第193話 再来の機天使

 かつては繁栄を謳歌していただろう帝都の中心部。

 そこで、ジェミニと数え切れないほどの建物をなぎ倒しながら、戦い過ぎてしまったようだ。


 起こしてはいけない者たちが、動き始めてしまった。


 機天使ハニエルと対峙したときに受けた懐かしいプレッシャーに似た者たちを至るところから感じる。あのときは幼体だった。そして無理やり成体化してきた。


 今回は違う。完全体というに相応しい魔力だ。清々しいくらい禍々しい魔力の大波が襲ってくる。


 そのことが余計に魔力を感じさせないジェミニの索敵を難しくさせていた。

 極めつけは帝都の防衛システムとやらが、起動し始めたようだ。


「あれは……」


 見上げた空が青く光る板のようなもので覆われ出した。地上から植物のように天に向かい、帝都をドーム型の空間に閉じ込めようとしている。


 帝都の建物よりも遥か高みで起こっており、俺たちはそれを眺めることしかできなかった。

 ジェミニの猛攻は続いており、休む気配はない。


 俺とエリスは互いの背中を合わせていた。


「防衛システムなら立ち入る前に動くはずだろ」

「不明です。故意に今まで動かさずにいたとしか」

「まさか……父さんが」


 ジェミニではないだろう。動かせるなら、俺たちに気がついたときに発動させているはず。

 なぜ、俺たちをここへ閉じ込めようとしている。空は完全に塞がれてしまう。


 青い光は眩さを増した。途端に、体の重さを感じた。


 力が抜けていく……この感じ……似ている。

 武器にステータスを捧げて奥義を使うときと同じだ。


「ステータス低下!?」

「あの光が侵入者に大きなデバフ効果を与えているようです」


 エリスの言葉は的確だった。俺たちは侵入者だ。

 なら、正規の許可された者たちには考えたくない効果が与えられていた。


「空間跳躍が速くなっている!」

「全体的な力が増しています。あの光は彼らにとって、祝福の光なのでしょう」


 この期に及んで駄目押ししてくるとは……。


 チャンスは何度もない。エリスの目は限界だ。

 魔眼はもう一度使うのが、精一杯だろう。今だに右目は閉じられており、隙間から血が止まることなく流れてしまっている。


「本当に……いけるのか?」

「はい。問題ありません。私のことはお気になさらず」

「お前な……」

「そのような心配は不要です。それ以外に打つ手はないのですから。それよりも、あなたは集中するべきです」


 エリスの言っていることは正論だ。この光を浴び続ければ、せっかくチャンスを掴んでも、ステータス低下が進進行して、ジェミニに攻撃が届かないかもしれない。

 本末転倒……四の五の言っている場合ではないか。


「わかった。エリスを……お前の中にいる本当のエリスを信じる」

「……生きましょう」


 エリスの魔眼によって見えたこと。


 それはジェミニの未来が分岐して、一つではないという。

 通常なら未来視の魔眼が映し出す世界は、一つの未来しか存在しない。しかし、ジェミニには二つの未来が存在する。


 俺の攻撃が当たる未来と、外れる未来だ。

 それが同時に存在しているのだ。


 聞いたときはありえないと思った。未来は絶えず一つだけだと思っていたからだ。だからこそ努力して、より良いものを選び取るはずだ。


 この聖獣ゾディアック・ジェミニにはそのルールがなかった。あれは、自分にとって良い方へ誘導していた。


 確率変動と言い表した方がしっくりする。


 先程の俺の攻撃が当たる未来は、エリスには限りなく希薄な未来として見えたらしい。代わりに、ジェミニに当たらない未来はその逆だ。


 色濃く見えており、俺たちの望む未来を塗り潰すかのようだった。

 その確率変動という能力によって、攻撃を躱していた。


 完全無欠だと思われた能力にも、ほんの僅かな欠点がある。

 俺たちが確率変動と命名した理由だ。


 必ずしも絶対ではないということだ。100%で躱せるなら、エリスの未来視で当たる世界線が見えるはずがない。

