせているかのようだった。


 ボロボロなのは俺たちも同じだ。黒双剣は次に放つ奥義に耐えきれるかどうか。俺も流れ込んでくる魂たちの記憶や感情に頭がどうにかなりそうになっていた。自分が自分では無くなってしまいそうだ。


 俺――フェイトとして、楽しかった記憶、悲しかった記憶……何気ない記憶すらも、他の魂たちの物とゆっくりと絵の具を混ぜるかのように、変わっていく。


 (……父さん。もう一度、俺に……俺たちに力を!)


 もう声は聞こえない。それでも父さんがどこかで見ていてくれている気がした。

 大丈夫……まだ俺たちは戦える。


「いくぞ、グリード!」

『ああっ、来い。お前は自由だ』


 第零位階の奥義と第六位階の奥義を融合させた……俺たちの最後の力。


 ボロボロの黒双剣が呼応するかのように輝きを始める。眩すぎて色などわからない。ただこの沈みゆく赤い世界を塗りつぶすほどの光だった。


 《インフィニティ・リボルトブリューナク》


 二本で一対の黒双剣。それがあたかも一つの大剣の形を成して、ライブラの胸から飛び出した赤いコアに突貫する。


 消滅の力ではなく、解放の力をライブラへ叩き込む。


「うおおおおおおおおおおぉぉぉ」

「ぐぐあああああああぁぁぁ……我には……それは効かない」

「そうかな?」


 ライブラの聖刻に亀裂が入る。赤く光るそれが弱まっていくの感じた。


 最後の奥義の勢いは留まることを知らず、太陽のように輝く巨大な球体へライブラごと突入した。直後、後ろからロキシーの俺の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 それでも歩みを止めることはできなかった。


 そこは温かく居心地が良い場所だった。

 今戦っているという現実から、考えることをやめてしまいたいくらい。


 そしてライブラの聖刻に異変が起こる。亀裂が修復し始めていたからだ。更に受けたダメージすらも回復し始めていた。


「神はやはり我を選んだ……選んでしまった。お前は終わりだ」


 黒双剣は至るところがヒビ割れており、欠け始めてところすらあった。だが、まだ《インフィニティ・リボルトブリューナク》は発動したままだ。


「終わりじゃない。終わりなのはライブラ……お前だっ」


 再生すら許さない。奥義を発動させたまま、黒双剣を突き上げる。苦楽を共にしてきた愛剣が大きく軋む音がした。


『楽しかったぜ、相棒』

「俺もさ。ここまで来られたのグリードのおかげさ」

『終わらせるか? いいのか?』

「……いつものことさ」


 俺は光り輝く球体の外側にいるロキシーを見た。彼女は泣いていた。

 たぶん俺がこれからすることを理解してしまったんだ。誰よりも優しい人だから……生き延びて幸せになってほしい。


 俺とライブラとの戦いによって、収穫から逃れた――解放された魂たちがロキシーを包み込む。そして、俺の意思を汲み取ったかのように、彼女を元の世界の出口へと連れて行く。


 その流れは逆らうことすら許されないほどの勢いとなって、彼女を俺から遠ざけていく。


「フェイ! フェイ! フェ……イ…………私は……」


 彼女を救いたいと思って、始まった旅だ。それがいつの間にか、こんな場所はまで来てしまった。それでも今も変わることはない。

 俺のロキシーへの気持ちは……結局、伝えられてなかったけど、それでいいんだ。


「ああぁぁ」


 いや、俺はバカ野郎だ。ちゃんと伝えるべきだった。ロキシーがいた方角をもう一度見るが……もう姿は見えなかった。


 最後まで直せなかったな。グリードにいつも言われていたっけ……お前は何もわかっていないってさ。


「後悔はちょっとあるけどさ」

『お前らしくて、いいじゃねぇか』

「そうだな……そうかもな」


 それすらも振り払い、思い残すことはもうない。

 暴食スキルの本来の力をここで開放する!


