第217話 第零位階

 ライブラは、グリードをちっぽけな武器と言い放った。

 それでも彼のブラックキューブで真似をした黒槍は、俺が父さんから受け継いで得た新たな姿――第六位階だ。


「たしかに……お前のいう通りだ。ちっぽけな武器でも、ここに集まってくれる魂たち……人々の気持ちを力に変えることができる。俺の暴食スキルを通して!」


 初めてだった。あれだけ俺を苦しめていた暴食スキルが……反転していく。より良い方向へ俺を導いてくれる。


 産声を上げたときから、不遇スキルとして俺と一緒にいて、時には人々から蔑まれた。でも、今はこれで良かったんだと胸を張って言える。


 俺には暴食スキルが必要だった。


「フェイ……涙が」

 自分自身で全く気が付かなかった。頬に一筋の涙がこぼれ落ちていた。悲しいわけではない。

 取り込む魂たちのいろいろな感情や記憶が流れ込んでくる。きっと、そのせいだろう。


 だからこそ、俺を突き動かす。


 もう一度、グリードに届くように第六位階の奥義名を呼ぶ。


「リボルトブリューナクッ!」


 それに呼応するように、グリードが黒槍の群れを押しのけて顔を出す。ライブラの消滅の力を上回っていた。


 次々と偽物を消し飛ばしながら、突き進む。ライブラは眉間に皺を寄せて、ブラックキューブを黒盾に変えてグリードの進行を妨げようとする。


 それらすべてを破壊しながら、ライブラへ向けてひたすら一直線に。その歩みを止めることなど許されないほどに。

 今この場にいる魂たちが流れを止めて、それを見守っているかのようだった。


「ありえない……このようなことが……」


 俺が放った《リボルトブリューナク》がライブラの胸を貫き、ぽっかりと大きな穴を開けていた。消滅の力を持ってしても、奴の存在を消し去るには至らなかった。


 普通の人間なら致命傷といえるダメージを受けても、ライブラはまだ動けるようだ。そして顔に刻まれた聖刻が一層赤く輝いていた。奴には天啓という戦う意志が残っている。


 あれだけたくさんあったブラックキューブは、ほぼ破壊されている。僅かに残った物も機能不全を起こしているようで、ビリビリと音を立てて、狂ったような軌道で飛んでいた。


「フェイ、やりましたね」

「いや、どうやら。ここからのようだ」


 身を寄せてくるロキシーに、首を振る。四つの大きな魂が俺たちのやってきた方角から飛来した。


 そして負傷したライブラの周りを労るように取り巻き出す。この感じは、彼の地への扉の前で立ち塞がっていた聖獣たちだ。


 どうやら、マインとエリスは聖獣たちとの戦いに勝ったようだ。エリスは聖獣……聖獣人からのトラウマと向かい合い、ちゃんと先に進めたことでもあり、俺としては嬉しい。


 それと同時に、ライブラに新たな力を与えてしまうきっかけを作ってしまった。奴はこの流れも保険として残しておいたのだろうか。


「ハハハハッハッハッ」


 彼は心なく高笑いしてみせる。ぽっかりと空いた胸から受ける印象だからか……ライブラがひどく空っぽな自分に向けて笑っているかのようだった。


「来るがいい。僕の……我が醜悪を持って」


 ライブラの顔は腐り落ち、歪な者へと。純白だった服は変色して崩れて、その隙間からは腐敗した体液が流れ落ちる。


 聖獣としての姿は……ライブラがいうように醜悪だった。


 父さんが死を司る黒天使なら、ライブラは死を振りまく異物。この世の醜い物を無理やり詰めて、繋ぎ合わせたような存在。

 奴がロキシーのヴァルキリー姿に見惚れていたわけがわかったような気がした。


「我を合わせて聖獣五体だ。もう時間もない」


 蘇っていた魂たちの帰還の流れが収まりつつあった。ライブラはこれが終われば、生きた者たちから魂の収穫を始めると言いたいのだろう。


 迷っている時間はない。俺は太陽のように輝く球体に目を向ける。よしっ、大丈夫。まだ間に合う。


「ロキシー、これで最後だ」

「はい」

「グリードもな」

『お前……まさか』


 ロキシーには気づかれなかったのに……。グリードはわかってしまったようだ。さすがは相棒だ。


 それでも彼はそれ以上、何もいうことはなかった。今更だよな、そうだろ……グリード。お互い様さ。


「私がライブラを抑えます。フェイが決めてください」

「頼む」


 ライブラは手を振るい、体液を俺たちへかけようとしてきた。それをなんとか二人で躱す。


「これは……」

「なんてことを……」


 浴びたものに起こった現象を見て背筋が凍ってしまう。いくつかの魂が浴びてしまったのだ。


 それらが紫色に変色して、腐り落ちた。奴の攻撃はいかなるものも腐敗させるものだった。俺が持つ腐食魔法など赤子同然だ。もしかしたら、俺たちの持つ武器すらも腐食させるほどかもしれない。


