第201話 本当の自分

 暴食スキルの世界。


 ここは、ルナが守っていてくれた白い空間とは違って、俺の精神を蝕むような圧迫感があった。それも初めだけで、慣れというものなのだろうか。


 見渡せば、マグマのように真っ赤に染まり、おどろおどろしいところなのに……心のどこかが少しずつ落ち着いて来ている感じがした。


 思い違いならいいのだけど、俺はゆっくりとこの世界に馴染んで、一つになろうとしているのかも……。


『何をしている! 次が来るよ』


 エンヴィーの声によって、その感覚から引き戻される。魔人ケイロスと戦っている最中だというのに、


「くそっ」


 集中しきれない自分に苛立ちを覚えてしまう。


『様子がおかしいね。僕としては戦いに集中してほしいのだけど』

「わかっている」


 魔人ケイロスと戦えば戦うほどに、意識がこの世界――暴食スキルに引っ張られる。俺が意識的にしていることではない。


 無理やりそうなるように仕向けられていると言ったほうがいい。


 エンヴィーが俺の体を操ってくれていなければ、とっくにやられている。

 本来の調子が出せない俺にエンヴィーも苛立っているようだった。


『こんな場所で君と一緒にご臨終するのはごめんだね。早くエリスのところへ戻らないといけないからね』


 エンヴィーは元の世界で大変なことになっていると言っていた。それは、倒した機天使たちや聖獣よりも危険な存在らしい。聞くと俺が戦いに集中できなくなるというが、それは一体……どのような敵なのか?


 魔人ケイロスから放たれたブラッディターミガンをなんとか迎撃する爆音の中、エンヴィーは静かに口を開く。


『君に殺されてしまう』

「なっ!?」


 そんなわけがない……はずはなかった。


 意識が暴食スキルの世界、あっちの世界にある体はどうなっている? ルナがいてくれたときは安全な真っ白な世界で守れていて、体は眠ったままだった。


 今回は状況が全く違う。体はしっかりと起きていて、目覚めたままだ。


『帝都の機能が本起動したのは間違いない。防衛システムの稼働率は、上がっている。戦いは苛烈さを増している。だけど、それ以上に君という存在が皆の命を危険にさらしてしまっている』

「まさか……あっちの俺は……」

『暴走している。言ったはずさ。僕たちはこの場所にいることの方がまずいってね』


 飢餓状態になって、誰彼構わずに魂を食らうだけの化物。

 ずっと恐れてきた存在へ成り果ててしまっているようだ。


『君が聖獣を倒してから化物になってしまい。もう彼の地への扉どころじゃなくなってね。おまけに帝都まで目覚めてしまう始末』


 エリスのことを心配しているくせに、エンヴィーは面白そうに言ってみせる。

 それとは裏腹に魔人ケイロスの攻撃は激しさを増し、楽しんでいるどころではない。


『エリスが化物の中に、君を感じてね。一縷の望みをかけて、ここへ僕を送ったわけさ。』

「今、彼女は」

『……たった一人で戦っている』


 エリスは支援系を得意としている。そんな彼女が、化物となった俺と対等な戦いができているとは思えない。


「ロキシーやマインは?」

『僕が知る限りでは、合流できていないね』


 持ちこたえられているのか……エリス。


 ライブラに操られているとはいえ、共闘した中で彼女から抗おうという心を感じ取れた。おそらく、今もなおそれらと戦っているはず。

 加えて俺のことまで。


 普段は歯に衣着せぬ物言いをするくせに、大事なことは誰にも言い出せずに抱えてしまう人だ。


「自分のことで一杯一杯なのに、俺のことまで」


 テトラの街で彼女の力になると言ったのに、今だに頼ってばかりだな。


『君はどうするんだい? 進むのかい? 立ち止まるのかい?』

「決まっているだろ」

『そうでなくては、僕がここに来た意味がなくなってしまうからね』


 飛んでくるブラッディターミガンを叩き斬る。魔人ケイロスは手を休めることなく、奥義を連射してくるが俺に引くという考えはない。


 斬り伏せるたびに、得体の知れないものが俺に流れ込んできた。そのたびに自分の足りなかったもの――欠けていたものが噛み合い始めているのを感じた。

 それに対してもう恐れはない。


 力が増していく。この世界と、一つになるような感覚がより強くなっていく。


 魔人ケイロスは、黒弓から黒籠手へと変化させる。


 攻防一体の武器。黒籠手の指先から放たれる黒い糸は、両断不可の強度を有している。更に、数え切れないほどの分裂を繰り返す黒糸は、まるで使用者を守る盾のようにも見える。


