第194話 第五位階の力
集中しろ……集中しろ。
ディメンションデストラクションによって、ジェミニを幾重にも切り刻もうとする。しかし、この力を持ってしても、確率変動によって回避されていた。
「よしっ。エリス、本当にいいのか?」
「問題ありません」
「……わかった」
この奥義を放った1つ目の目的。
それは隔絶された空間にジェミニを閉じ込めることだ。やつには確率変動と空間跳躍というとても有能な回避能力が二つもある。
まずは空間跳躍を無効化する。
そして次の段階に移行だ。エリスが俺の肩に手を置くが、
「くっ……この……静かにしろっ」
張り巡らされた黒糸の中で、ジェミニが外へ出ようと暴れ出したのだ。
確率変動によって、黒糸の攻撃される未来を捻じ曲げているので、その反発はとてつもない。その衝撃が黒糸を通して指先から肩に伝わる。
黒籠手の隙間から血が滲み出して、地面を赤く染めていく。
「エリス、頼む!」
「はい……私に心を開いてください。私を受け入れて……」
目を閉じて、エリスの温かな魔力を感じた。それが俺へと流れ込んでくる。嫌な感覚はない。次第に混ざり合って、自分の魔力と同化していった。
「うまくいきました」
エリスの声と共に、目を開けると世界は今までと別物だった。その物の本質が目の中に飛び込んでくるようだった。
「これが魔眼を通した世界」
「未来視を最大限に使い、ジェミニの確率変動に干渉します。共有したその目で、生まれた歪を見極めてください」
上空にいるジェミニが二重に見える。これが、エリスが言っていた確率変動か。
当たる未来と、当たらない未来が確かに二つ存在している。そして、当たる未来が希薄な存在となり、残像としてジェミニに付き纏っていた。
「エリス……」
背後にいる彼女の魔力が増大していく。それに伴い、ジェミニの二つの未来に異変が起こる。
希薄だった未来が、色を帯び始めたのだ。
「フェイト様!」
この瞬間を逃さない。全方位から黒糸で同時にジェミニに向かって切り込んだ。
上空で大きな爆発が起こり、ガラスがけたたましく割れる音が響き渡った。その余波は激流となって吹き荒れ、ドーム型に張り巡らされた防衛システムを瓦解させるほどだった。
崩れ落ちていく輝く格子。爆発の煙で、ジェミニの様子は窺えない。
エリスは自分の目がまだ見えることに驚いていた。
「これは……まさか……」
彼女は後ろから前に回って、俺の瞳を覗き込む。
「なんてことをしたのですか」
「悪いな。エリスにだけ、負担をかけるわけにはいかない」
俺の左目はあまり見えなくなっていた。彼女の魔眼を共有した際に、負担を肩代わりできないかと試してみたのだ。
そのとき、俺の魔力も魔眼に流れ込んだことで、予想以上の力を発揮していた。ジェミニの確率変動をより邪魔できていたのは確かだ。
「結果的にうまくいったし。それに、まだ戦いは終わっていない。エリスの力が必要だ」
「……はい」
煙の中から姿を現したジェミニの中心部に大きなひび割れが刻み込まれていた。体内で動いていたはずの紋様も今は止まっている。
どうやら、未来は一つに収束したようだ。俺たちにも届く未来へ。最も厄介だったジェミニの守りが失われたことを、暴食スキルも感じ取っている。
俺に呼びかけている。聖獣を喰え、喰らい尽くせと、俺の耳元に這い寄り、囁き続ける。
「言われなくても、喰らってやる」
まだ、ディメンションデストラクションの力はまだ残っている。
黒糸によって、ジェミニを空間の牢獄に閉じ込めたままだ。空間跳躍で逃げられない。
「いけえええぇぇっ!!」
ジェミニは自身を守るように、大きな翼で体を包み込む。
俺は構わずに、黄金色のオーラを放つ黒糸を行使する。
ジェミニの翼が一枚、また一枚と切り裂かれていく。
追い詰められた……それは口がないというのに、高音を叫び始めた。
今更、命乞いか?
