第179話 スノウとロキシー

「フェイ、危ない!」


 地下都市につながる水路に上がったときにまたしても大きな地震が発生する。

 それによって水路の天井が崩壊してしまったのだ。

 この先に地上があるなら、逆に好都合だ。


 黒剣から、黒盾に変える。


「ロキシー、俺のところへ」

「はい」


 手を取り合って、彼女を引き寄せる。

 降り注ぐ瓦礫の雨を黒盾で受け止めて、押し返す。


「崩落でできたあの穴を使って外に出るぞ」

「これくらい私も登れます」

「行こう!」


 不安定な足場を上手くバランスを取りながら、陽の光が注ぐ出口に向けて、上へ上へと進んでいく。


 スノウはずっと黙っており、ひたすらに上空を見つめていた。

 このような反応をする姿は何度か見たことがあった。それはライブラが関係しているときだ。


「スノウは上に着いたら、一人で避難できるか?」

「嫌! 戦う! 戦う!」


 あの成長した姿のスノウなら戦力になりそうだ。しかし、ロキシーに抱きついているのは、幼女に戻ってしまった状態だ。


 この幼さでは俺たちと連携を取るのは難しいように思える。


「私、ロキシーと戦う!」


 そういって、ロキシーにがっしりと抱きついた。

 あれほど、距離を取られていたのに、この変わりようは!?


「なんだか、スノウちゃんを介抱していたら、好かれちゃいました」

「ロキシー好き!」


 ロキシーはスノウと仲良くなろうと頑張っていたからな。段々と距離を縮めようとして、介抱が最後のひと押しになったようだ。


 俺も喜びたい。だが、それはハウゼンに襲いかかろうとしている危機を乗り越えてからだ。


「わかったよ。なら、スノウはロキシーに力を貸してあげてくれ」


 協力を求めると、スノウは目をキラキラさせて大はしゃぎだ。


「任せろ! 私は強い!」

「よろしくお願いしますね!」

「おう!」


 スノウのほのぼのさ。張り詰めていた空気が緩んで、一時の心の安らぎを俺たちに与えてくれる。


 地上の光が大きくなってきた。

 駆け上がる俺たちは、勢いそのままに飛び出した。


 ハウゼンの街には警報が鳴り響いていた。街の至るところで、黒煙が上がっている。


「フェイ、退避が遅れているようです」

「たしかに……メミルたちに念の為にお願いしていたけれど……ハウゼンの人口を考えたら、あの短時間ではやっぱり無理があったか」


 逃げ惑う人々に都市で雇っている武人たちが誘導指示を出していた。しかし、予想だにしない出来事にパニックになっていた。そのため、武人たちの言うことを聞く余裕がないようだった。


 そして時折、空を見ては悲鳴を上げていた。

 俺たちも同じように空を見上げた時に、閃光が煌めいた。

 続けて雷が落ちるような音が北側に轟く。爆風と共に黒煙が立ち昇る。


「空の彼方から……攻撃しているのか?」


 肉眼でははっきりと見えないぞ。見上げる俺にスノウは、袖を引っ張りながら言う。


「空の上から、光を落としている。今は遊んでいる」

「なんだ、空の上って?」

「すっごく、すっごく高いところ。空気がなくて息ができないところ!」


 遊んでいて、空気ないほど高いところ?

 誰か、至急翻訳を求む!

 俺が首をひねっていると、ロキシーが指差して言う。


「見てください。上空の点を!」

「あれかっ!」


 星ではない。何かがいる。

 そう思ったとき、キラリとそれは光った。

 途端に、俺たちと少し離れた場所に光柱が現れて、大きな爆発が起きた。


「ロキシー、スノウ!」


 とっさに黒盾で防いだから良かったが、直撃だったら危なかった。

 光柱が落ちた場所を見る。それにしても、運良く人がいなかったから良かったが……。


 もし、これがスノウが言ったように遊んでいるのなら、本気で攻撃してきたらどうなってしまうんだ。


 そんな俺にグリードが《読心》スキルを介して言ってくる。


『スノウが言っていることは正しい。まずいのは確かだ。あれは大気圏外にいる。とんでもない距離から攻撃を加えていると言っていい。あの距離では黒弓は届かない。ブラッディターミガンでも同じだろうさ』


