第199話 深淵の待ち人
群がる亡者たちを振り払い。時には斬り伏せる。
『きりが無い』
「まったくさ」
『人気者は辛いね』
「……人気者か……それって」
エンヴィーが俺をからかうように言ったことをきっかけとして、疑問が湧いてくる。
どうして、亡者たちは俺に集まってくるんだ?
先を行くラーファルには目すら向けないのに、亡者たちは俺しか見えていないかのようだった。
俺がまだ死んでいない存在――暴食スキルに食われていないから?
それとも、暴食スキル保持者だからか?
この世界から開放されようと俺に助けを求めているとでもいうのか……。
『どうしたんだい? また考え事かい?』
「亡者たちのことを考えていた。お前はどう思う?」
『僕には知る由もない。君の方こそ、何か感じるものがあるのでは』
「それは……」
エンヴィーは鼻で笑いながら、続ける。
『僕は君がここへ来ると同時に、暴食スキルに飲まれると思っていた』
「……」
『なぜなら、ここは暴食スキルの深淵。最も影響を受ける場所だからさ』
「たしかに俺もそう思っていた。だけど……」
今まで暴食スキルに抗って、苦しんできたはずだ。それなのに、遠くにいるよりも近づいていた方が……。
『君はとても安定しているように見える』
「考えたくはないけど、エンヴィーの言う通りかもしれない」
『もしかして、君は暴食スキルの制御に成功していたのかい?』
「そんなわけない。俺の偽物が上の世界で襲ってきただろ」
あの偽フェイトは、暴食スキルの化身のような存在だろう。まさか……あれを退けたから、ここの場所に来ても自我を保っていられるのか?
違うような気がする。偽フェイトを倒したわけではない。どこかへ逃げてしまったのだ。あの状況で、現状を結びつけるのは安易な気がする。
「それにあの戦いにはまだ決着が付いていないんだ」
『推測を重ねたところで、僕たちには情報が足らなさ過ぎる。それに現状すらも把握できていないときた』
「大人しく、ラーファルに付いていくしかないか」
『亡者たちは道を譲るつもりはなさそうだ。やっぱり、君は人気者だね』
「代わってもらえるのなら、代わってもらいたいな」
『ごめんだね』
こんな人気者はまっぴらごめんだ。
そう思いつつ、一体の亡者を斬り付けた。
「えっ!?」
なんだ……これは!
稲妻のように頭の中を、他人の記憶が駆け抜けていった。
碌な物ではない。人を殺め続けて、最後は暴食スキル保持者に喰われた男の記憶。
その男は、俺が初めて殺した相手。王都のお城へ忍び込んだ賊だった。
嫌悪感しかない記憶だ。だが、自分の中に勝手に居座ってしまう。
「嫌な気分だ」
『どうしたんだい?』
「何でもない」
必ずという現象ではなかった。しかし、時折それは起こった。
自分の知らない者たちの記憶すらも流れ込んでくる。これはおそらく、暴食スキル保持の前任者であるケイロスが喰らった者たちだろう。
流れ込んでは俺の中に居続ける。そして俺の一部になろうとする。
『どうも様子がおかしい。これ以上は先に進まないほうがいい』
「それはできない」
ラーファルは俺よりもずっと先に進んでいる。このままでは置いていかれるだろう。
「あいつは待つつもりはない。それにこの先にいかないといけない気がするんだ」
『……君は変わらないね』
走り出す俺の目の前に、亡者たちを跳ね除けて魔物が現れた。これは……劣化はしているが古の魔物だ。
帝都へ辿り着く前に、たくさん倒した中の一匹だろう。
上半身が人間の姿をしており、下半身は蛇のように見える。影のように真っ黒になってしまっているが、ラーミアと呼ばれる魔物だった。
『これは大物だ』
喰らったのは人間よりも魔物の方が多いはずだ。ケイロスはどうだったのかは知らないけど、少なくとも俺は魔物の比率は圧倒的に多い。
「……目の錯覚だったのか」
あの魔物は亡者が膨れ上がって、形を成したように見えた。
どういうことだ? 人間が暴食スキルに喰われると亡者になると勝手に思っていた。
でも、あれが本当なら俺の思い違いなのかもしれない。
「どうやら、見間違いじゃなかった」
亡者たちが次々と形を変えていく。どれも見覚えのある魔物の姿をしている。そして、すべてが黒く塗りつぶされていた。
