第180話 失いたくないもの

 ロキシーの姿を改めて見る。

 聖獣人の眷属とは、ここまで美しいものなのか……。滅びの砂漠で戦ったダークネスとは方向性が真逆である。


 ロキシーも自分の変化に初めのうちは戸惑っていた。

 しかし、すぐに翼を動かしてみせる。


「フェイ、ほら飛べそうです」

「おおおっ! すごい!」


 かっこ良すぎる。

 彼女は宙を舞いながら、首を傾げた。


「この姿はなんていうものなのでしょうか?」

『ヴァルキリーだ。聖騎士が、聖獣人と契約して同化したことをいう。戦い方も大きく変わってくるぞ。まさか……過去に敵だったヴァルキリーが味方として現れるとはな』


 グリードが言うに、大罪スキル保持者と聖獣人は敵対関係だった。


 しかし長い時が流れると共に、その関係も崩れていった。過去にケイロスたちが手を焼いたヴァルキリーの力を、スノウの協力によって得ることができたのだ。


 俺は手早くグリードから教わったことをロキシーに伝えた。

 すぐに理解した彼女は軽く練習をしたあと、


「フェイ、こちらへ」


 彼女は俺に手招きをしてきた。


「これって、もしかして」

「ええ、それしかないですよね」


 近づいた俺の両脇に手を回すと、力一杯に翼を羽ばたかせた。

 俺を持ち上げた状態で、苦もなく浮上してみせた。


『これは翼で飛ぶというより、魔力で飛ぶといった方が正しい。翼はそれを叶える器官だと思った方がわかりやすい』

「天竜があの巨体で空を飛べていた理由と同じなのか?」

『そういうことだ』


 なるほどな、勉強になるな。グリードの薀蓄に耳を傾けていると、上昇するスピードが上がっていく。


「ロキシーっ!」

「かなり慣れてきました。私は幼い時に、自由に空を飛んでみたいなんて……思っていた時期があったんです。この青空を鳥のように思いのまま飛べたら、気持ちがいいんだろうなって憧れていたんです。夢が叶ってしまいました」

「ロキシーは強いな」


 過去に俺はガリアの地で、暴食スキルに侵されて化け物に変わってしまうことを恐れていた。


「リスクを知った上で、簡単にはできることじゃないよ。それをハウゼンの人々の状況を見かねて、迷うことなく踏み込んだ。俺にはとてもそれほどの思い切りは……

「いいえ。私はフェイを見習っただけですよ」


 更に高度を上げていくロキシー。実に楽しそうだ。


「誰かさんは無茶ばかりするんだから、側にいないとヒヤヒヤしてしまいます。それにもう置いていかれるのは嫌なんです!」

「ロキシー……」

「私だって、フェイの力になりたいんです……足手まといは、もうゴメンです!!」


 翼の勢いは留まるところを知らない。どんどん加速していく。

 だが、このままグリードがいう大気圏外にいけるのか?

 一抹の不安を残して俺たちは天へと駆け上がる。


「見えてきました」

「でかい。なんていう大きさだ」


 まだまだ距離はあるが、遠近の関係を考慮してもハウゼンの都市くらいはありそうだ。

 あれでは空中要塞といっても過言はない。

 全貌が顕になってきたことで、グリードが唸り声を上げた。


『まさかと思っていたが、聖獣ゾディアック・アクエリアスか!? まだ沈むことなく、こんなところにいたのか』

「あれは生き物なのか?」

『もちろんだ。スノウと同じ元は聖獣人だ。今は変容しているが……あれほど形を変えてしまえば、元の姿には戻れないだろうがな。まともな思考が残っているのかも怪しい。面白れえものを出してきたじゃないか……ライブラのやつはよ』


 聖獣ゾディアック・アクエリアスは大気圏外の太陽光を集めて、照射できる力があるという。大昔の人々はその攻撃をインドラの矢と呼んだそうだ。

 もっと知りたいと思って鑑定スキルで調べようとしたが、グリードに止められた。


『バカ野郎! 正面から鑑定するやつがあるか。鑑定つぶしをされて失明するのが落ちだ。それよりも、攻撃の充填が済みそうだ』


 なんてだって、まだ距離があり過ぎる。

 この黒盾で……第三位階の奥義である《リフレクションフォートレス》で防ぐしかないか!?


