第214話 神の身元
燦々と照らされる……この明るい世界では暗闇など存在しているはずがない。
すべてが神の身元において明るみに出てしまうかのように、光の強さが増していく。それは魂の収穫の始まりを告げようとしているようだった。
「開かれてしまった以上、一度リセットするべきか。次は邪魔者はいないことだし」
ライブラは神と呼ばれた者を後ろにして、手を高く上げた。そして俺に向けて振り下ろす。
途端にブラックキューブが周りの魂たちをまたしても取り込み始める。
『フェイト!』
魂の魔物となって、襲いかかってきた。これなら、魂の解放でかき消してやる……と思ったが、ニヤリと笑みをこぼすライブラが目に入った。
「これには無理だ」
『どうした?』
ロキシーを抱えながら、魂の魔物たちを躱していく。間近に見ることで実感できる。
この魂たちとはわかりあえない。
「言っただろ。僕は同じ轍を踏まない。この魂は僕の完全なる制御下にある。戯れにエリスを生み出したときの実験が、役に立つとはね。すべてが終わったら、彼女を褒めてやらないと」
「ライブラっ!」
「おお、怖い。君が悪いんだよ。父親を優先した君がね。約束は残念だけど反故だ」
「エリスはお前のものじゃない」
「そう、物だ。所有物を譲渡してやるチャンスを与えたというのに」
魂の魔物たちが俺を取り囲む。逃げ場なし。
「暴食スキル保持者が、貪り食われる様を見てみたかったんだよ。安心しな、抱えている彼女も一緒だ。せめてもの手向けとして」
「この……」
ロキシーを抱えていることをいいことに、やりたい放題だな。こうなることがわかっていて、わざと彼女を解放したのだろう。
『一撃で決めるしかないぞ』
「もう、あれしかない」
だが一抹の不安がよぎる。ライブラは同じ轍を踏まないと言っていたことだ。
俺は黒剣から素早く黒槍へと変える。
それでも、今はこれしかない。
「持っていけ、俺の力を」
『いただくぞ、お前の力を』
黒槍は俺のステータスを糧に成長していく。より禍々しく、より鋭く。投擲武器としてこれ以上にない形へと変貌する。
この第六位階の
消滅の黒槍なら、たとえ破壊不能属性のブラックキューブでもひとたまりもない。行方を邪魔をするように魂の魔物が立ち塞がる。しかし、コアとなっているブラックキューブごと消し飛ばす。
そのたびに、無機質な声がステータス上昇を教えてくれる。更にスキルの所得すらも、いつものように淡々とした声で繰り返した。
ステータスはありがたいが、これらのスキルではライブラに届かないだろう。それでも名前も知らぬ人たちが大事にしてきたものだ。大事に使わせてもらう。
「いけぇっ、グリード!」
今度はどうなる。ロキシーという盾はない。
凄まじい衝撃波が駆け抜けていった。
消滅の
それが可能だとしたら、《リボルトブリューナク》とぶつかり合う……武器の姿を目に捉えたときにすべてを理解した。
「まったく同じ姿をしている……」
第六位階の奥義であるグリードの姿と瓜二つだった。そして能力も同じで、消滅。
拮抗した互いの奥義に決着はなかった。力を出し切り、浮遊している二つの黒槍。
その一方に声をかける。
「戻れ、グリード」
雷のように鋭い軌道を描いて、俺の手元へ。
『まさか俺様に化けるとはな』
「あの余裕が理解できただけ、収穫さ」
ライブラの手に戻った黒槍は、ブラックキューブへと変化した。
あれはそういう使い方もできるのか!? 俺の心を読むようにライブラは口を開く。
「これだけではないよ。ほら、こういう形も、さらにこれも。まだ見るかい。すべてを見る頃には君はどうなっているだろうね」
黒槍だけはない。黒剣、黒弓、黒鎌……俺が開放してきたグリードの姿を模倣してみせた。極めつけは、黒斧や黒銃剣までもだ。
「これらの武器は誰が作ったのか。考えたことがあるのかい」
武器は人ではない。生まれてくるわけがない。ライブラが言ったように誰が作製しないといけない。
「強い武器を持てるのが自分だけなんて、驕り高ぶるのは愚か者がすることだ。しかし、良いデータをもらったよ。この黒槍は素晴らしい。バニティーとは大違いだ。これぞ、黒槍のあるべき形」
「それを扱うには、相応の対価が必要なはずだ」
奥義には大量のステータスを消費する。それが戻ることはない。
慎重そうに見えるライブラがそのような大きなリスクを安々と取るとは思えなかった。
「何を言っているんだい? こんなにも、溢れかえっているじゃないか」
漂う魂たちを取り込みながら、言ってみせた。
バカなっ!? それは神への贄だと言ったはず。それを奪うことがライブラに許される行為なのか?