 喰らってやる! この何千年という途方も無い時間をかけて、蓄えられた魂たちを。


 なり損ないの神を喰らい尽くしてやる。それが暴食スキルが生まれてきた願いなら、保持者として使命を全うする責務がある。

 これもまた、聖獣人たちの聖刻という啓示と同じなのだろう。この宿命からは逃れられない。


 宿命か……母さんは一体……どういう意味を込めて俺にフェイトという名を付けたのだろうか。


 できることなら、聞いてみたかった。


 俺の胸のあたりが熱くなり、真紅に光る。その輝きはなり損ないの神を飲み込んでいく。

 俺が俺ではなくなっていくのを感じる。本来の一個人ができることから逸脱し過ぎている。


 不可能を可能にする。アーロンは必ず王都へ戻ってこいと言ってくれた。そんな彼の気持ちも応えたい。出会った人々たちが、これからも笑顔で生きていけるように。


 途轍もない魂たち……ステータス……スキル……が流れ込んでくる。息の仕方すら忘れてしまうほどに、止めどなく。


 開いた口は閉じられない。無理やり喰わされていく。最後まで喰らうしかない。

 得た力を《インフィニティ・リボルトブリューナク》に変換する。


「フェイト! ぐああああぁああああぁぁぁっ」


 ライブラは圧倒的な力の本流に耐えきれずに聖刻ごと消し飛ぶ。その中で最後に見せた顔はどこか安らかだった。


 彼もやはり父さんと同じに囚われていたのだろうか。

 黒双剣は巨大な光の剣となって、この世界――魂の牢獄を斬り裂く。外からの魂の収穫の流れは止まり、すべてがここから元の世界へと戻り始めていく。


 崩壊し始めた世界の中で、俺は相棒を失った。すべての力を使い果たし、元の黒剣へと戻ったグリード。剣身が真ん中からポッキリと折れてしまっていた。


「お前はいつだって気の早いやつだな……なぁ、グリード。今までありがとう」


 そう語りかけると、『気にするな。俺様はただの武器だ』という声が聞こえてきたように思えた。


 俺も、もう少しだけ頑張ってみるよ。お前のようにさ。


 まだすべてを喰いきれていない。なり損ないの神がまだ残っている。

 喰らう度に、失っていく。大事なことを、大事な人たちを忘れてはいけないはずの思い出を……。


 アーロン……せっかく剣聖の称号をもらったのに。マイン……一緒にいられなくてごめん。エリス……俺に本当の自分を見せて心を開いてくれたのに。王都や領地には俺を信じて待ってくれている人たちがいるのに。


 それらが次々と消えていく。名前も顔も思い出も……何もかも消えてしまう。


 ロキシー……。この記憶だけは消したくない。名前も顔も全部!



 本当は……俺は、


「何もかも失いたくなんてないんだ! 全部、大事なんだ!」


 空っぽになんてなりたくはない。


「なら、助けを呼べばいいんです。あなたは一人で戦っているわけではありせん」


 凛とした力強い声に横を見ると、ここに居るはずのない人――ロキシーが寄り添ってくれていた。あの魂たちの流れから逃れて戻ってきたのか!?


「私もフェイを支えます。それに守られるなんて嫌です」

「……ロキシー」

「一人で無理でも二人ならです」


 なんだろうか……すごく心が落ち着く。苦しかった魂たちの流れが変わっていく。

 胸のあたりの赤い光にも変化が起こる。優しく温かい色へとなって、俺を支えてくれていた。


 俺が受け止めやすいように、暴食スキルの内の魂たちが手を差し伸べて、負荷を減らそうとしていた。その輪は大きくなっていく。


 輪の中にはケイロスやミクリヤ、ラーファルたちも……そして父さんもいた。そして顔の知らない人々まで、俺たちのために力を貸してくれている。


「大丈夫です。フェイは一人ではないです」

「信じるよ、みんなを」


 崩壊していく世界でロキシーと二人。そして、力を貸してくれる者たちと神の世界の終わりを見届ける。


 夕焼けのように赤く染まった世界に、一筋の光が差し込む。そこから青い空が広がっていく。魂たちは自由に踊り、行きたい場所へと旅立つ。これが本来のあるべき姿なのだろう。


《暴食スキルが発動します》


 いつもの無機質な声が聞こえてきた。しかし、その後の声はいつもと違っていた。

 この声は知っている。この世界に来たときに夢に見たときと同じものだった。


《よく頑張ったわね、フェイト》

《私はずっとあなたのことを応援しているわ》


 ……母さん……だったのか。ずっと、ずっと俺の見守ってくれていたんだ。


 思わず、涙が溢れ出す。


 それを見たロキシーが心配そうに俺に声をかける。


「フェイ?」

「大事なものをみんなから教わった。ロキシーもありがとう」

「どうしたのですか? 急に改まって」

「俺はロキシーのことが大好きです」

「なっなな、このようなときに……このような場所で……あなたという人は」


 彼女は突然の告白にたじろぎながら、にこやかに答えてくれた。


「私もフェイのことが大好きですよ」


 新しく光り輝く世界の中で、互いの唇を交わした。


 飛び交う色とりどりの魂たちが、俺たちを祝福してくれているかのようだった。

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