第204話 非破壊属性

 空中に漂う無数のブラックキューブ。

 全てが規則的に目的を持って動いているように見える。

 このまま成り行きを見守るわけにはいかない。俺はグリードを黒弓に変えた。


「エリスも」


 ここは遠距離攻撃ができる黒銃剣の力も借りたい。

 だが、彼女の反応は珍しく芳しくなかった。


「この子は支援系だから……あれをどうにかできそうにはないかな」


 彼女は俺に魔弾を打ち込んで、能力上昇をしてくれる。そして、苦笑いしてみせる。

 俺はそんなエリスを見かねて、


「こっちに来て」


 自分の側に呼んだ。そして、黒銃剣エンヴィーを持つ彼女の手に俺の手を重ねた。

 精神世界で得たあの姿をイメージする。


「えっ……フェイト?」

「もう少し」


 彼女は黙って、姿が変わっていく黒銃剣を見つめていた。


「アサルトモードってことで。お節介だったかな」

「そんなことない。いい感じっ」


 大振りの黒銃剣へと変貌したそれを軽々と担いで、エリスは決めポーズをしてみせる。それと同時に、俺に向けてどこか納得したような顔をしていた。


「首輪の解除や、エンヴィーを変えた力……これで確信したよ。君はやっと目覚めたんだね。本当の自分に」

「エリスは知っていたのか?」

「もちろんさ。言っただろ。君をずっと見ていたって」

「そっか……マインもか?」


 彼女もエリスと同じように、俺のことを知っていたから接触してきたのだろうか? なんだか、彼女たちの手の上でずっと踊らされていた気分だ。

 俺が拗ねていると、エリスは笑いながら言う。


「まさか、マインはわかっていないよ。君は同じ大罪スキル保持者という程度しかわかっていない」

「えっ? そうなの?」

「わかるだろ。マインだよ」


 その言葉で納得してしまった。一緒に旅をして、彼女が深く物事を考えていたことはなかった。唯一あったのは、失った仲間たちのことだけだ。


「まあ、マインは本来の俺がどうだったか、なんて気にしないだろうし」

「たしかにね」


 マインの顔を思い浮かべる。思わず、エリスと一緒に笑ってしまった。


「マイン……それにロキシーもまだここへ辿り着けないみたいだね」

「大丈夫さ。あの二人が負ける姿を想像できない。だから、俺たちは今できることを」

「やるべきだね!」


 俺は黒弓、エリスは黒銃剣を構える。

 狙うは、ブラックキューブ。

 互いに魔力を高めて、同時に魔矢と魔弾を放った。


 二つの攻撃が、空中で混ざり合って力を増し、ブラックキューブたちとぶつかった。


「硬い!」


 ブラックキューブは無傷だった。地面に落ちることもなく、宙に浮いている。

 それを見たエリスは俺と同じことを思ったようだ。


「あの色と形……まさかと思ったけど」

「俺たちの大罪武器と同じ素材でできている」


 薄々は感じていたことだ。しかし、空を覆い尽くすほどの数。

 それが、大罪武器と同じで破壊不能だとは考えたくなかったのかもしれない。


『大見得を切っておいて、手詰まりか?』


 グリードが見かねて声をかけてきた。

 破壊できないなら、マインがいつもやっているあれで行くしかない。

 俺は黒剣を黒弓へと変える。


「壊せないなら、彼方へ飛ばしてしまえばいい」

「ああ……これはマインの影響だね」


 エリスが呆れながら額に手を当てていた。

 わかっているね。その通り。


 ステータスは暴走している時に、かなりの敵を喰らったようで余りある。まずはその10%を消費して、奥義であるブラッディターミガンだ。


『俺様のサポートはいるか?』

「久しぶりに頼むよ」

『そうこなくては』


 その様子をエリスがニコニコしながら見守っていた。期待に応えるためにも、あのブラックキューブの動きを止めてやる。


 黒弓が俺のステータスを贄に成長していく。力が抜けていくのを感じながら、禍々しい姿へ変貌する黒弓を見ていた。


 やっぱり、グリードがいてくれないとな。一人で奥義を使うよりも、体の負担が少ないことに気が付く。口の悪いやつだけど、ああ見えて俺にいつも気を使ってくれていたようだ。