ライブラは自身の顔に浮かび上がっている赤く光る聖刻を指差す。
「神は許してくださっている。大事の前の小事。また育てればいい。君のような器用なことをできないから、魂ごと消費さ。代わりならいくらでもある。見ろよ、あの魂の大群を! 逆流していた魂が戻ってきた」
俺が来た方角から、新たな魂の波が押し寄せようとしていた。
「さて、何で消し飛ばそうかな。リクエストがあれば言ってくれたまえ」
「くっ……」
いくつかの魂の魔物は消滅させたが、全てではない。今もの尚、俺に襲いかかっている。
掻い潜りながら、ロキシーの様子を窺う。一向に目覚める様子はない。
守りながら戦うには相手が悪すぎる。せめて、目覚めてくれたら……。
頭上からは、黒い稲妻がいくつも降り注ぐ。見上げれば、ライブラが第二位階の
既のところで翼を羽ばたかせて回避するが、左肩を射抜かれてしまう。体を穿くような痛みが走り抜けた。ただの痛みではない。この感覚には覚えがある。精神世界でグリードやルナと修行していた際と同じだ。
あのときにグリードは言っていた。魂への攻撃を受け過ぎると心が壊れてしまうと。
ライブラは俺の肉体だけでは飽き足らず、心までとどめを刺そうとしている。
遊んでやがる。《ブラッディターミガン》の雨霰だ。
「ロキシー! ダメか……。スノウ、応えてくれ」
その時、魂の大群が波となって俺たちの前に現れた。駆け抜けていく魂たち。これはライブラが言っていたことを信用すれば、現世に逆流していた魂たちのはず。あまりの多さに、目の前の視界すら確保が難しいほどだ。
黄金色の球体へ飛び込んでいく魂たちの中で、たった一つだけ向きを変えたものがいた。それは温かそうな光を放ちながら、ロキシーの周りを飛んでいた。
俺はその魂に引き寄せられるように触れた。
「フェイト・バルバトス。このような形で、このような場所で、また再会するとは……」
「メイソン様!?」
「死んで生き返り、また家族に会えた。心残りはもうない。しかし、まだ魂に戻っても意識がある。これもまた奇跡なのか……それとも……。フェイトよ、力を貸してくれないか。娘の魂は囚われている。因果なものだな……このような姿になってしまったから、わかってしまうとは」
「……俺はどうすれば」
「私の魂を持って、君を娘の魂に導く」
「そんなことをしたら……メイソン様は?」
「大丈夫だ。私はすでに死んでいる身。娘のためとならば、この魂など」
メイソン様の決意は固かった。
グリードも今はそれしかないだろうと言う。彼もまた同じようなことをしたことがあるから、その言葉の重みが違った。
『お前がロキシーの魂に入り込んでいる間は、俺様がなんとか時間を稼いでやる』
「それって」
『クロッシングだ。時間がない、行くぞ』
グリードは一方的に俺と同化してくる。俺ははじき出されるように魂だけとなり、メイソン様に導かれてロキシーの中へ飛び込む。
残されたグリードは俺の体を使って、柄にもなくウインクをして、任せておけと言っているようだった。
ロキシーの中へに入り込むと、メイソン様の魂が砕け散る音がした。そして、彼の最後の声が聞こえた。
「娘を……ロキシーを頼む」
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