「もう、遅い!」
黒糸を竜巻のように回転させながら収束させて、ジェミニを押し潰す。
「千切れろ!!」
次はガラスが割れる音はしなかった。手応えがあった感じがするが……。
「やりましたか?」
「……いや、まだ」
無機質な声からステータス上昇などの知らせがない。
つまり、倒せていない。
逃げ場がないはずなのに……何をした!?
上空を見上げる。今も、黒糸が球状となってジェミニを取り囲んでいる。
黒糸から指先に伝わる感覚も変わっていた。そして、球状の黒糸の間から、液体が漏れ出していた。
「これは……もしかして。エリス、離れろ!」
「えっ」
卵の殻を破って中身が出てきたように、真下にいる俺たちに流れ落ちてきた。
間一髪、エリスと一緒に飛び退いて回避する。落ちてきたそれは集まり、スライムのような形態を成していく。
ロキシーたちが戦っている片割れだった。黒糸がまったく当たらないことからも、間違いなさそうだ。
それに暴食スキルが獲物を逃して喰い惜しそうにしていることからも、今まで戦っていたジェミニとは別物だろう。
転置したというのか? この力は空間跳躍のようなものではない。
二つで一つの聖獣だからか? 互いの位置を置き換えられるのかもしれない。
「フェイト様!?」
エリスは声を上げて、俺の名を呼んでいた。
なぜなら、ジェミニの片割れに向かって、一直線に走り始めていたからだ。
黒籠手から扱い慣れた黒剣へと変えて、しっかりと握りしめる。
俺は信じていた。いや確信していたといったほうがいい。
あれは攻撃の通用しない。逃げることしかできない聖獣だとしても、ロキシーやマインたちが対峙している方は違う。
確率変動という絶対の守りを失い、俺たちから逃げることしかできなかった聖獣だ。
そんなやつに彼女たちは遅れを取るはずがない。
後方から銃声。
エリスのエンチャント射撃によって、俺は加速する。
襲い来る触手を躱して、更に前に詰めていく。ジェミニの片割れもそれを予想していたのだろう。
足元から大量の触手を這わせてきた。それが俺を取り囲む。俺が先程やったディメンションデストラクションの真似ごとのように、逃げ場が一切ない攻撃だった。
見守っていたエリスもたまらず声を上げる。
俺へと収束していく触手たち。それでもスピードを緩めることはなかった。
精神統一スキル……発動。
一定時間、技系・魔法系スキルの威力を五倍に増大させる。滅びの砂漠ではまだ扱いに慣れていなかった。しかしマインとの鍛錬で今はものにしていた。
合わせて、その鍛錬で最も熟練度を上げた俺の剣技。
炎弾魔法を黒剣に流し込む。剣先から炎が溢れ出す。
触手が俺に触れようとした瞬間。視界から消え去った。
そして目の前に現れたのは、スライムのようなジェミニではなく、大きな卵のようなジェミニだった。
六枚の自慢の翼は一つもない。ロキシーたちによって残った翼を切り落とされたのだろう。特にマインの攻撃と思われるとてつもなく重たい一撃を受けており、卵の体が斜めに大きく割れていた。
逃げた先で、想像を超えた攻撃を受けたのだろう。ジェミニは悶えるように今も奇声をあげ続けている。
そして、俺たちに気が付くと、閃光を放とうとした。
俺は炎を纏い始めた黒剣を強く握り、炎弾魔法から暴食スキルによって変質させて、豪炎魔法へと昇華させた。
炎は輝きを増し、黄金色へと変わっていく。
ジェミニが戻ってくると確信していた俺のほうが、一歩も二歩も先を行っていた。
「お帰り……」
燃え盛る黒剣で、ジェミニを一刀両断した。
炎はジェミニを貪り食うように、灰へと変えていく。
それでも、耳をつんざくほどの声は止まない。ジェミニの体が青白い光を放ち出した。転置でまた逃げようとしているのか!?
その時、俺の体が意思とは関係なしに勝手に動いて、ジェミニを横一閃で斬り飛ばした。
今度こそ、ジェミニのすべてが灰となって消えていった。
俺は突然のことに驚いていると、頭の中で無機質な声が響き渡る。
《暴食スキルが発動します》
その声と同時に、背中の出来損ないの翼から、脳を焼き切るほどの痛みが流れ込んできた。
「フェイト様!?」
側にいるエリスの声がどんどん遠き、意識が保てなくなっていった。
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