『準備はできたぞ。どうした、フェイト?』

「いや……やってやるぞ」

『なら、構えろ。狙え』


 渦巻くブラックキューブの中心。

 そこへ魔矢の先を向けて、更に加える。炎弾魔法を暴食スキルの力によって、変異させて豪炎魔法へ。


 ブラッディターミガンは赤く燃え上がり、輝きを増していく。黄金色の炎となり、周囲が溶けそうなくらいの熱量を放ち始めた。


「あちちちっ! フェイト、早く撃ってよ」


 エリスが飛び退いて、俺に抗議していた。それでも、じっくりと狙いをすませる。

 ブラックキューブの動きを予測しながら、放つ。


「いけぇぇえぇぇっ!」


 空を貫かんばかりの勢いで、炎を撒き散らしながら一直線に標的をめがけて飛んでいく。ブラックキューブは破壊できない。それでも、あの魔法陣のような動きを妨害したら、今行われようとしていることは止められるはずだ。


『フェイトっ!!』

「ああ……わかっていたさ」


 グリードが驚きの声で俺の名を呼ぶ。エリスも目の前で起こった現象に同じ様子だ。

 あれだけの熱量を持ったものが、炎もろとも氷漬けにされているなんて……驚かないほうがおかしいくらいだ。


 それを可能とした者がいる。


 ……父さん。ディーン・グラファイトだ。


 彼はブラックキューブを足場にして、俺たちを見下ろしていた。

 手には、黒槍ヴァニティが携わる。あれが俺の放ったブラッディターミガンを炎ごと凍らせた。


 俺たちに誇示するように、今もなお槍先からは霜が舞っている。戦うことを選ぶなら、容赦はしないとでも言っているかのようだ。


「父さんっ!!」


 俺はこれ以上ないというくらいに、大声で呼ぶ。父さんは顔ひとつ変えることなく、槍先を俺へと向けて、


「来るなと言ったはずだが」


 顔にうっすらと赤い入れ墨が浮かび上がってくる。

 聖刻だ。あれは神からの天啓だという。聖獣人の力の源であり、同時に絶対遵守の契約を神と結んでいる。それは本人の意思でどうにかできるものではないと聞く。


 父さんは一体……どのような契約を結んでいるのだろうか。

 その息子である俺には天啓はない。血の半分が人間だからか?


 いや、もうその答えはケイロスのと戦いによって……知っている。

 おそらく、俺の予想は合っているだろう。答え合わせをしないといけない。


「止めに来たんだ。引けるわけがない。……それに聞きたいことがある」


 父さんは俺の目をじっと見ていた。そして、少しだけ空に顔を向けた。


「世の中には知らないほうがいいこともある。幸せでいられる。お前が聞こうとしているものは、その類だ」

「それでも」


 何かを呟いて、再び黒槍を俺へと向ける。


「聞き分けの悪い子には、お仕置きだ。止めたいのなら、知りたいのなら、やることはわかっているな。どちらにせよ、俺はこれのせいで、止まらない」


 聖刻はより赤く染まる。俺たちを障害として認識したようだった。

 それに合わせて父さんの力が高まっていくのを感じる。あまりのプレッシャーに、重力が何倍にもなっているような感覚を受けてしまう。


 黒弓を強く握りながら、エリスにお願いをする


「ブラックキューブを頼めるか?」

「君はどうするんだい?」

「俺は父さんと戦う」


 彼女は俺の肩に手を置いて、無理やり振り向かせた。


「一人より二人の方がいい」

「ごめん。これは俺たち親子の問題なんだ。だから……」


 今回だけは譲れない。そんな俺を見かねたのか、エリスが抱き寄せてきた。


「いいよ。フェイトの好きにしたら。ボクは嬉しいんだよ」

「えっ」


 意外な言葉に俺は声を出してしまった。


「君はいつも誰かのためばかりだったからね。いつか自分のために、戦えるようになって欲しかった」

「……エリス」

「言ったはずだよ。ボクはずっと君を見ていたんだ。ブラックキューブはボクに任せて。この力も貰ったから」


 俺から離れたエリスはアサルトモードの黒銃剣を俺に見せてくる。

 そして頷いて、俺を見送ってくれた。


 崩れつつある建物を駆け上がりながら、父さんを目指す。そんな俺にグリードが呆れた声で言ってくる。


『世界の命運を賭けた親子喧嘩とは……馬鹿げた話だな』


 後方からはエリスの銃撃が、ブラックキューブへ放たれ始める。

 当たるたびに、描く魔法陣の流れが一時的に阻害されていた。時間稼ぎは、うまくいっているようだ。

 俺は黒弓を引き、魔矢を父さんに向けて放ちながら、グリードに返事をする。


「まったくさ」


 こうなってしまうことが、もしも誰かによって初めから予期されていたとしたら……グリードの言う通りだろう。

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