 俺はグリードに言われてもう一度空を見上げた。

 星のような点が煌めいていた。


『それにスノウが遊んでいると言ったが、これはやつからこぼれ落ちた力の一端に過ぎない。つまり攻撃を放つために力を溜めているんだよ』


 それって……打つ手がなしということか。

 彼の地への扉を止めることを諦めて、ここまできてそれはないだろ。

 地上にはセトやメミル。地下にはマイン、エリス、ライネがいるんだぞ。


 頭を抱える俺にスノウが言う。


「空を飛べばいい!」


 手を羽ばたかせてみせた。おいおい、俺たちは鳥じゃないんだぞ。

 スノウは本気で言っているようだった。そして、じっとロキシーを見つめて口を開く。


 発した口調は大人びており、いつものスノウとは違っていた。


「ロキシー・ハート、あなたに覚悟があるのなら、私と契約を交わしますか?」


 これにはロキシーも驚いたようだった。俺だってそうだ。

 もしかしたら、本来の彼女を取り戻しつつあるのかもしれない。それが表に出てきたということか。


 少なくともスノウの言葉には本気で言っているように見えた。


「覚悟と契約……」

「私の眷属になるということです。失敗すれば、ダークネスと呼ばれる生き物に成り果てます。成功すれば、あなたはEの領域に踏み込み、新たな力を得られる」


 ロキシーの目が大きく見開かれた。彼女はずっとEの領域を求めていたからだ。


「私は……」


 彼女は俺をちらりと見た。そして、首に振った。


「お願いします。私と契約してください」

「ロキシー! まだ……」

「ううん、今決めないと。だって、もう時間がないです」

「よろしい。では、私に近づいて」

「はい」


 光柱が降り注ぐ中で、スノウは跪くロキシーの額に口づけをした。


「うっ……」


 スノウの体は光の粒子となってロキシーに流れ込んでしまった。

 途端にロキシーの体が淡い赤色の光に包まれた。


 何かが体の中を蠢いているのか。そう感じさせるように彼女は両手で自分の体を抱きしめていた。


「ロキシーっ!」


 俺が声をかけたその時、彼女の背中から白い翼が現れた。

 その数は1、2、3、4。全部で4枚の翼だ。


 更に彼女の頭の上に黄金色の輪が浮いていた。ロキシーの金髪――その下のほうが、スノウの髪色と混ざっていた。

 この姿は……おとぎ話に登場する天使に他ならない。


 神々しい変わりように息を呑んでしまうほどだった。こんな時に見惚れている場合じゃない。


「だ、大丈夫なのか?」


 俺の声にロキシーはゆっくりと顔上げた。そしてニッコリと笑顔を返してくれる。


「問題ありません。ですが、まさか翼が生えるとは……おかしくありませんか?」

「すごく綺麗だと思う」

「なら、良しです!」


 嬉しそうなロキシー。いいんだろうか、こんなにすんなり受け入れて……。

 彼女は元々、前向きな人だ。それは俺がよく知っている。


 俺としてはあれだけロキシーのEの領域について悩んだ。それなのに、こうもすんなりと踏み込んでしまうとは……やっぱりロキシーには敵わないな。


『取り越し苦労だったな。苦労人のフェイト君』

「お前な……」

『だかな、このタイミングでスノウ――神獣人の力を借りられたことは大きいぞ。それに聖騎士は神獣人たちの因子を持っているのだ。適応率は非常に高い』

「それを早く言え!」

『たまにはフェイトがハラハラするところを見たかったからな』

「趣味が悪い」

 

 大笑いのグリード。まあ、そうだろうな。

 もし、ロキシーに大きなリスクがあるなら、グリードが教えてくれないわけがない。


 スノウだって同じだろう。あんな言い方をしたけど、わかっていたはずだ。


 彼女は覚悟と言っていた。ロキシーにそれがあるのかを見極めたかったのだろう。

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