『四体の聖獣を得て、以前よりも遥かに力が増している。お前の予想通りだな。さすがの俺様もあれを浴びれば無傷とは言えない』

「……グリード」

『心配する必要ない。いつも言っているだろう。忘れたのか、フェイト。俺様は武器だ』

「それでも、俺にとっては」

『嬉しいことを言ってくれるじゃないか。でもな、フェイト。……わかっているよな』

「……ああ」

『そうだ……それでいいんだ。それでこそ、俺様の相棒だ。お互い様さ』


 いつかは訪れるとは思っていた。泣いても笑っても俺たちの最後だ。

 時間もない。悠長な戦いはできない。


 ロキシーが拒絶の力で守護結界を展開する。すべてを腐らす力の前では、驚くべきスピードですり減っていく。


 ライブラに近づいてわかる。体液だけではない。奴を取り巻く空気すらも汚染されて、腐食性の臭気へと変貌していた。


「私が臭気を浄化します」


 ロキシーが聖剣を構えて、アーツを発動させる。聖剣技の奥義であるグランドクロスかと思っていた。


 聖剣が放つ煌めきの規模が段違いだった。繰り出されたアーツは十字の光ではなく、アスタリスクの形をした光の刃だった。


 セイクリッドクロスとでも呼ぶべきか、聖剣技を超えた神聖剣技のアーツが放たれたのだった。


 驚くべき浄化はライブラに有効だった。ライブラの腐った体が聖なる光に燃え上がる。聖獣と呼ばれている存在なのに、聖なる力に弱いとは……皮肉な話だ。


「フェイ、今です」

「ああ、援護を頼む」


 ロキシーにはライブラの臭気を取り払うサポートをお願いする。俺は黒い翼を羽ばたかせて、ライブラの懐へ。遠距離攻撃である黒籠手や黒弓では表面に残る臭気によって、火力が期待できない。それにちまちまとした攻撃では時間が足りない。


 ここはやはり……もっとも扱いなれた黒剣しかない。


 力の限り振るって、腹に一閃。


 手応えはあった……だが、ライブラは微動だにしない。効いていないのか? リボルトブリューナクを受けた時と同じだ。

 奴にはこの程度の攻撃は意味を成さない。


「グリード!」

『気にするな』


 今まで傷ついたことのない漆黒の剣身が、音を立てながら蒸発している。予想通りだった。


『止まるな』


 臭気を払うためにロキシーのセイクリッドクロスが放たれる。素早く距離を取るが、巻き込まれないように回避。


 ライブラは、ロキシーの牽制が邪魔で仕方ないようだ。俺の攻撃など気にする素振りもなく、ロキシーに向けて動き始める。


 彼女も負けてない。六枚の翼を駆使して、回避しながらアーツを立て続けに放つ。それに対して俺は、火力不足にあぐねいていた。

 すでに魂たちのアシスタントを受けた第六位階の奥義リボルトブリューナクですら通用しない。しかも、ライブラが聖獣化する前だった。


 そんな中で俺は何か掴めそうな感覚があった。


 後もう少し、ほんの少し。魂たちのアシスタントを受けた際に、リボルトブリューナクで手元から離れたグリードがすぐに側にいるかような不思議な状態になった。クロッシングを超えたような一体感だった。


 俺がグリードで、グリードが俺のような感覚だ。


 この世界の魂たちは、今も俺に助力をしてくれている。俺と同化を繰り返しながら、暴食スキルを介して力を与え続けていた。高まる度に近づいているのを感じる。俺とグリードには、まだ先がある。


 父さんから受け継いだ第六位階を超える。俺たちだけの新たな位階の姿がきっとそこにある。


 誰でもない。俺たちだけの力をここに。


 魂たちは俺だけではなく、黒剣グリードにまで同化し始めた。俺たちの心に呼応している。


『これは……フェイト、感じるか?』

「ああ、ずっと感じている」


 あの太陽のように輝く球体――神と呼ばれた物。暴食スキルは、絶対的な神の理から救いを求める人々の願いから生まれてきた。俺たちの目指す姿もそうでなければいけない。


 この黒剣では届かない。今、俺たちに必要なあるべき姿へ変わるときだ。


 聖獣と化したライブラが、ロキシーを追い詰めようとしていた。しかし、彼女の顔には恐れという一点の曇りもなかった。


「ロキシー!」

「フェイ!」


 俺は黒剣グリードを握りしめる。


「俺の中の暴食と、お前の強欲を繋げる。いけるか?」

『望むところだ』


 スキルを融合させる。本来交わることのない大罪スキルを一つへ。救いを求めて生まれてきた大罪スキル。その異端のスキルを二つ合わせる。強欲を司る大罪武器に、暴食の力を流し込み。


 俺たちだけにしかできない……新たな大罪武器へと昇華させる。

 できるか、できないではない。この二つの力無くして、他にありえない。


 黒剣が光り輝いていく。黒い翼で力一杯羽ばたき、彼女の元へ。

 光は強さを増して俺を包み込む。更には離れたロキシーにまで光が差し込むほどだった。


 ライブラが苦悶の声を上げた。先程まで、まったく気にもしていなかった者からの一閃がたまらなかったようだ。

 俺は奴の左腕を切り落とし、ロキシーの前に立つ。


「俺の後ろへ」

「フェイ……その剣は?」


 黒剣の真の姿。第零位階である黒双剣だった。

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