第200話 黒剣士ケイロス

 灼熱の地獄のような世界は静まり返っていた。亡者たちは遠くの方で息を潜めて、俺たちに近づく様子はない。


「ケイロスさん」

「俺たちの仲だ。さん付けはいらない。それよりも」


 ケイロスは黒剣の先を俺に向ける。


「手放すなと言ったはずだが?」

「それは……」


 彼はグリードのことで、少しだけ怒っているように見えた。当たり前の話だ。俺はケイロスから黒剣グリードを託されたはずなのに……。


 それを守ることができなかった。


「まったく、手がかかるな。お前たちは」


 呆れた顔をした後、ケイロスはゆっくりと黒剣を構えた。


「二回目だ。今回は簡単には渡せないな。欲しかったら、俺から奪ってみろ」

「戦えってことですか?」


 彼はにっこりと笑った。しかし、その瞳は俺をまっすぐに見据えており、本気だ。


「この世界の流儀だ。お前が一番わかっているはずだ」

「どうしても……ですか?」

「この世界に暴食スキル保持者は、二人もいらない。ならば、どちらが本物なのか、雌雄を決しないとな」


 話しながらケイロスは俺に向かって飛び込んできた。大きく振り上げた黒剣が、青い残影を描く。


「グリードもそれを望んでいる」


 甲高い金属音が響き渡る。それは波紋のように、真っ赤な世界に広がっていった。

 なんとか……黒銃剣で受け止めたが、ケイロスの言葉に集中できない。


「グリードも?」

「そうだ。暴食スキルと同じように、黒剣の使い手も二人もいらない」

「はっきりとするべきだと」

「どっちつかずな中途半端が一番良くないってことだ」


 ぶつかり合う黒剣と黒銃剣。火花を散らしながら、拮抗していたが、次第に黒剣が力を増してくる。


 これは……ケイロスが言うように、グリードも……。

 そのまま黒銃剣を押し払い、ケイロスは声を荒げる。


「俺とグリードは本気でいく。さあ、超えてみろ!」


 笑顔はとっくに消えていた。代わりに体を貫くほどの殺気が放たれている。


 おそらく彼の言う本気は、この戦いでの敗者は死を意味している。精神体での死……それは存在の消滅。それほどまでのことを覚悟して、彼は俺に剣を向けている。

 ケイロスの目を見て、そう感じざるを得なかった。


「やるじゃないか。いいぞ、フェイト」


 自然と体が動いていた。黒銃剣が襲い来る黒剣を弾き返す。


 今まで戦ってきた経験が体に染み付いており、精神体になっても活かされているんだ。それに、この世界でルナやグリードに鍛錬されたことも、俺の力になっている。


「良い目だ。大罪スキル保持者らしい、真っ赤な目だ。より赤く輝く」

「ケイロス!」


 振るう黒銃剣、それ成す身のこなしが軽くなっていく。不思議な感覚だ。これほどおどろおどろしい世界なのにどうでもよくなり、意識は戦いのみを望んでいるかのようだ。


 そして段々と、自分がこの世界に同化していくような……。だからか、この世界で起ころうとしていることを――ケイロスの攻撃がなぜか先読みできてしまうのだ。


 目でも追えないほどの連撃を、苦もなく受け流せてしまう。


「馴染んできているな。やはり、俺とは違うようだ」

「それはどういうことですか?」


 再び鍔迫り合いをしながら、互いの力をこれでもかというほどぶつけ合う。


「お前は本当の自分を……知らなすぎる」

「本当の自分?」

「ここへ落ちたのに、自我を保っていられる」

「それは、あなただって」


 剣戟を躱し、躱されながら、戦いは平行線。黒銃剣から放たれている無数の斬撃も、ケイロスとっては容易い攻撃のようだ。


 まだ、彼は黒剣の姿のみで戦っている。形状を変化させるまでもないというのか。


「わかっていないようだ。俺やラーファルが、このような場所で自分のままでいられる理由は、フェイト……お前のおかげなのさ」

「そんなことは」

「グリードから聞いているだろ。俺は暴食スキルに飲み込まれてしまった。それは何を意味するのか、お前が一番よくわかっているはずだ」

「俺が……」

「ラーファルも似たようなものだ。崩壊現象で自我を失ったはずだ。しかし、喰われた先で元の自分に戻れている。そんなことは自力ではできない。ならば、誰がやった?」


 喰らった暴食スキルだ。

 俺ではないはずだ。それなのに、なぜケイロスは俺だという?


「この世界を作り出している暴食スキルか? 違うな。これとは別の力が影響している」


 息を呑む俺にケイロスは続ける。


「お前だ。フェイト。お前しかいない。そう願ったから、俺たちは、独立した存在として自我を取り戻せた」


 そうなのか? ラーファルは崩壊現象で人成らざる者となった。倒す……喰らう際に、俺がこれから成すことを見届けてくれと思った。


 なら、ケイロスはどうだ? 