 その可能性……彼女が口にした確率は、未来世界を表す色の濃さから、限りなくゼロに近い未来だった。


 だが確かに存在して、エリスには見える世界線。

 俺たちはそれを引き寄せる。


「ゼロじゃないなら、戦える」


 空を舞う機天使たちが俺たちへ向けて、遠距離攻撃を放とうとしている。見渡す限り360度からの攻撃。

 ジェミニは機天使たちの頭上に陣取る。一斉攻撃後、俺たちにできるであろう隙を虎視眈々と狙っていた。


「エリス、俺から離れるなよ」

「はい。チャンスは一度です」


 黒剣に心のなかで声をかける。

 グリード……いくよ。


 第五位階の姿に黒剣を変えていく。グリードが自身と引き換えに俺に託してくれた力だ。


 この黒籠手の指先から放出される魔糸は、他の位階武器より一見頼りなさそうに感じさせる。しかし、聖獣ゾディアック・アクエリアス戦の折に、圧倒的な力を持って、ハウゼンの街と同等の巨体を塵芥まで切り刻んだ恐るべき性能を有している。


 広域殲滅用とでも言い表した方がしっくりする。

 あまりにも攻撃範囲が広すぎて、手数も多すぎる。加えて、力の制御もデリケート。エリスに俺の後ろから離れるなと言ったのは、誤って攻撃しかねないからだ。


 マインに手伝ってもらって、この黒籠手の熟練度を上げようと奮闘したときには、あまりの扱いの難しさに音を上げそうになった。制御不能となった際にはマインを何度も殺しかけそうになり、その都度平謝りだった。


 そのおかげで、なんとか実戦で扱えるまでになった。味方を巻き込む可能性は残っているものの、俺の背後にいる分には問題なし。


「フェイト様、来ます!」


 機天使たちの咆哮を狼煙に、ありとあらゆる属性の広域魔法が降り注ぐ。その様子は空に大輪の花が咲いたように見えた。


 両腕を天に向けて、黒籠手にありったけの魔力を送る。


「切り刻めっ!!」


 指先から十本の黒糸が放出される。それが枝分かれして増えては、違う方向へ伸びていく。

 始まりは十本だった。瞬く間に数千本以上となって進んでいく。こうしている間にも、増え続ける。


 そのすべての黒糸をコントロールする……しないといけない。俺の魔力がある限り、無限に増殖する……まるで生き物のようだ。


 機天使たちが放った広域魔法と黒糸が衝突した。触れた瞬間、蜘蛛の糸のように絡みついて、魔法を無に帰す。

 この黒糸は、両断に特化した武器だ。そして触れた獲物は決して逃さない。


 広域魔法をかき消した黒糸は更に天を目指す。

 機天使たちは回避しようとするが、逃さない。逃がすわけがない。


「残らず、喰らってやる!」


 黒糸は切り裂く。足を、手を、翼を、胴を……首を。

 それだけでは止まることはない。肉塊一つも残さずに切り刻む。


 塵となった機天使たちが、空に張り巡らせされた防衛システムの光に照らされて、煌めいて散っていった。


 無機質な声が教えてくれる。機天使たちの魂を喰らい、莫大なステータスを得たという知らせが、脳裏に響いてくる。


 左目から血が流れ出しているのを感じる。さすがに、調子が良いとはいえ……機天使たちの一気喰いは負担がかかるようだ。


 だが、まだ戦える。これくらいで済んでいる。

 あの天空で踏ん反り返るジェミニに喰らいついてやる。


 得た莫大なステータスを贄に、第五位階の奥義を発動させる。


「グリード、奪え! 俺のステータスをっ!」


 黒籠手が禍々しい形へ成長していく。その力は黒糸に伝播していき、黄金色のオーラを纏い始める。

 届いているか……グリード。

 これはお前が最後に教えてくれて……俺が行使する第五位階の奥義。


「ディメンションデストラクションだっ!」


 煌めく黒糸は空間すらも切り裂く。ジェミニが空間跳躍しようにもその道はもうない。

 絶対両断の力がジェミニを取り囲むように収束していく。

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