第205話 父と子とは
俺の攻撃は、父さんに届かない。
今のままでは……いつまでもディーン・グラファイトがいる場所に行くことができない。
「力を貸してくれ、ケイロス」
『フェイト……この力は……』
ハウゼンでマインと戦った際に、俺は暴食スキルの中にいた機天使(ルナ)の力を引き出していた。あの時に、気が付くべきだった。
なぜ、それができたのかを……。理由をもっとあの時に考えるべきだった。
もう、今更だよな。
ケイロスは俺の胸を指して、こう言った。
俺はいつでもここにいる。それはこれからも変わることはないと。
俺が物心付く前から……生まれた瞬間から彼はずっと側にいてくれていた。暴食スキルで喰らった者たちを引き連れて……。
グリードはおそらく俺の中にケイロスがいることを知っていたのだろう。いつか、この時が訪れるから、ゆっくりと見守ってくれていたのかもしれない。
「なあ、グリードはいつから俺の中にケイロスがいることを知っていたんだ」
『お前が俺様を初めて手に取った瞬間からだ』
「相変わらずだな」
『ケイロスが望んだ。真の暴食だからな。慎重にもなる』
「だから、あんな無茶をしたのか?」
ハウゼンを襲った聖獣アクエリアス。グリードの存在を代償にして、第五位階の奥義解放で刺し違えたときのことを聞く。
『お前は俺様たちの希望だった。それに俺様がそうしたかった。無茶はお互い様だ』
その言葉に思わず、クスリと笑みがこぼれてしまった。
無茶上等。俺たちの戦いはいつだって、それを通して来たのだからさ。
ケイロスの力が体中に駆け巡る。彼による幾多の戦いの記憶も合わせて呼び起こされていく。
『一つ、本来の形に近づいたな』
「まだまださ」
体を覆うように、オーラが溢れ出す。その色はケイロスの印象的な赤い髪を連想させるものだった。
「これからは共にいこう」
俺の中にいるケイロスに呼びかける。呼応するかのように力が更に溢れ出してきた。
『いけるか?』
「もちろんさ」
魔力を高めて黒弓を引く。狙うは父さん。
俺の攻撃を拒絶するかのような凍結の力。それを超えなければ、聞きたいことすら話せない。
真っ赤なオーラが魔力に変化して、炎となって燃え上がる。
一本の矢として集約して、放つ。
父さんは黒槍を振るって、薙ぎ払おうとする。周囲の空気すら、一瞬で凍らせて、真紅の矢とぶつかり合った。
矢は凍ることなく、燃え上がる。しかし、黒槍からの冷気も衰えることを知らず、相反する力は拮抗を続けた。
「父さん!」
俺は建物から跳躍して、父さんがいるブラックキューブへ飛び乗った。そのまま、駆け抜けて接近する。
黒弓から真紅の矢をもう一撃。すぐに黒剣へ変えて、放った矢を追いかける。
流石の父さんも二本の燃え上がる矢を受け止めつつ、黒槍の冷気を保つのは厳しいようだった。俺に伝わってくる寒さが弱まっているのを感じる。
黒剣にも赤いオーラを纏わせて、斬り込む。
真紅の矢を二本、加えて真紅の斬撃。
これで父さんをブラックキューブから落とせる……と思っていたが、
「もう終わりか? フェイト」
「くっ」
父さんは真紅の矢も俺の斬撃も弾き飛ばしてみせた。そして、俺は彼の背に生えた黒い翼に目を奪われる。同時に出来損ないの自分の翼がうずいた。
「その翼は……」
「俺がまだ本気になれていないが、どうする? まだ続けるか?」
「いつまでも、子供扱いをするな」
「なら、来い」
俺の力は上がっているはず。それなのに父さんの力も比例するかのように上昇している。
体勢を立て直して、父さんへ向けて真紅に染まった黒剣を振るう。
それを黒槍が苦もなく受け止めた。確かに一つ前の攻撃よりも、威力は劣る。それでも、斬撃は今まで以上の力を込めていた。
つい先程までは拮抗していると感じた。それなのに、なぜか父さんのほうが上回っているような気がする。
父さんがこの一瞬で更に強くなっているのか?
