第198話 亡者の叫び

 精神世界なのにむせ返るほどの暑さを感じるなんて……変な気分だ。

 マグマのように燃えるような世界の色が、そうさせてくるのだろうか。それとも、俺たちに襲い来る亡者共の熱気が駆り立ててくるのかもしれない。


『ビビっているのかい?』

「お前こそ」

『僕は楽しんでいるよ。ここが暴食スキルの世界とはね』


 悍ましい……。この言葉がこれほど似合う場所はないだろう。

 報われることも、逃げることもできない苦痛に満ち溢れた世界。


 この暑さに魂がゆっくりと熱されて、焦がされていくように感じる。そして残ったものが、ここに蠢く亡者たちだ。


 生き物としての心を無くし、ひたすらに俺に襲いかかろうとしている。

 それを黒銃剣で斬り倒す。


『きりが無いね』

「斬っても無駄か……」

『元々死んでいるからね。あれは全てで一つの存在となっているように感じる』

「つまり……」

『一体、二体倒したところで、いくらでも再生する。倒す方法があるとしたら』

「暴食スキルの世界ごと、消し去るしかない」

『ご明察。そんなことはできないだろうけどね』


 推測が正しいのなら、この目に見える亡者たちは暴食スキルの一部に過ぎないということだ。

 しかも末端の存在。斬っても斬っても、起き上がり襲いかかろうとしてくる。


『阿鼻叫喚……か』

「それって……」


 エンヴィーの言葉が気になった。確かに、亡者の何体かは涙を流しているようにも見えたからだ。


『苦しいのか、それとも……まあ、僕の知ったことではない。フェイト、準備はいいかい?』

「何をだ?」


 群がってくる亡者に気を取られていたため、エンヴィーの言っていることがわからなかった。しかし、そいつが亡者たちを薙ぎ払いながら、近づいてきていた。


 因縁。俺が王都で殺した初めての聖騎士。それによって得たスキルで、俺はアーロンの養子となり、代わりに聖騎士となった。

 俺はあいつのすべてを奪った。スキルもステータスも……魂すらも。


 そして、再び王都に戻ったときに、魂の抜け殻になってもナイトウォーカーとして蘇り、俺への憎しみをぶつけてきた。


 暴食スキルに喰われた魂もまた同じようだ。憎しみが暴食スキルの一部となることを拒み続けて、静かに俺がここへやってくるのを待っていたみたいだ。


「本当に……諦めの悪いやつだよ。お前は……」


 いい加減に終わりにしよう。それは……俺の都合だ。

 だけど、ここでも押し通させてもらう。俺はお前のために死んでやることはできそうにない。


「ハド・ブレリック!」

「フェイトオオオオォォッ!!」


 人の形はしていなかった。ナイトウォーカーだったころの方がまだ良かったと言えるほど醜く姿は歪み、体からは悪臭をたれ流しながら、丸太のように太い腕を俺へ振り下ろしてきた。


 飛び散る異臭。俺は後ろに飛び退き躱したが、それを浴びた亡者たちが藻掻き苦しむ。

 ドロドロに溶かされて液体になってしまう。それはハドの足元に集まって吸い上げられた。


「喰ったのか!?」

『みたいだね。これはもしかして、暴食スキルの力の一部を得ているのか、それとも真似事かもね』


 ハドは更に醜く成長していた。


「フェ……フェイト……お前を……喰ってやる。僕を……返せぇっ」


 支離滅裂な攻撃が駆け抜けていく。


 そのたびに亡者たちが喰われていく。膨れ上がる憎悪が今にもはち切れそうに、ハドの体を大きく大きくしている。俺の名を呼ぶ声もいつの間にか無くなり、亡者たちと同じ呻きとなってしまっていた。


『こうなってしまえば、無残なものだね。どうする?』

「それは……」


 俺は振り上げた黒銃剣を……。手に力を込める。


 ハドは今も亡者たちを取り込んでいる。もう俺を認識すらできないようだ。次第にそれは大きな肉塊となっていった。そして、黒銃剣を力なく下げた頃には、ものを言うこともなくなった。