「亡者は魔物でもあるのか!?」
『君は何も知らないようだね。それとも、目を背けていたのかな』
エンヴィーが言いたいことはわかる。
暴食スキルが発動するのは、人間を殺したとき、または魔物を殺したときだけだ。
その他には発動しないのだ。例えば、動物には全く反応しない。
『スキル、ステータスを持っているのは、人間と魔物だけだ。それはなぜかを考えたことはあるかい』
「神から与えられた力だろ」
『そうさ。なら、魔物にも与える必要があったのか?』
「どうせ、お得意の大いなる試練だろ」
与えられたステータスを育てるために、スキルを用いて魔物を倒して、経験値(スフィア)を得てレベルアップする。
『それは答えになっていないよ。魔物を倒せば、経験値(スフィア)が得られる。人間を殺しても同じくね。なぜでしょうか?』
今も目の前の亡者たち――人の形をしたそれは、魔物へと変わっていく。それが意味するのは……。
「魔物は人間だったとでも言いたいのか?」
『ご明察』
わざとらしく俺を褒めてくるエンヴィー。たまらずに吐き捨てるように俺は言う。
「あれが人間!?」
『根っこの部分はそうさ。君も見てきたはずだ。Eの領域による崩壊現象。力に心の均衡が保たれなければ、身体にも影響が発生する。それはスキルも同じだったのさ』
「そんなことは聞いたことも見たこともないぞ」
『当たり前さ。今いる人間たちは選別された者たちだからね。スキルとうまく適合できなかった者は魔物落ちしたのさ。そして、何千年という時が流れて、別の種と見えるほどになってしまった』
生まれ持った心の強度によって得られるスキルが違うという。つまり持たざる者たちが、弱いスキルを持っているのは理由があり、運ではないようだ。
もし身の丈に合わないスキルを持ってしまえば、たちまちに魔物化してしまう。それが今、俺の目の前にいる者たちだとエンヴィーは言うのだ。
『グリードも人が悪いな。本当のことは教えていなかったなんてね』
彼は口が悪いけど、そういうことには気を使ってくれる。俺のことを思って、真実を伏せてくれていたのだろう。
「あいつらしいよ」
『どうする? 罪悪感で戦えないかい?』
「いや、昔から疑問だったことが晴れてよかった」
ずっと不自然だったんだ。
魔物は人間を目の敵のように、襲うのか。そして、食べるのか。
恨んでいたのかもしれない。
その因子を残しながら、人間との生存競争を行ってきたのだろう。
襲い来る魔物は、亡者とは違っていた。いくら斬り伏せても、記憶が流れ込んで来ないのだ。
「魔物という別の種だ。魂の段階で、人間と違っている」
『君がそういうのなら、本当なのだろうさ』
エンヴィーはどこか寂しげだった。過去に何かがあったのかもしれない。聞いても、教えてはくれないだろう。
俺はラーファルを追いかけながら、一心不乱に魔物たちを倒していく。
横たわる魔物は数を増していき、足元は山のように膨れ上がる。だが、しばらくして黒い液体になって地面に染み込んでいった。
どれほど時間が経ったのだろうか。歩いてきた道のりを振り返れば、黒い線が彼方まで続いた。
魔物は居なくなり、亡者の姿も見当たらない。
燃えるように真っ赤な世界で、ラーファルと俺だけ。喧騒に満ちていたのに、今は静まり返っている。
先を行くラーファルは、突然に背を向けたまま立ち止まった。
「ここが、暴食スキルの中心だ」
「ラーファル……」
「時間だ。お前には、一つだけ礼を言っておく。メミルの件は感謝している」
ラーファルは一方的に言って、振り返った。
「……お前が次に父親と対峙したとき、どうするのか……見物だ」
「どういうことだ?」
俺の問いかけにラーファルは答えることはなかった。
もう、その姿は彼でない。
人を惑わしそうな紫色の瞳。健康そうな褐色の肌に、唇の隙間から覗く白い歯が映える。
そして、もっとも印象的な燃えるような赤い髪をなびかせて、俺に明るく笑ってみせた。
「やあ、フェイト。久しぶり。こんな場所で会えるとは奇遇だな。いや、待っていた」
手には黒剣グリードが握られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます