第216話 最後の審判

 止めどなく襲いくる攻撃の中、俺は意識を取り戻す。ライブラがおもちゃを持った子供のように黒弓でブラッディターミガンを放っていた。

 そんな中でグリードが俺の体を操って、ギリギリで回避してくれていたようだった。


『遅かったな、相棒』

「待たせた」

『どうやら、うまくいったようだな』

「ああ……」


 ロキシーの心は取り戻せた。しかし、代償もあった。

 スノウはもう帰ってこない。俺たちの力になるためにロキシーの心と同化してしまった。

 抱きかかえていたロキシーの瞼が僅かに動いた。


「ロキシー!」

「……フェ……イ」


 開らかれた目尻から涙がこぼれて落ちていく。それだけで、彼女自身に起こったことを理解していることがわかってしまう。


 だが、今は悲しんではいられない。それどころか、俺はロキシーに酷なことを聞かなければいけない。


「戦えるか?」

「はい」


 淀みなく澄み切った声が返ってきた。流石だ。俺はそんな彼女の強さに何度も救われてきた。

 ロキシーは俺から離れて、白い翼を羽ばたかせる。その数が以前よりも二枚多い。


 俺と同じ六枚羽だ。さらに彼女が鞘から抜いた聖剣の輝きも違う。


 より神々しく輝いていた。グリード曰く、人造聖剣ではなく、より本物に迫った物となっているようだ。その性能は大罪武器に勝るとも劣らない。俺から見ても、ピリピリと肌を刺激してくるほどの力を感じる。


 ヴァルキリーとして真の姿となったロキシーは俺に向けて微笑む。頭の上にある天使の輪も俺に語りかけてくれているようだった。


「スノウちゃんからの贈り物です。彼女はいつも私の中にいます。さあ、行きましょう!」

「ああ、いこう。グリードも」

『任せておけ』


 黒い翼を力の限り、羽ばたかせる。目指すは太陽のような光り輝く球体の前にいるライブラ。

 俺がロキシーを取り戻したにも関わらず、動じることはない。


 相変わらず、余裕だな。まるで、何も感じていないかのようだ。これもまた、ミクリヤが言っていた予定調和の中だからか?


