第203話 エリス解放
黒剣がエリスの喉元に当たる寸前で止まっていた。
あのエンヴィーが焦っていた理由はこれだった。本当にギリギリだったのだ。
俺の視界には力なく横たわる彼女。そして、自身の角が崩れ落ち残骸が目に入る。
おそらく、ケイロスのように俺もまた魔人化していたのだろう。圧倒的な魔力を体に纏って化物となり暴れていた。しかも黒剣を振りかざしてエリスを襲ってしまった。
精神世界が対峙した魔人ケイロスは、現実の世界での俺の写し鏡だったのかもしれない。
黒剣を鏡のようにして自分の姿を見る。両目は今だに忌避するくらい真っ赤に染まっていた。
「エリス」
返事はない。上空を見上げると、無数の真っ黒なキューブが漂っていた。あれが新たな帝都の防衛システムだろうか。
襲ってくる様子はなかった。
これ幸いとばかりに、エリスを抱き上げる。身を隠せる場所へ移動したほうがいいだろう。
ロキシーとマインの気配はまだ感じられない。彼女たちが遅れてくるとは考えられないので、辿り着けない何らかの障害が発生しているかもしれない。
「父さん……」
キューブは幾何学模様を描き始めていた。
それは魔法陣のようにも見えた。
「どこか、いいところは」
『フェイト、あの建物はどうだ?』
大半の建物は倒壊していた。機天使や聖獣との戦い……そして、魔人化した俺によって、叡智を極めたような建造物たちは見るも無残な姿になっていた。
グリードはその中で、半壊程度に免れたものを見つけた。表面の外壁が大きく割れており、あそこから中へ入れそうだ。
エリスを抱きかかえ直す。彼女の手にはしっかりと黒銃剣エンヴィーが握られており、気を失ってもなお放すことはなかった。
それが見えたグリードは言う。
『健気だな』
「どういうことだ?」
『お前ってやつは……。つまりな、あの精神世界にエンヴィーを送るために、エリスが助力していたわけだ。手から離してしまえば、お前は戦うための武器を失ってしまう。そして、魔人化したお前と戦い続けることで、その繋がりを切れないようにしていたわけだ』
「エリス……ごめん」
俺が帰ってくると信じて、俺という化物と戦ってくれていたのか。支援系で戦闘が得意とはいえないのに……。
濃いめの服の色で気が付かなった。それは血を含んでおり、ゆっくりと色をより濃くしていた。服の下はかなりの出血をしているのかもしれない。
『急ぐぞ』
「わかっている」
建物の中へ滑り込むと、エリスを寝かせる。すぐにグリードを黒杖の形へ変える。
『言っておくが、いいんだな』
「構わない」
『なら、頂くぞ。お前のステータスを!』
第四位階の奥義――トワイライトヒーリング。この奥義は大量のステータスを必要としている。なぜか回復魔法が存在しない、この世界では理を破る禁忌の力のためだろう。
傷はやはり深く、今あるステータスの80%を消費する必要があった。ステータスの大半を失うことはリスクがある。
これから父さんに会わなければいけないから……。それでも、使わないという選択肢はなかった。
抜けていく力と同期するように、黒杖が禍々しい姿へ変貌していった。通常は焼き尽くす破壊の炎。しかし奥義は逆だ。死者蘇生以外の全てのものを癒やす炎。
俺はその白き炎をエリスへ向けて解き放った。
炎は彼女を包み込む。そして、服の下にあるだろう無数の傷を瞬く間に燃やし癒やしていく。
そして、もう一つ。彼女の呪縛も燃え上がる。
『そうだな。このためでもあったな』
「ああ、この奥義がエリスを開放する鍵だったんだ」
精神世界でケイロスが俺の中へ消える時に見た経験のような記憶。その中にトワイライトヒーリングによって、エリスの忌まわしき首輪を焼き払う光景があった。
ケイロスはいつだってお節介な人だ。最後にちゃんとエリスを救うための答えを俺に残してくれた。
白き炎が静まった時には、ライブラの呪縛は消え去っていた。
