第196話 偽フェイト
黒銃剣と黒大剣が互いを拒絶するかのように火花を散らす。
偽フェイトの動きは、不思議と予想できる。そして、俺の動きもまた同じだった。
『さっさと僕を使いこなさないと死ぬよ』
「……」
エンヴィーの憎まれ口すらも、気にならなくなっていた。
なぜだろうか……俺は偽フェイトとの戦いを楽しみかけている? 戦うべき仇敵をやっと見つけたような感覚と言えばいいのだろうか。
それもまた偽フェイトも同じだったようだ。
憎悪に満ちた表情の中で、僅かに笑みが溢れている。
剣戟の一つ一つから、俺と戦えることに心からの喜びをぶつけてくる。とにかく、一撃が重いのだ。
精神世界は、レベル・ステータス・スキルという現実世界の力だけが反映されるものではない。グリードやルナが俺に教えてくれたこと……ここでは肉体はなく、そこに宿る心の強さ――心力が試される世界。
現実世界では肉体があるゆえに勘違いしがちだ。レベル・ステータス・スキルが宿るのは肉体ではなく、心にあるということだ。
暴食スキルに対して更なる耐久を得るために、グリードやルナが精神世界で俺の心力を鍛えようとしてくれていた。その期待にどれほど応えられたかはわからないけど……こいつだけには……偽物だけには負けられない。
ぶつかり合っていた黒大剣を押し返して、銃口を向ける。
『これは……何が起こっている!?』
エンヴィーが驚きの声を上げているが、構ってやる暇はない。黒銃剣の形状が変化していく。
俺には、支援特化の黒銃剣は性に合わない。俺の心にあったものでなくては、全力で戦えない。
そして、ここは俺の精神世界だ。なら、できるはずだ。
「俺が持つべき形へ……」
『ありえない。僕はグリードのような能力は備わってないのに……』
「変われ」
支援系など不要。ひたすらに攻撃力を追い求めた特化仕様。
黒銃剣エンヴィーは、刺々しい好戦的なフォルムへと変貌していく。
より射撃力を求めるため、銃口は大きく。より斬撃力を高めるために剣身は長く鋭く。
両手でやっと持てるくらいの大ぶり。偽フェイトが持つ黒大剣と同じくらいの大きさ。
重さもずっしりとした。これで押し負けることはない。
「どうした? 自分のことなのに驚いて?」
『君という人は……これだから暴食は…………いや、これは本当に暴食スキルだけの力なのか……』
「来るぞ」
『まあ、いいさ。今は君に乗せられてやるよ』
この新たな力にエンヴィーすら理解が追い付いてないようだった。しかし、俺にはこの武器の仕様が何故か理解できている。このフォルムにしたのが、俺だからか? それとも、他に理由があるのかもしれない。
エンヴィーではないが、目の前に迫る偽フェイトを倒してから考えればいいことだ。今は、戦いに集中するべきだ。
銃口を偽フェイトに向けたまま、頭の中に浮かんだ言葉を放った。
「カタストロフィレイン」
黒銃剣の各部が発光し始める。莫大なエネルギーを溜めているのを感じる。
そのチャージは一瞬で完了。ほぼノンタイムで俺は引き金を引く。
血のように赤い銃弾がいくつも放たれる。雨のような無数の攻撃だった。
黒銃剣は今まで一発しか打てない点の攻撃。それが、散弾のような面の攻撃だ。至近距離まで近づいていた偽フェイトに躱せる時間も間合いもない。
さすがの偽フェイトも顔を歪ませる。つまり虚を突けたらしい。
「偽物がっ!」
奴はその状態でも反応して黒大剣を盾のようにして、カタストロフィレインを凌ごうとする。
「ぐああああぁぁぁ」
所詮は急場を凌ごうとした盾。黒大剣が如何にも大振りだとしても、盾ではない。俺の銃弾を防ぐには足りない。
赤く輝く銃弾が偽フェイトの肩や腕……足などを撃ち抜いていく。
ダメージを与えるたびに、俺の力がみなぎってくる。防戦一方で奪われるのみだった俺にとって、これは嬉しい誤算だった。
「お前の力を喰らってやる」
「馬鹿な……なぜだ……偽物のくせに」
偽物、偽物とうるさいんだよ。
「お前の方こそ、偽物じゃないか!」
黒銃剣を大きく振るって遠心力を乗せる。それを偽フェイトへぶつけた。甲高い金属音と共に黒大剣が弾かれて、偽フェイトが大きく仰け反る。