「それでも」


 ここまで来てしまったのだ。立ち向かわない道理はない。

 もう体は動いている……心も同じだ。俺は、今ここにいて、一人で戦っているわけではない。


 ロキシーがいて、グリードもここに。そして、元の世界ではマインやエリスが聖獣たちと死闘を繰り広げているはずだ。


 王都を守るために残ったアーロンや白騎士たちだってそうだ。たくさんの人たちから繋いでもらった思いをここで止めるわけにはいかない。


 俺たちだけの戦いではないのだから……。


 接近する俺たちにライブラが涼し気な顔をしながら、手を挙げる。


『仕掛けてくるぞ』


 グリードからの忠告。無数のブラックキューブが形を変えていく。その姿は投擲に適した黒槍だった。

 あの数で俺たちを串刺しにする気のようだ。


 ライブラは無言で手を下ろす。寸分違わず、無数の黒槍が俺たちへ向けて降り注ぐ。


「ここは私がっ」


 彼女の名を呼ぶ前に、ロキシーが俺の前に出た。以前に聖獣アクエリアスの天空砲台を退けた際に見せた守護結界を展開する。


 いや、あの時よりも高次元のものだ。この温かな結界の中にいると、不思議と勇気が湧いてくる。


 間近に迫る無数の黒槍など気にならなくなるほどの安心感がそこにあった。

 この守護結界だけではない。いつだって守られてきた。王都からガリア……今、ここでも。


 俺はロキシーを信じている。


「ありがとう、ロキシー」

「フェイ?」

「いつも側にいてくれて」


 いくつもの黒槍が守護結界に阻まれて、近づくことすらできない。それは相反するものを遠ざけているかのようだった。


「当たり前です」


 予想に反して力強く声が返ってきた。それが嬉しくて、力がみなぎってくる。

 このまま一気にライブラまで進んでやる。奴は目を細めながら、わざとらしく嘆息してみせた。


「拒絶の力か……まさか神の守護盾であるスノウまで裏切るなんて。嘆かわしい……御心にお応えできるのは、もう僕しかいないなんて」

「ライブラッ!」


 声を張り上げて、名を呼ぶ。すると、ライブラは手で顔を覆いながら、ニヤリと笑ってみせた。


「しかし、守るだけでは何もできないだろ。抗っても無意味だ。君は僕には届かない」


 一度、渾身の第六位階奥義リボルトブリューナクを放って、封じ込まれている。俺の手にあるのはグリードだけ。


 それに比べて、ライブラが持つ黒槍は数え切れないほどだ。

 結果が見えている……ライブラはそう言いたいのだろう。


「そっちが来ないなら、決めてあげよう。ここには贄が有り余るほどある。さすがに拒絶の力でも、これを防ぎきれるかな」

「お前……まさか」

「そのちっぽけな武器一つでは再現できないほどの攻撃を……君への最後の手向けとして」


 周囲に散らばっている黒槍に変化が起こる。周囲の魂たちを吸い込みながら、より鋭くなり禍々しい姿へ成長していく。


 これは……第六位階の奥義であるリボルトブリューナクだ。消滅の力を持つ奥義が、数え切れないほど襲ってこようとしている。


「いくら君でもわかるだろう。一本と無数ではどうなるか? どうだい、いま諦めるなら彼女だけは見逃してあげてもいい」


 俺はロキシーの顔を見た。


「フェイ!」

「ロキシー!」


 そして二人で頷き合う。揺るぎない誓いだった。

 たとえライブラが不可能だと言おうが、それを決めるのは俺たちだ。決してお前ではない。


 そんな俺たちを見て、呆れたようにライブラは言った。


「残念だよ。せっかく与えてやったチャンスを無下にして」


 一斉に無数の《リボルトブリューナク》が守護結界に襲いかかった。弾き返せてはいるが、じわりじわりと削られる音が鳴り響く。

 ロキシーが守護結界の維持するために更に力を込めるが、消滅の奥義の勢いに押され始めてしまう。


 このままでは……たまらず、黒剣を黒槍に変えるが、


「まだ大丈夫です」


 いや強がりだ。俺はそんな彼女を守りたくて、旅に出たんだ。そして、こんなにも遠くへやってきてしまった。


 できっこない無茶から始まったことじゃないか。なら、今更だな……なにを迷うことがあるというんだ。


「グリード、いけるか?」

『当たり前だ。偽物などいくらでも蹴散らしてやる。お前のありったけを俺様によこせ!』

「ああ、相棒」


 後先など考えない。今ある全てをこの奥義リボルトブリューナクへ。

 禍々しい姿へ変貌した黒槍をライブラへ向けて、今持ってる力を込めて投擲する。


「フェイッ!」


 ロキシーの声が俺の背中を押してくれる。その力も乗せて《リボルトブリューナク》は無数の同じ奥義とぶつかり合った。


 しかし、瞬く間に俺が放った《リボルトブリューナク》は飲み込まれてしまう。

 ほら見たことかと言わんばかりにライブラが嘲る。


「君は無駄が好きだね」


 いやまだ感じる。手から離れても、グリードを感じることができる。奥義は止まってはいない。

 相棒が諦めていないのに、使い手である俺が諦めるわけない。


 俺に残された力はもう殆どない。それでもグリードの歩みを止めるわけにはいかない。止めたくないんだ。


 ロキシーは今だに隙きを狙って襲いくる黒槍の防衛で動けない。ライブラは絶対的な優位であっても、したたかだった。


「グリード、まだ行けるだろ。偽物に負けない。負けるわけにはいかない」

『届いているぜ……フェイト。力を俺様に』


 離れていてもグリードの声が俺に届いてきた。初めてだった……離れていても直ぐ側にいるかのような感覚。クロッシングしてお互いの心を重ねているかのようだった。

 

 今なら……今の俺たちならもっと先に行けそうな気がする。それなのにもう力が……。


(……フェイト)


 俺の中で名を呼ぶ声がした。もう二度と聞けないと思っていた。

 父さんの声。優しく穏やかで、今戦っているのを忘れてしまいそうだ。


(ひとりじゃない……俺も付いている。いや、周りを見ろ)


 漂う数え切れないほどの魂たちが目に入った。


(大罪スキルは神の理に背く……異端。裏を返せば……この絶対の理から救いを求める者たちの願い)


 巨大な光の球体へ進んでいた魂たちが方向を変える。そして、俺たちを取り囲むように流れを変え始めた。


(その中で暴食スキルはあの神に似せて生まれてきた。本来はあれの贄とならない安住の地として……)


「父さん!」

(暴食スキルと向き合い、ここまで来ることができたお前なら……彼らを受け入れてなお、フェイトでいられる。願わくば、もう一人のお前も……。俺は酷いことをしてしまった。自分の息子であるはずなのに、信じてやれなかった。本当にすまないことをした……)


 その言葉を最後に俺の中で尽きていた力が湧いてくるのを感じた。父さん……また俺に力を……。


 ありがとう、父さん。その力をグリードに送る。


 しかし、まだ足りない。抵抗はできているが、ライブラが放つ無数の奥義を前にしてはあまりにも無力だった。


「くっ……」

「フェイ!」


 このままでは押し返される。


 しかし、また力が湧いてきた。父さんじゃない。誰だ? 俺の知らない感情や記憶が力と一緒になって流れ込んでくる。


 それは続いていき、止めどないものへとなっていく。まるで数え切れないほどの人たちが俺の背中を支えてくれているかのようだ。


 父さんの言葉を反芻して、周りの魂たちを見つめる。それは、ロキシーの守護結界をすり抜けて、俺へ同化してきていた。


 一つ一つは小さくて儚いものたち。それが集まり大きなうねりとなって、俺の力となってくれていた。

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