 俺も扱っているから、その強力さはよく理解していた。

 下手に距離をとってしまうと、ひたすらに攻撃を受け続けてしまい、加えて次第に張り巡らされていく黒糸が蜘蛛の巣のように獲物を捉えようとしてくる。


『フェイト!』

「いくぞ、エンヴィー!」


 黒糸が増える前に、俺たちの逃げ場が無くなる前に、進むのみ。

 黒籠手の使用者――魔人ケイロスの懐へ。


 波打ちながら、接近してくる黒糸を、黒銃剣で弾く。その先にある幾重にも漂う黒糸へ向けて発砲。

 大きく弾かれる黒糸たち。この攻防の中でも俺は力を増していくのを感じた。


 後少しで魔人ケイロスの元へいける。それは、向こう側もわかっている。

 魔人ケイロスは耳を劈くほどの咆哮を上げる。途端に黒糸が黄金色の輝きを放ち始めた。


『これは……非常に、まずいよ』

「それでも、いく」


 引けない。ここで第五位階の奥義――ディメンションデストラクションを完全に展開されてしまえば、俺たちには為す術もない。


 まだ、いけるはずだ。道はあるはずだ。

 暴食スキルの世界を切り裂きながら、俺へ接近してくる黒糸たち。応戦するために黒銃剣からカタストロフィレインを放つが、多勢に無勢。黒糸の方が圧倒的に多く、今だに増殖を繰り返していた。


【こっちだ】


 俺の中から声が聞こえた。その声が指し示す方向に駆け込むと、魔人ケイロスへの道が現れた。

 俺は一心不乱に走り出す。この道も次第に黒糸に侵食されつつあった。


【駆け抜けろ】


 懐かしい声だ。聞かなくなってからそれほど時が経っていないはずなのに、ずっと昔に感じてしまう。


 その声に導かれるように俺の足は動き出す。


 魔人ケイロスまで一気に駆け込む。この至近距離なら、黒糸はうまく扱えないはずだ。あまりにも強力過ぎる位階武器であるため、微細なコントロールが非常に難しい。

 これほど近づいてしまえば、使用者自身も刻み込みかねない。


 再び声を上げた魔人ケイロスは奥義をキャンセルして黒籠手から、黒盾に変えてみせる。発動させようとした奥義を取りやめただと!?


 そんなことができるのか! しかも続けて違う奥義へと繋げてみせた。やはりあの武器を扱う熟練度では俺よりも上のようだ。


 第三位階の奥義――リフレクションフォートレス。黒盾で受けた相手の攻撃を何倍にもして跳ね返す。


 それでもっ。俺は黒銃剣を下段に構える。


【叩き飛ばせ】


 また声が聞こえた。俺はよく知っている。いつも偉そうにしているが、ここぞという時に頼れるやつ。


【今のお前ならできる……そうだろ、フェイト】


 いつもそうだ。この言葉を聞くと、力がみなぎってくる。言われなくても……やってやるさ。


「うおおおおぉぉおおぉぉぉっ」


 魔人ケイロスを遮る黒盾に向けて、全力の斬撃を叩き込む。

 たとえ、鉄壁の守りだったとしても、押し切ってやる。グリードの使い手は、俺だけだ。


 ぶつかり合う反動は想像を絶するもので、衝撃波だけで俺の体のいたるところを切り刻むほどだ。俺の持てる全てをここに。


 反射で跳ね返ってくる力を絡めて、黒盾へ更にぶつける。


「届いているぞ、お前の声が! 帰ってこい、グリード」


 リフレクションフォートレスを押し込んで、弾き飛ばす。

 俺たちを中心に地響きを起こしながら、暴食スキルの世界を大きく揺らした。


 上空には、魔人ケイロスの手から離れた黒盾が高々と舞っていた。

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