「本物は俺だ。暴食スキルの中で眠っていろ」
続けざまに、斬り返す。
偽フェイトはバックステップで斬撃を避けてみせるが、
「があああぁぁっ」
躱したはずの攻撃は当たっていた。それも斬撃は一つだけのはず
だが、偽フェイトを複数回に渡って切り刻んでいた。
奴は何が起こっているのか、わからないようだった。先程まで、俺たちは繋がっており、互いの攻撃が手に取るように読めていた。
それが黒銃剣エンヴィーの形態変化を起点として、袂を分かったかのように、繋がりは失われたようだった。
偽フェイトにダメージを与えたことで、俺の強さが増していく。
「まだ……力が足りない。まだ……時間が足りない。あと少しだというのに……」
これ以上は不利だと察した偽フェイトは黒い塊となって、真っ白な地面に染み込み始めた。
その前に、斬り飛ばしてやる。
「なにっ!?」
足元の白い地面が揺らぎ出したのだ。偽フェイトの攻撃かと思って、攻撃をやめて距離を取る。
下だけではない。この真っ白な空間自体が揺れているのだ。
戦い倦ねている俺を尻目に、黒いシミは言葉を残して消えていく。
「扉が開かれた……時は来た。次はお前を……コロ……ス」
くっ! 逃げられたか。
偽フェイトが居なくなっても、揺れは止まらない。これは奴が起こしているのではなかったようだ。
それにしても、扉が開かれたとは……まさか!?
「エンヴィー、あっちの世界はどうなっているんだ?」
『君の予想通りさ。ジェミニを倒してから、状況は一変してしまったさ』
「なんで教えてくれなかった!?」
『伝えたら、心が乱れて、とても君はあれと戦えるとは思わなかったからね』
ぐうの音も出ない。ここは精神世界。心が乱れていては、偽フェイトに勝てなかっただろう。
『帝都が本格的に稼働し始めた。本来の機能を取り戻した。機天使や防衛システムなんて、まだまだ序の口ってことさ』
「みんなは無事なのか?」
『それは君が一番良くわかっているはず。それよりも、僕たちがいる場所の方がまずい』
真っ白な空間が歪みを起こして、崩壊寸前だった。ルナが残してくれた暴食スキルから守りの世界が無くなろうとしていた。
『本来あるべき、姿へと戻ろうとしているみたいだね』
「帰る方法は?」
『僕は知らない。君が知っているのかと思っていたけど……どうやら見当違いだったようだね』
白い地面が所々で砕けて、俺たちの居場所を削っていった。飛び石のようになった足場に次々と移動して、時間を稼ぐ。
「いつもなら、帰れたはずなのに」
『黒い世界が流れ込んでくる……まさに暗雲低迷だね』
「進むしかないのか」
俺は息を呑んだ。この下には行きたくないと本能が言っている。
そんな俺を見て、エンヴィーがケラケラと笑ってみせた。
『さすがの君にも怖いものがあったのか。これは驚きだね』
「当たり前だろっ!」
『暴食スキルの深淵か……まさかこの目で見られる時が来るなんて、長生きはして見るものだね』
「帰れないかもしれないのに呑気だな」
『僕は所詮、武器さ。結局は君次第。君は帰れるかわからない世界にこれから挑まなければならない。僕はただの傍観者さ』
「……傍観者」
その言葉は淋しげだった。同じ言葉を俺は聞いたことがある。
グリードが最後の力を振り絞って、消えていくときに言っていた――あの言葉と重なって感じられた。
大罪武器として、とてつもない力を持っていても、満たされないもの。それ以前に、彼らはそうなることを望んでいたのだろうか?
もし、望んでいなければ……と考えてしまえば、それはこれから飛び込む場所と同じような世界なのかもしれない。
『怖くなったのかい?』
「お前こそ」
『僕には、そういうものはないね。たとえ、亡者共が闊歩する世界がこの下に広がっていようとね。いる場所が違うだけで、大した問題ではない』
「……エリスが待つ場所へ帰ろう」
『それができたら、君を認めてやるよ』
エンヴィーがそう言い終わると、最後に残った足場が砕け散った。
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