 過去に囚われているマインを救うために、助力がほしいと願ったから、暴食スキルの中で眠っていたケイロスを呼び起こしてしまったのか?

 彼にそう言われてしまえば、たしかに心当たりがあった。


「しかし、いろいろと限界が来ている。お前も俺もな。仮初めで元に戻ろうと、いずれは……」

「あなたは何を?」

「俺を使って、自分を知れ。本当のお前をな」


 ケイロスはニヤリと笑って、俺を弾き飛ばす。


「なっ……」


 彼の姿に異変が起こった。崩壊現象に似たような――人から魔物化したような――頭から鋭い角が伸びていく。その二本は羊の角のようにとぐろを巻き、先を俺へ向けて威嚇する。


「フェイト、これがお前が恐れていたものだ。暴食スキルに喰われて……自我を失い……ただ喰らうことしかできない破滅の……ソン……ザ……イ……」

「ケイロスっ!」


 近づこうとする俺を、エンヴィーが止めた。


『やめておけ。ああなってしまったら、倒すしかない。それとも君にはケイロスが言ったように、元の姿に戻せる力があるのかい?』

「それは……」


 なかった。ケイロスは俺を買いかぶり過ぎている。

 それができるということは、暴食スキルを掌握できることに等しい。この場所へ落ちることもなかったはずだ。


 俺は昔から、このスキルに振り回されている。今だってそうだ。


 そのはずなのに……ケイロスは違うと言う。彼は自分を使って、本当の俺を知れと言うが、【本当】ってなんだ?


 俺はディーン・グラファイトの息子で、聖獣人と人間の間に生まれた存在だったはず。そして、数多あるスキルの中から暴食という禍々しい大罪スキルを得てしまった。


 俺の知らない暴食スキルとの関係性? 偶然に得たようなものにこれ以上に何があるというんだ。


『来るよ。構えるんだ、フェイト』

「くっ」


 ゆっくりと思考している暇はない。変身を終えたケイロスが黒剣を振り回しながら接近してくる。その姿は、魔人とでも言うべきか。強大な魔力が集約して人の形を成しているように見えた。


 あれを生き物と言い表していいものかとさえ思えてくる。


「今なら思えるよ。天竜と戦ったとき……ああ成らなくて本当に良かったって」

『たしかに』

「他人ごとみたいに言うな! あのときお前がほぼ原因だったんだぞ」

『あははっ』


 笑って誤魔化すな! 元の世界に戻ったら、エリスにしっかりと言い聞かせてもらおう。

 でも、武器としては頼りになる。


 魔人ケイロスが視界から消えた次の瞬間!

 黒剣を俺の首元へ振るっていた。


 それを認識するよりも、早く黒銃剣が防ぐ。

 火花を散らしながら、二本の剣は距離をとった。


『大分この世界に慣れてきた。君の右手を少しだけ借りたよ』

「エンヴィー……お前」

『僕は使用者の体を操るのが得意なんだ。知っているだろ。ついでに言うと精神も乗っ取るのも大得意だよ』

「いらない情報をありがとう。戦いに協力してくれるのはありがたいが、精神世界で精神を乗っ取るのはやめてくれ。そんなことされたら、おそらく……」

『死ぬね』

「このぉ……こんなときに」

『冗談だよ。君一人では荷が重い相手だ。嫌々だけど君と共闘してあげるよ。感謝したまえ』


 目に追えない攻撃が襲い来る。それをエンヴィーが俺の体を操って反応してくれる。


 まだ、防御に手一杯で反撃に踏み込めない。魔人ケイロスの攻撃精度が高過ぎるのだ。無造作な攻撃ではない。


 一撃一撃が即死級だ。あれで自我を失っているのかと疑いたくなる。

 剣戟が通用しないとわかると魔人ケイロスは、黒剣を変化させ始めた。


「そこまで使えるのか!?」

『これは……まずいね』


 黒弓だ。それも奥義を放とうとしている。


「させるかっ」


 俺もすぐさま、黒銃剣を魔人ケイロスへ向けて、引き金を引く。

 それと同時に、植物のように成長して禍々しい姿となった黒弓から、黒い稲妻が解き放たれた。


 ぶつかり合う、カタストロフィレインとブラッディターミガン。

 いくつもの赤い銃弾が、枝分かれした黒い稲妻と当たっては対消滅していく。そのたびに、自分の中に得体の知れない……何かが流れ込んでくるのを感じた。


 このまま、魔人となってしまったケイロスと戦い続けていいのか? その先にあるものは、いつだって一つしかないことを俺たちは知っている。


 負けたほうが喰われるということ。


 だって、俺たちは暴食スキルの使い手だから、その本質からは逃れられない。

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