『フェイト、やつの翼を見ろ!』
これは……。漆黒の翼に変化があった。
翼の先端が赤く染まっている!? それは木の根が水を吸うかのように、範囲を広げていた。
その赤い部分が大きくなるほど、父さんの攻撃が強くなっていく。色は俺の纏うオーラにとても似ていた。
「まさか……俺の力を」
父さんは驚く俺に構わずに、黒槍を横に振るう。後ろにはブラックキューブで躱すことはできずに、受け止めるしかない。
黒剣と黒槍がぶつかり合い、青白い火花を散らす。
「俺とお前の力はよく似ている。フェイトは力を喰らう。俺は力を吸収する。だが、違いはある」
「このっ……」
力が抜けていく。意識して見ているからだろうか。今度ははっきりと視認できる。俺が纏うオーラが父さんの翼に吸い取られている。
「発動条件の違いだ。お前は相手の生命を奪わなければならない」
「……力が」
「俺はその気になれば、常時発動できる。もうじき立っていられなくなるぞ」
おそらく……俺の魔力が吸い取られている。【鑑定】で自分のステータスを確認する。やはり、ステータス上で最大値の変化はないが、現状の魔力がみるみるうちに低下していた。
このままで立っていられなくなるどころか、干からびてしまう。
「くそっ」
なら、これはどうだ!
ここに来るまでにガリア大陸で戦って得た新たなスキル。古代の魔物たちが持っていた強力な力――状態異常系【毒攻撃】だ。
吸収できるものならしてみろ。
左手を黒剣から離して、【毒攻撃】のストレートパンチを父さんに向けて放つ。
「おっと」
飛び退いて、躱してみせた。途端に力が抜ける感覚はなくなった。
「状態異常系が苦手なんだね」
「誰だって、そうだろ。どこでそんな危ないスキルを拾ってきたんだ?」
「父さんに会いに行くついでにさ」
「拾い喰いはするなって、よく言って聞かせていたはずだが」
「父さんみたいに好き嫌いはないからね」
「たくましくなったものだ」
黒剣に【毒】を含ませることで、魔力の吸収ができなくなった。あとは、時間を稼いで回復を待ちたいところだが……。
「さて、俺からも攻めるか」
父さんは黒槍の先を俺に向けた。見覚えのある構えだ。
どこかで……俺は知っている。
(バカが……跳んで来るぞ)
頭の中でラーファルの声がした。意外にお節介な奴だな。
俺は彼が何を言おうとしているのかをすぐに理解できた。意識を集中して黒槍の動きを予測する。
来る。
俺の利き腕を狙った一撃を紙一重のところで躱す。父さんは俺から少し離れた位置で立ったまま、動いていない。
しかし、黒槍は違う。槍先から手元までの半分が消失していた。
どこに行ったか?
それは先程、俺の利き腕を貫こうと空間跳躍してきた。
ラーファルが過去に使った攻撃だった。
「良い勘をしている」
「なぜ……それを?」
「この大罪武器の特性だ。使い手の心の形を読み取り、現実に顕現させる。そして、もし過去の使い手がより強い思いを残したのなら、その力は黒槍に残り続ける。この空間跳躍を作り出した使い手は、何を思っていたんだろうな」
俺の中でラーファルは強く舌打ちをしたような気がした。
「それなら、凍結の力は誰かのもの?」
空間を跳び越えてくる黒槍を避けながら、父さんに聞く。
「これは俺の力だ。如何なるものをも凍結させる。それが今の俺の心の形らしい。……昔とは真逆だな。俺もまた変わってしまった」
父さんはどこか寂しそうな顔をして、魔力を上げてきた。押し潰されるような錯覚を感じるほど、威圧的な魔力を放ち始めた。
「死ぬなよ。フェイト。そろそろ、これによって手加減ができそうにない」
父さんが指差した先。
顔の聖刻が輝きを増していく。血より生生しく赤く染まる。
「とうとうお前を天啓が障害と認識したようだ……もう抑え込めない」
「父さんっ」
「止めたければ、殺す気で来い」
「……それは」
「俺の特性は教えた。あとはわかっているな。できなければ、お前も仲間たちも、ここで死ぬことになるだろう」
漆黒の翼を広げると、枝分かれするように数が増えていく。2枚が4枚……8枚となった。頭にはすべての光を吸い込むほど、真っ黒な天使の輪が浮かんでいた。
父さんの顔はもうない。フルフェイスの鉄仮面を付けたように何もない。あるのは、真っ赤に光る聖刻だけだ。
黒槍もまた呼応するかのように変化が起こり、長さが倍になり槍先がより鋭くなっていく。
一時の静寂が駆け抜けた後、人語とは思えない雄叫びを上げて、父さんだった者が俺に襲いかかってくる。
死を司る天使がいたとすれば、まさにそれだろう。
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