 俺の動きを察したロキシーが首を横に振る。


「なりません。フェイが扱う奥義は、ステータスを著しく消耗します。ここで使っては、あの聖獣を止めるすべを失ってしまいます」

「なら、どうやってあれを防ぐ?」

「私がやります!」


 任せてくださいと堂々たるものだった。身の内に宿るスノウから、問題ないというお墨付きをもらっているらしい。


「スノウちゃんも、張り切っています! ですから、フェイはその先に集中してください」

「わかった」


 煌めく閃光!

 大気圏外から放たれた膨大な光の束。浴びた者すべてを光の世界にいざなって、跡形もなく蒸発される。


 ロキシーは臆することなく、真っ直ぐ聖獣へ進んでいく。

 もし躱してしまえば、ハウゼンやその下の地下都市は消失してしまう。


「しっかりと捕まっていてくださいね」


 光の束に包まれようとしたとき、ロキシーを中心に円形状の見えない壁が展開された。光を捻じ曲げて、拡散させていく。

 そして、キラキラと煌く光の粒子となって次々と彼方へ消失する。


「もしかして、これって聖なる加護というものか!?」

「ええ、スノウちゃんがそう言っています」


 聖獣ゾディアック・スコーピオンが使ったものと同じだ。それどころか、より強固な加護となっている。


『これぞ、神の守護盾と呼ばれるだけはあるな』


 ロキシーは閃光を耐え抜いた。再度、同じ攻撃が可能になるまで、かなり時間を要するはずだ。


「もっと近づきます。ですが空気がかなり薄くなってきました。聖なる加護によって少しは耐えられますが、聖獣がいる大気圏外までは届きそうにないです」

「十分だ。グリード、ここからなら狙えるよな」

『笑止、俺様を誰だと思っている。やるぞ、今度こそブラッディターミガンだ』


 それだけでは足りない。相手は聖獣だ。

 クロッシングをした上で、さらなる高みを目指す。


「グリード、クロッシングだ」

『おう!』

「さらに、俺のステータスの80%を持っていけ!」


 まだいくぞ!


 暴食スキルの変遷によって、禍々しく変貌した黒弓を強化していく。

 放つは、ブラッディターミガン・クロス!

 王都で放ったときは、一人だった。しかし、今はクロッシングで、グリードと二人だ。奥義の完成度は未だかつてないものとなった。


「いけええぇぇぇっ!」


 二つの黒き稲妻は螺旋回転をしながら、聖獣へと進んでいく。

 渾身の一撃は、見事に聖獣の中心の核らしきところをぶち抜いた。


「やりましたね」


 喜ぶロキシーは翼を大きく広げて嬉しさを表現していた。

 大きく傾いた聖獣は煙を上げながら、ゆっくりと落下を始めていた。


 俺も初めは喜んでいた。だが、あれほど巨大な聖獣が地上に落ちたらどうなってしまうだろうか……不安がよぎった。


「グリード、このまま落下すると……まさか」

『いい勘をしているぜ。戦いなれてきたな、フェイト』


 どう見ても聖獣は俺たちがやってきた軌道に沿って落ちていく。

 嘘だろ。嘘だと言ってくれよ。

 もう、あれで力のかなりの部分出し切っている。俺には残っているステータスはEの領域ギリギリだ。


 つまり、グリードに力を捧げてしまうと、Eの領域を維持できない。それは、聖獣に攻撃が通らないことを意味する。


 俺はロキシーを見る。悔しそうな顔をしていた。

 彼女も俺と似たような状態なのだ。巨大な閃光をたった一人だけで防いだ。それによって、力のほとんどを消費していたのだ。


『ライブラのやつはここまで読んでいたってわけか』

「くそっ、みんなが! このままじゃ、みんなが」


 聖獣は速度を増して、空気の摩擦で炎を上げながら、落下する。その姿は、巨大な隕石のように見える。


 あれが地上に衝突したら、広範囲の地面はめくり上がり、底の見えないクレーターが出来上がるだろう。


『せっかくな、ここまで来たってのに、俺様はこんな終わり方は気に入らねぇな!』

「グリード!?」

『ルナも最後は自分の信念を貫き通したっていうのにさ。俺様は……俺様はいつも見ているだけ。つまらねぇな……なぁ、そう思うだろ……ケイロス』


 黒弓が光りだして、形を変えていく。


『フェイト、俺様の勝手で……すまないな。俺様だって、これ以上は見てられない。黙ってはいられない!』

「何をしようとしているんだ!」


 すごく嫌な予感がする。やめてくれてと言う前に、新たな形となったグリードが現れた。


『第五階位だ。タイプは双籠手。黒糸を計十本操ることができる。これからは、いかなるものも逃げられない』


 説明はいいんだ。何が起こった。何をしたのかを教えてくれよ。

 おかしいじゃないか!? だって、新たな姿の解放は俺のステータスを贄に捧げないといけないはずだ。


 それなのに……俺になにも代償もない。それなら、その代償は誰が払ったんだ!?