『暴食スキルの力をうまく扱えなかったようだね。肉塊となって喰われる側になったというわけかな。喰うかい?』

「やめてくれ。これで本当にさよならだ……ハド・ブレリック」


 今度こそ、ハドとの関わりは無くなるだろう。この場所で永遠に眠ることになるハドをしばらく眺めていると、またしても聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。


 それは肉塊の後ろからだった。


 紫色の髪……ハドとメミルと同じ色。ブレリック家の長男にして、王都の滅亡……スキル至上主義の崩壊を願った男――ラーファル・ブレリックがゆっくりと俺の前に現れた。


「やあ、奇遇じゃないか。このような場所へお前が来るなんてな」

「ラーファル……」


 聖騎士の服を着ており、その姿は人間。シンの力によって、変質したアンデッド・アークデーモンではなかった。


 ラーファルはハドの肉塊を蹴りながら、呆れた顔で言う。


「まったくハドは最後の最後まで……。お前に夢中で、お前のことを恋い焦がれるほどさ。人気者だな」

「お前はどうなんだ」

「俺が? 気持ち悪いことを言うな」


 俺は警戒をしながら黒銃剣をラーファルに向けるが、


「戦い? 俺とお前が? なぜ戦わないといけない?」

「それは俺がお前を殺したから……」

「違うな。俺はシンによってあの時既に乗っ取られて……死んでいた。それをお前が喰らっただけだ」

「……」

「どちらにせよ。戦いは決した。まあ、結果として俺はここに閉じ込められたままとなったわけだ。そのことに関しては……」


 ラーファルはニヤリと笑ってくる。

 それに合わせて黒銃剣を握る手を強める。しかし、やつに動きはなかった。


「楽しませてもらっているさ」

「は!?」

「バカのような顔をしているぞ」

「うるせっ」


 こんな地獄のような場所で楽しんでいるだって!? お前こそ、

どうかしているんじゃないのか? 


「ここは大昔に暴食スキルによって喰われた者たちの魂が集まった場所。そして、その者たちの得た知識もここにある」

「知識?」

「そうさ。俺は元々古代の研究が好きだったのさ。だが生まれた家の都合で無理やり聖騎士にさせられたわけだ」


 だからか……ラーファルは聖騎士となったあとも古代の研究を裏で続けて、太古の地層に眠っていたシンを見つけてしまったようだ。


「ここでは俺の自由に生きれる。少々うるさいが」


 亡者たちの雄叫びと、魂を焼くような暑さが少々!?


「変わり者だな」

「お互い様だ。俺から見れば、お前は相当に変わっている。自分が何者なのかすら知らず」

「何を言っている?」

「これだ……呆れたな。そんなことだから、ロキシー・ハートすらものにできないでいる」

「なっ!」

「こんな奴に負けたのかと思うと……自分が情けなくなる」

「それとこれとは別の話だろっ!」


 なんで、ここでロキシーの話が出てくるんだよ。

 はっ!? まさか……こいつ。


「盗み見ていたのか!?」

「やっとわかったのか。ある人のすすめで、面白いものが見れるというから、覗いているだけだ。毎回、笑い転げさせてもらっている。ここには娯楽がないからな」

「娯楽扱いするな」


 ん? 先程、ある人って言っていなかったか?

 俺が訝しむようにラーファルを顔を見ると、奴は遠くを向いて言う。


「彼は、俺の恩人さ。そして、お前に会いたがっている」

「誰だ?」

「すぐにわかる。そのために俺が来た。このままではお前はいつまで経っても、彼のもとへ辿り着けそうもないからな。彼の願いだ。たとえ、大嫌いなお前のことでも無下にはできない」


 ラーファルは一方的に言って、亡者たちの中を歩き出した。

 亡者たちは奴を気にする素振りはない。仲間だからか?


 比べて後を追う俺には、しっかりと襲いかかってくる。


「遅いぞ、早くしろ」

「この状態を見ろ。目を背けるな!」

「うるさい。黙って付いて来い。置いていくぞ、このバカが」

「この……」


 ちょっとは性格が丸くなったと思っていたが、前言撤回。

 やっぱりラーファルはムカつく奴だ。

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