第192話 神を目指す者
ジェミニの変体が完了するまで待つつもりはない。
黒弓にまた50%のステータスを与える。低下した分のステータスならこのガリアの地ではいくらでも手に入る。
先程のブラッディターミガン・クロスで多くの魔物を巻き込み喰らっていた。ガリアの魔物が死を恐れずに群がってくる性質が、良くも悪くも俺を助けていた。
「させるかっ!」
今後はジェミニからの攻撃はない。
斥力のようなものは発生せずに、攻撃が届くはずだ。
衝撃に備えて足を地面に食い込ませる。狙うはジェミニの中心……暴食スキルが喰らいたいと言っている場所。
黒弓から伝わる重みを体全身で受け止めた。黒い稲妻は二重螺旋を描きながら、ジェミニを目指す。
今だに形を変えているジェミニは動く様子はない。
このままなら、あの大きな図体に風穴を開けられる。だが、やっぱり……。
「……そうなるよな」
ジェミニに隙などなかった。
俺が放ったブラッディターミガン・クロスは、衝突する瞬間に四散した。細かく枝分かれして、ジェミニの後方にある建物たちをなぎ倒して、爆散した。
その光が、まるで後光のように……変体を終えたジェミニを照らしていた。
黄金色の六枚の翼を持ち、優雅に羽ばたいている。
卵に似たでっぷりとした体は、透明で虹色の輝きを放つ。そして中心には得体のしれない紋様が生き物ように動いていた。
内部で何かを演算しているかのような印象を受けた。
その紋様の動きが止まると、ジェミニの頭上に天使の輪が二重に現れた。
その一つが高速に回転し始める。
「来ます!」
その予兆をすぐに察知したのは、エリスだった。
彼女の黒銃剣を握る手が僅かに震えていた。本来の彼女でなくなってもなお、聖獣への恐れは隠しきれていないようだった。
銃口を天に向けて、一発撃つ。
それは頭上で弾けて、俺たちに緑色の光のシャワーとなって降り注ぐ。
その光は体を包み込んだ。これはファランクスバレッドの魔力オーラに似ている。この力は3回まで攻撃ダメージを飛躍的に低減させる。
距離は離れている。あの大きな翼で飛んでくるとしても、少しの時間は要するだろう。
『獲物は……後ろだ』
「なっ」
内なる声によって、後ろに現れたジェミニを察知できた俺だったが……。
「フェイト様!」
ジェミニはお返しとばかりに、超至近距離から閃光を放っていた。
一瞬のことで俺はエリスの前で黒弓から黒盾に変えるしかできなかった。
翼で飛んできたというより、空間を跳んできたとしか思えない速さだ。
「くっ……ぐああああぁぁぁ」
黒盾では、なんとか防げている。それにエリスがかけてくれた防御系バフも俺を守ってくれているようだった。
「くそっ、足場が保たない」
いくら黒盾が丈夫でも、踏ん張る地面が閃光の圧力によって崩れていく。エリスも俺の背中を押してくれるが、抑え込むことができない。
地面を砕きながら、帝都の方へと押し込められていく。
閃光が止んでも、勢いを殺すことはできずに帝都の建物の方へ一直線。いくつもの建物をなぎ倒して、最後は叩きつけられて止まることができた。
「ステータスの恩恵がなかったら、バラバラになっていたかもな」
「はい。ありがとうございました……庇っていただいて」
「気にするな」
建物群に突入する前に、後ろにいたエリスと入れ替わったことを言っているのだろう。
お互い体は頑丈だから、必要はなかったことだろう。それでも、なんとなく俺がそうしたかったからやっただけのことだ。
「それよりも、ジェミニのあの動き」
「おそらく空間跳躍しているのかと」
「あれか……」
以前の経験から心当たりがあった。ラーファル・ブレリックが黒槍で使ってきたものだ。あのときは、武器のみが空間跳躍してきていた。
今回は、ジェミニそのものが移動できるということか。しかも、移動距離が黒槍を遥かに上回っている。
「それなら……これが有効なのかもしれない」
グリードから教わったこと。空間跳躍に干渉して邪魔をしてやればいい。
黒盾から、黒弓に変えて、魔矢を引く。そして、砂塵魔法を付加する。暴食スキルが指し示す場所へ向かって、放つ。
崩れた建物を回避しながら、ジェミニへ飛んでいく。