エリスの顔色はいつもの血色を取り戻している。もう大丈夫だろう。安堵する俺に、ゆっくりと目を覚ましたエリスが言う。
「ボクのために、奥義を使ったんだね。また、大事な時に使わせちゃった」
「そんなことはない」
エリスはじっと俺を見ていた。俺も同じだ。
「だって、今がその大事な時なんだからさ」
「……フェイト」
「それに、ほらテトラで約束しただろ。守るって。でも後手後手になって、迷惑もたくさんかけて……ごめんな」
「たしかにね。本当に大変だったんだから! 魔人化はもう駄目だよ」
どうやら、ライブラに強制されていた時の記憶もあるようだ。やはり、あの人形となった状態でもエリスの心はしっかりとあり続けていた。プンプンと怒ってみせるエリス。だが口元は笑っていた。
「ボクも迷惑をたくさんかけてしまったから、お互い様だね」
「そういってもらえると助かる」
「あとね。ちょっと手を出してもらえるかな」
「ん? こうか?」
「そうそう。そのままそのまま」
エリスはとても上機嫌だ。手を出したくらいで、喜んでもらえるのならお安い御用だが……なぜだろう解せない。
彼女は俺の手首を掴むと、自分の首元へ。
「まさか、ライブラに二度も従属化されちゃうなんて……失態過ぎるよね。そうならないために、今まで色々と研究してきたのに……。フェイトが悪いんだよ。全然チャンスをくれないから」
「どういうことだ?」
「でもいいよね。今なら、ロキシーもマインもいないし。これぞ、災い転じて福となすってね」
「いいことがあるのか?」
「ああ、それはボクのことだから、気にしなくてもいいよ」
エリスは俺を無視して、何やらつぶやき始めた。聞いたことがない言語だ。
そして、彼女の首元によく知っている文様が浮かび上がる。
「おいっ、これって……もしかして!?」
「従属の首輪だね」
「なんで!?」
「それはライブラにまたかけられないようにだよ。これって上書きはできない仕様なんだ」
「いやいやいや! それってつまり」
慌てる俺に、エリスはにっこりと笑顔を振りまいた。
「これで晴れて、ボクはフェイトの所有となったわけ」
「はっ」
「もう仕方ないよね。契約してしまったから、ボクはこれからずっとフェイトと一緒に生きないといけなくなってしまいました。困っちゃうな」
エリスは俺に抱きつきながら、これで切っても切れない関係になってしまったと言う。
よしっ、もう一度トワイライトヒーリングを! といきたいところだが、これ以上のステータスダウンはまずい。それに、エリスがまたライブラの手に落ちるのも困る。
結局は、このままにしておくしかなかった。
ロキシーにどう説明するればいいのだろうか。戦場の真っ只中だというのに、違う意味で頭が痛い!
「フェイト、ボクに絶対服従の命令ができるよ。どうする? あんなことや、こんなことができるよ」
エリスはやたらとセクシーなポーズをきめてみせる。
もう一度言おう。ここは戦場ですよ。
「まったく……なら命令する」
「ドキドキ」
「もう命をかけるような無茶をしないでくれよ」
「……ガーン」
「おいっ!」
なんで、わざとらしくショックを受けているんだよ。
エリスはこういう人だ。飄々としているくせに、平気で無茶をしてしまう。彼女にはこれくらいの命令が丁度いい。
携えられたエンヴィーも、俺と同じことを言っているように思えた。
「さてと」
騒がしく、賑やかな場所から、あまりにも静まり返った外を眺める。建物の隙間から見える上空には、未だにキューブたちが不気味に浮かんでいた。
しかし、様相が先程までとは違う。黒い面から放電のような光を放って出ており、各キューブがつながりを持って動き出す。それは、彼の地への扉が今まさに開こうとしていた。
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