「グリード……お前、もしかして」

『さあ、行くぞ。フェイト。あの下にはお前の大事な人達がいるんだろ。なら、考えるまでもない。やることはもう決まっているはずだ。使え、俺様を!』

「俺にはいつも無茶をするなって言うくせに……お前こそ、大馬鹿野郎だよっ!」


 連続クロッシング。普段なら精神が持たずにへばってしまう。

 だけど、こんなことされてしまったら、応えないわけにいかないだろ!


「ロキシー、聖獣のところへ。俺たちを連れて行ってくれ」

「……はい」


 彼女はそれ以上は何も言わなかった。いや言えなかったのかもしれない。


 火の玉と化した聖獣ゾディアック・アクエリアスの近くへ追いついたところで、ロキシーが俺を掴んでいた手を離した。


「ご武運を」


 離れていくロキシーを感じながら、黒籠手となったグリードを見る。


「いくぞ」


 聖獣の燃え盛る炎など、俺の炎耐性スキルで無効化だ。

 黒籠手から十本の黒糸を放出したときに、体をグリードに乗っ取られてしまった。


「悪いな、フェイト。俺様からせめてもの贈り物だと思ってくれ」


 黒糸は、あれほど巨大な聖獣を繭のように包み込んでいく。

 そして、俺のものとは思えないほどの魔力が込められた。


 途端に軋むような音が駆け抜ける。黒糸で締め上げているのだ。


「まだ、足りないか。いいだろう、準備は整った」


 黒籠手が変貌していく。これはもしかして第五階位の奥義か!?

 それなら、ここにもステータスの贄が必要だ。しかも、第五階位となれば、より大量のステータスが必要になってくるはずだ。


 その代償も俺が払っているわけじゃない。もう決まっている、グリードしかいないんだ。


「フェイト、よく見ておけ。そして、この感覚をよく覚えおけ」


 グリードに乗っ取られているため、声は出せない。だけど、この気持ちは彼に届いてるようだった。


「気にするな。俺様は武器だ。フェイトたちとは違う。悲しむことはない。そんな俺様でも……守りたいものが、できてしまっただけだ」


 グリードは心の底から嬉しそうだった。

 そして、彼は第五階位――奥義ディメンションデストラクションが発動させた。


 煌めき出した黒糸は空間すらも切り刻む。その絶対両断の力を得て、聖獣を塵芥までにしてしまった。


 その塵も空気の摩擦によって、燃え尽きていく。

 頭の中へ無機質な声が聞こえて、戦いの終わりを教えてくれた。


 俺は、ひたすら落下していた。

 クロッシングなんて、とっくに切れている。


「フェイ! 手をっ!」


 ロキシーが慌てた様子で接近してきて、俺の手を掴む。

 聖獣からハウゼンは守ることはできた。しかし……俺は……。

 黒籠手から黒剣に戻ってしまったグリードを握りしめる。


「なにっ!? あれは一体何が起こっているのですか?」


 ものすごい地響きの音がした。

 地平線の近い場所で大陸が隆起しているのだ。時間経過と共にそれは間違いだったと気が付かされる。


 隆起ではない。大陸が浮上しているのだ。


「方角から見て、ガリア大陸ですよね?」


 ロキシーの言葉に静かに俺は頷いた。もしかしたら、父さんが彼の地への扉を開いてしまったのかもしれない。


 それによって、ガリア大陸が浮上しているのだ。世界のバランスがとうとう大きく崩れ始めたのだ。


 沈みゆく夕日に照らされた浮遊大陸を二人で眺めることしかできなかった。


「なあ、グリード。これからどうしたらいいんだ」


 いつもの説明好きで、お節介な相棒は答えることがない。


「第五階位を解放したら、みんなとおしゃべりするんだろ。何か言ってくれよ……頼むからさ……グリード」

「フェイ……」


 ロキシーが俺を抱きしめてきた。それがきっかけとなって、感情が溢れてしまった。

 地上には俺たちへ向けて、手を振る大事な仲間たちが見える。


「グリード……帰ってきてくれよ」


 この日、俺は大事な……大事な……相棒を失った。

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