感じる。ジェミはまた空間跳躍してこようとしている。
うまく行けば、キャンセルできる。
「くっ、エリス! この場を離れるぞ」
石化の魔矢はジェミニに当たる前に拡散してしまった。またか……ブラッディターミガン・クロスの時と同じだ。
「届かないっ!」
マインとロキシーが戦っている片割れとは違う。あれは、こちらからは干渉できない存在だった。
目の前に空間跳躍してきたジェミニは、見えない何かによって阻まれている。
「捻じ曲げられている……嫌な感覚だ」
攻撃は届かない。しかし、暴食スキルによって空間跳躍を察知できる精度が上がってきている。
先程の不意打ち攻撃は、もう通用しない。
遠距離から駄目なら、至近距離ならどうだ。
黒鎌に変えて、閃光を放とうとするジェミニに斬りかかる。スキルが起因しているバリアのようなものなら、この黒鎌の力なら両断できるはずだ。
甲高い声と共に、黒鎌を握っていた両手が痺れる。
弾かれた……いや、拒絶された。赤い目の力を持って、ジェミの周囲の魔力の流れを窺うが……やはり見えない。
魔力には起因していない。そしてスキルによるものでもない。
この聖獣独自の能力なのか?
「フェイト様、危ない」
能力上昇の銃声を放ちながら、エリスが俺を吹き飛ばす。
閃光は俺の後ろにあった建物らに、大穴を開けていた。
ちょうど、その穴から沈みゆく夕日が顔を出している。
ジェミニから距離を取るため、まだ無事な東側の建物群へ駆け込む。
「あれほどの威力がある攻撃を連続。あいつは底なしかよ」
「私の魔眼を持ってしても魔力の流れは感じません。それに別の力を感じます」
「どういうことだ」
「私の未来視の魔眼が、瞬間的に改変されています」
「未来視?」
「ほんの少し先の未来を知ることができる魔眼です。数秒といったところでしょうか」
魔眼を勝手に使っていたのか?
あれは、目への負担が大きいはず。言わんこっちゃない……エリスの両目に薄っすらと血が滲み始めている。
「これは緊急時です。私のことはお気になさらず」
「……そうところは変わらないよな。まったく……ジェミニの能力は未来改変なのか?」
そうなってしまえば……打つ手なしに近いぞ。
エリスは首を横に振る。
「改変と言いましたが、その一瞬、一瞬で揺らぎがあります」
「詳しく」
「おそらく未来改変を完全にコントロールできていないのではと推測されます。もしそれが可能なら私たちは生きてはいません」
「なるほど、限定的に改変しているか」
ジェミニの攻撃は今のところ防げている。つまり、攻撃に関しては関与できないのだろう。できていれば、俺たちは逃げることもできずに灰燼と化しているはずだ。
限定しているとすれば防御系だ。
俺の攻撃がジェミニに当たる瞬間に何かをしているわけだ。
「フェイト様、もう一度ジェミニに魔矢を放ってください。次こそは見抜いてみせます」
「それ以上は……」
未来視の魔眼は、俺が今までに見たどれよりもエリスへの負荷が大きいように感じる。こうしている間にも後遺症で白目が真っ赤に充血し始めていた。
次に使えば、失明してもおかしくはない。
「構いません。相手もこちらを学習しています。さあ!」
「……」
エリスの横顔を窺う。まったくもって……相変わらずだよ。
聖獣が怖いと言っておきながら、結局は強い人だ。
黒弓を構えて、ジェミニを狙う。放たれた石化の魔矢は、何度も見た同じ光景を作り出した。
四散した魔矢がキラキラと風に流されて宙を舞う。
「エリス!?」
彼女は右目を片手で抑えていた。指の間からは、鮮血がとめどなく流れ出ている。近づこうとする俺を手で制して言う。
「わかりました。ジェミニの能力が」
エリスはニヤリと笑う。
ライブラに再調整というものを施されて、感情というものが希薄になっていたはずだった……彼女の心の奥底が燃え上がっているのを感じた。今もなお、エリスは克服しようと藻掻いているのだ。
ずっとずっと昔から続いてきた聖獣からの束縛と向き合おうとしているんだ。
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